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第三章 宮廷遊戯

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親友へ捧ぐ

 大河を目前とする丘の上に、ファブリシオは布陣した。対岸には、ディミトリオス率いる反乱軍が向かい合う。こちらに攻めてくるのなら、彼らは川を渡る必要がある。流れの早い、川だった。


 フォルセティ家を筆頭とする軍は、放射状にディミトリオスを取り囲む。すでに小隊を森の中に潜り込ませ身を隠し、彼らが餌場へとやってくるのを待つだけだ。


 誰がどう見ても、勝つのはフォルセティ家だろう。まず兵の数が段違いだ。加えて地の利もある。彼らの敗北は約束されたようなものだった。

 所詮はクリステル家の反乱に、上手く利用されたディミトリオスが、平民達を騙し取り入れたに過ぎないと、フォルセティ家を初めとする諸侯は思っていた。身分の無い者がある者に勝つことなど、ローザリア帝国においてはありえない。だから彼らは確実に負けるのだと。


(飛んで火に入る夏の虫だと、そんな諺があったか――) 


 ディミトリオスがいるであろうテントに、ルシオは待機する馬の上から目を向けた。外には出ていないのか、彼の姿は視認できない。

 こちら側の拠点には、大将としてファブリシオ・フォルセティと、長兄が待機していた。次兄以下は持ち場で各々の兵を任される。


 風が強く拭き、木々を不気味にざわつかせる。それが地獄の死者の声のようだと、珍しくルシオは感傷的にそう思った。

「投降せよ」というファブリシオ・フォルセティの言葉を、ディミトリオスはにべもなく却下したらしい。


 アリアがまだ到着しない正午前に、一端で開戦があった。相手側も、アリアが来る前に決着をつけようとしているのかもしれない。

 それを契機として、こちらからも歩兵が進軍する。


 ファブリシオから、進軍せよとの命令があった。だがルシオは動かなかった。

 右翼の一部が動かずとも、戦場は進んでいく。


 こちら側の歩兵が徐々に押し込まれていくが、ディミトリオスに向けて仕掛けた罠だ。敵を誘い込み、森の中から一気に制圧する手筈だった。


 剣と剣が合わさる音、魔法が爆発する音にと共に、兵らの悲鳴が響き渡る。瞬く間に、死体が出来上がっていく。主に平民からなる歩兵を、ファブリシオは尊い犠牲に選んだのだ。

 作戦を実行するのならば、もっと敵を引き寄せてからだというファブリシオの考えが、ルシオには、手に取るようにわかった。


 じりじりと、こちらの防衛線が下がっていく。押せよ攻めよと、敵は勢いづく。

 遂に敵側から、騎兵隊が川を渡り突入してきた。


 そしてその時、ようやく、ファブリシオの命が下った。山中に伏していた兵らが、敵めがけて一気に駆け降りた。

 潜んでいたのは魔法の使える兵らだ。攻撃魔法が至る所で炸裂し、敵の体を引き裂いていく。


 敵歩兵らは、退却の命令がまだ出ていないうちに、陣へ向かい逃げていくようにルシオには思えた。


「引いていく。退却か――?」


 しかし、ディミトリオス側の動きは奇妙だった。

 騎兵隊は次々と、逃げ遅れた歩兵隊を自らの馬に乗せ去っていく。当然戦ってもいるが、戦いではなく、歩兵の回収が第一優先に見えた。


 誇りばかり嫌に高いローザリア貴族達が、平民を後ろに乗せるなどまず許すはずがない。少なくともこちら陣営に、そんなことをよしとする者はいない。しかし向こうは、迷いなくそうしている。まるで初めから、そういう命令があったかのように、美しささえ覚える統制の取れた動きだった。


 瞬間、ルシオは気付き、戦慄した。


(違う。親父は思い違いをしていた。明らかな作戦ミスだ!)


 先だっての衝突で、ディミトリオス陣営は、兵らに対して派手な魔法をほとんど使わなかった。せいぜい一部に強化魔法をかけていたくらいだ。

 だからこそ、彼らの魔法能力はそこまで高くないのだとファブリシオは考えた。

 しかしそうではなかったのだと、今になってルシオは察知した。

 死者が出た先の戦闘さえも、フォルセティ家領地での戦闘を見据え撹乱として使ったに過ぎない。この戦場に真っ先に突撃した歩兵達の死も、想定済みで送り込んだのだ。作戦が行き届いていたことを見るに、兵らも承知の上だったのだろう。


(あいつの方が、一枚上手だったということか――)


 兵に死を厭わせないほどのカリスマに、挑んだことが間違いだ。

 ルシオの考えを裏付けるように、森の奥、味方兵の、更に背後から、攻撃魔法と弓兵の放つ大弓が、次々と現れた。


 ――すり潰されるのは、俺達の方だったというわけか。


 ディミトリオス・フォーマルハウトと名乗る、ルシオの年下の親友は、歩兵が戦闘しこちらの兵を引き付けている間に、空間転移の魔法を使い、魔法兵と弓兵を、背後へと送り込んだらしい。


「ふ、はは……」


 死は確定的だ。味方兵は混乱のままに肉を裂かれ、討ち取られていく。


 だがルシオの胸のうちは明るかった。

 ルシオが思うことはただ一つだ。心の底から、ディマが好きだということだけだった。ひたむきで、情けなくて、危うくて、だが怒りを爆発させるその瞬間、弾けるような輝きを放つ男だった。


 たった一人の、親友だった。

 もう二度と、会うことはないだろう。


 大急ぎで馬を飛ばして来た伝令が、ルシオに向かって叫んだ。


「アリア・ルトゥム様が到着されました! 以前の聖女様のように戦ってくだされば、我々の勝利です!」


 反対方向から来た別の伝令が、違うことを言う。


「ルシオ様! ファブリシオ様より伝令です、さっさと動けと!」


 ルシオは頷き、ようやく動いた。剣を抜き、切っ先を一方向へと迷わず向ける。


「ルシオ・フォルセティに忠誠を誓う者、続け! 獲るはファブリシオ・フォルセティの首だ! 見事獲った奴には褒美をくれてやる!」


 唖然とする部下達に向かい、ルシオは大声で笑い、高らかに宣言した。


「俺はディミトリオス・フォーマルハウト側に付く! 彼こそローザリアを統べる者だ!」



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