決別
貴族たちはざわついた。
わたしはルカを見据え言った。
「ルカ・リオンテール、あなたは姉の不義を知り、その相手であるエヴァレット・ノーマンを殺した。そうしてセオドア帝の子供も殺した! 彼女の秘密を、消すために。オーランド様を、たった一人の皇帝とするために。だからサーリ様は病んだのでしょう!」
クリステル家の反乱の名目は、くだらない言い掛かりなどではなかったのだ。
――子供を助けて。
そう呟いた、サーリの哀れな声が蘇る。あれは、クリステル家の長子のことなどではない。過去に殺した、セオドアの子供のことだった。
ルカは、憎々しげにわたしを睨んでいる。
「……何を言うかと思えば、とんでもない妄想だ。ミア・クリステルに唆されたか?」
ルカに認める気などないようだ。こうなったら、全面対決だ。わたしは両手を握りしめ、更に言った。
「ルカ様、あなたはわたしがネルド=カスタ聖密卿に誘拐された時、彼の城を燃やしていたのではないのですか。
ネルド=カスタは言っていました。聖女なんていくらでも作れるのだと。彼はその実験をあの城でして、そうして成功させたのではないのですか? ……クロード先生、ヘルを襲撃した魔法兵の先鋒は、その聖女のなり損ないだったんでしょう?」
問いかけると、クロードは静かに頷いた。
「ローブの下は、確かに少女達だった」
やっぱり、そうだったんだ、とわたしは思う。
兵士として育てられ、聖女を作るという実験台にされた少女たちが、スタンダリアには存在していた。
クロードは続ける。
「彼女らの魔力は聖女に迫るものがあったが、寿命は短い。体の内部に、激しい損傷が見受けられた。あれは使い捨ての兵器だった」
「その情報を、ルカ様はどこからか仕入れたのでしょう。きっとタイラー・ガン総督ではないかしら。それを知ったルカ様は、スタンダリアに聖女が現れないように、密かに大陸に渡り、ネルド=カスタ聖密卿の城を焼いた。
実験の成果を全て奪い、自分でも試したのではないのですか? わたしがヘルで眠っていた際、この城にルカ様は不在だったと聞いています」
ゆっくりと、アリアを見た。美しく整った顔が、歪んでいる。
「イリス様は、その成果が、わたしだと言いたいのですか?」
「はい、そう言っています。あなたがわたしの魔力を奪ったのだと思います」
わたしの表情も、ひどく険しいものだっただろう。
「どうやって聖女を作るというのです?」
「さあ、方法は、見当も付きません」
ふ、と、数人が馬鹿にしたように息を吐いた気配がした。うちの一人が、口を挟む。
「私には分からないので、イリス様。どうか教えていただけませんか? 仮に、聖女を新たに作ろうとする試みが成功していたとして、ローザリアには、既にあなたがいらっしゃる。
リオンテール公があえて新たな聖女を作る理由はないのではないですか? だとすると、自ずとどちらが嘘を吐いているのか見えてきましょう」
わたしだと言いたいようだ。
「それは――」
言い澱んだのは、ディマがひた隠しにしてきた秘密だからだった。
「ディミトリオスがセオドア帝の、唯一残された子供であるためだ」
壁際にいたルシオが、はっきりとそう言った。
誰もが驚いて彼を見る。わたしも同じだ。彼はいつ知ったのだろうか。
「ルシオ! 余計なことを言うんじゃない!」ファブリシオの叱責にも、ルシオは止まらなかった。
「馬鹿馬鹿しい! この世にこれほどくだらないことはないぜ。リオンテール家出身の女が皇妃になり、画家と浮気してできた子供を皇帝にし続けるために、あんたらはテミス家を嵌めようとした。彼らが聖女を偽り国政に入り込んだと言いがかりをつけるために、アリア・ルトゥムを連れてきたんだ!
……ディマ、このクソ共に証拠を見せてやれ!」
ディマは、本当によい友達を持ったのだと思う。
固い表情のまま、ディマは瞳にかけていた魔法を消した。その目は、セオドアと同じ、黄金色の光を放つ。
「……彼の言う通りです。僕は、セオドア・フォーマルハウトとカミラ・ネストの息子です。母の死後、テミス家に養子として引き取られました。そのことを、ルカ・リオンテール公はご存知のはずです。ミア・クリステル様から伝えてもらうように、少し前に頼みましたから」
「なんだと?」ルカが初めて驚愕の表情を見せる。
彼はミアとわたしたちの繋がりを、知らなかったに違いない。ディマは血統をミアに伝え、協力を仰いだ。ミアはルカにそれを教え、その後アリアが現れた。
この国には、動機があったのだ。
イリスが死ななくてはならなかった、強烈な動機が。
それはテミス家を排除して、ディミトリオスをも、永遠に闇に葬らなくてはならないという、動機だった。オーランドと、リオンテール家を守るために。
息が、漏れた。
イリスのせいではなかった。
彼女は何一つ、悪くなかった。
偽の聖女じゃなかった。
彼女に罪は、一つもなかった。
なのに彼女は、殺された。
たった一人、むごい拷問に耐え、冷たい牢で余生を過ごし、石を投げられながら、嘲笑と軽蔑を浴びて、処刑台に向かっていった。
自分こそが皇帝に相応しい人間だ――という小説のディミトリオスの主張は、正しいものだったんだ。彼は間違っていなかった。
皇帝の息子は、今になっては、ディミトリオス・テミス、ただ一人なのだから。
小説の中で、ルカ達の企ては失敗した。ディミトリオスは生き残った。小説の中のオーランドも、自分が画家の息子だなどと、少しも知らなかったに違いない。帝位争いは泥沼化し、炎の中でディミトリオスが焼け死ぬまで、延々と続いた。
誰もが、ディマの瞳を覗き込んだ。皆が黄金に、吸い寄せられているようだった。
「僕はこの血を利用して、どこまでだってあなた方を追い込んで、地獄の底へ叩き落としてやることだってできる。セオドアの血を引く僕に従う人間は多い。今だって創造主派は隠れ住んでいるんだから。辻ごとで人が死ぬ。隣人が明日自分を殺すかもしれない。そんな世の中に、また戻りたいのですか」
皆は静寂し、銘々の思考に、没頭している。
「だが、この話をこの場だけに留めたいというのなら、僕らだって従う。僕らを無事に、故郷の領地に返して、一生不干渉とするならだ。これは脅しじゃない。僕らの譲歩です」
「ヴァリ司祭はどう思うのかね。アリアとイリス、どちらが我々を騙している?」
それを言ったのは、ファブリシオだった。クロードは淡々と答えた。
「聖女を認めるのは、私ではなく教皇です。今、この場で誰が真実を言っているかを決める権限は、私にはありません。ただし――」
クロードは、わたし達三人の顔を順に見た。
「テミス家を、昔からよく知っています。彼らの友人として私個人の考えを述べるなら、人を欺き、嘘を吐くような方々ではないと、思っています。私が不思議なのは、先日までイリスに頼りきりだったあなた方が、信頼も友愛も簡単に捨てようとしている姿の方ですよ」
それは救いの言葉に思えた。小説で、わたし達を救うことはなかったクロードだけど、今は、庇おうとしてくれていた。
ファブリシオは腕を組んだ。
「では、イリスとアリア、どちらかが聖女である以上、どちらも断罪するわけにはいかない。陛下、裁きは後日としてはいかがでしょう? テミス家にも、アリア嬢にも見張りをつけ、解放するしかありません。我々には判断ができませんからな」
彼はこの場を丸く収めようとする。
けれどオーランドは、やはりわたしを凝視したまま、動かない。皆が、彼の言葉を待った。
長い静寂の末、ようやく彼は口を開く。
「……貴公らの判断など、不要だ。ローザリア法典では、そもそも皇帝の決定が全てだと記されている。今まで貴公らに意見を聞いていたのは、諸貴族の顔を立てるという意味以外、ない」
彼らしからぬ、強い言葉だった。
「アリア――テミス家をこの場で殺せ」
「仰せのままに」
アリアが両手に魔法を帯びた。
「二人とも、お母様の後ろに!」
お母様がわたしたちの前に立ち、防御の魔法陣を眼前に出した。けれどアリアの魔法に比べると、あまりにも弱い。
「くそ!」
ディマは叫ぶと、背後に空間転移の魔法陣を出現させた。オレンジ色の火花に縁取られた円の向こうは暗い闇だ。
「逃すな!」
ルカの声が聞こえた直後、アリアの魔法が鋭くわたしたち目掛けて飛び、同時にディマが、わたしとお母様の体を円の中へと引っ張った。
大きな音が炸裂した時には、わたしは闇の中にいた。




