緊急会議
パーティは最終日に差し掛かっていた。
盛大は盛大だったけど、わたしに声をかけてきた人は少ない。当たり前だ。だってオーランドがひたすら横に置いていたのはアリアで、その上、わたしには目もくれない。いじわるというよりは、本当に目に入らないようだった。
ルカはいわずもがな、アリアを重用していた。彼は、彼女に勲章を与えたのだ。今回の立役者はアリアなのだから、判断は真っ当といえる。
皇帝やリオンテール家がそんな調子だったから、他の貴族もアリアの周りを取り囲んだ。
ファブリシオ・フォルセティもアリアと踊った次に、わたしと踊った。彼がわたしに向ける眼差しの温かさに変化はないけれど、時の潮流を読むのなら、アリアと先に踊ったほうがよいという彼の判断だろう。わたしと彼は、そのことについて、話題には出さなかった。
逆にわたしに一番に踊りを申し込んでくれた人もいる。
アール・ガモットだった。背の伸びたわたしよりも背の低い彼は、相変わらず太ってはいたけれど、かつてのように馬鹿にする人は一人もいない。快進撃は留まるところを知らず、彼がいれば必ず勝つのだと、ローザリア国民は思っていた。
このパーティで遠巻きにされているわたしよりもずっと人気だ。瞬間最大風速としては、今、一番の注目の的の男性だった。
その彼がわたしと踊ることに、一瞬のざわめきがあった。
「わたしと踊ると、立場が悪くなるかもしれませんわ」
彼の手を取りながらそう言うと、アールは紳士的な笑みを浮かべる。
「他者の評価など簡単に変わってしまうことは、私が身をもって証明しております。この数年で学んだことは、自分がやらなければならないことをする必要がある時は迷ってはいられないということですよ。そうして私は、イリス様、あなたと踊らなくてはなりません。あなたは私の女神様ですから。ますますお美しさに磨きがかかっていらっしゃる」
口説き文句のような言葉に、顔が赤くなるのを感じた。お世辞を言ってくる人はたくさんいるけれど、彼の言葉は心からのもののように思えたし、それが彼の魅力でもあった。
「こちらこそ、ローザリアの軍神と踊る光栄を、聖女シューメルナ様に感謝いたします」
わたしも、そう答えた。
踊りながら、彼は言う。
「宮廷は訪れる度に人間模様が変わっておりまして、私のような田舎者は、ただただ圧倒されるばかりですな」
微笑み、答えた。
「とくに最近は、日毎に変わるように思いますわ。それだけ皆、ローザリアの発展に真摯に向き合っているということです」
「真摯に向き合っているのが本当に国の発展ならばいいですがね」
ちらりとアールが視線を向けた先にいるのが誰か、分かっていた。アリアとオーランドが、人々の注目を浴びながら踊っている。優雅な様相は、そのまま絵画にできそうなほど、美しい二人だった。
「聖女様、困ったことがございましたら、このアール・ガモットがいつでも力になりますとも」
ふいにアールは小声でそう言った。
「私が忠誠を誓っているのは、国でもどこかの家でもありません。この宮廷で、どのようなことがあろうとも、私の忠誠は、ガモット家に再び栄光をお与えくださったイリス・テミス様にあります。あなたを敬愛しております。我らガモット家は、あなたを守り、あなたの剣となります」
思わず、言葉が詰まってしまったのは、彼の混じり気のない好意に、心を打たれたからだった。
同時に、罪悪感が疼く。わたしは魔法が使えない。宮廷での立場も、随分と弱いものになってしまった。彼らにお返ししたくても、できない。そうしてわたしが守りたいのはローザリアではなくて、父と母と兄の――テミス家だけだ。
「ガモット将軍。お心遣い、感謝いたします。けれどどうかご自分のことを、一番に考えてくださいね」
それだけ伝えるのが、精一杯だった。
次にわたしと踊った人がいた。領地ヘル総督、タイラー・ガンだ。ヘルでは随分とやつれ疲れた様子の彼だったけれど、正装に身を包み、髪も髭も整えた姿はとても立派だった。
「植民地でのご活躍、見事であったと聞いております。我が国の領地を救ってくださりありがとうございます」
ヘル総督には当代限りの男爵位が与えられるのが習わしで、タイラーも持っているけれど、その他に爵位を与える動きがあるのだと、先日、貴族議会の重鎮が話していたとディマが言ってた。
タイラーは顔を曇らせる。
「私よりもあなたの父君のご活躍の方が素晴らしかった。アレン・テミス様は大変お強くて、明るい方でした。皆をまとめ上げる能力にも秀でていた。
ディミトリオス君の強さも、彼に似たのでしょう。……アレン様が亡くなったなどとは、とても信じられない。遺体さえも埋葬できませんでした。それに、通常であれば盛大な葬儀をしてしかるべきだ。そう上層部には伝えましたが、聞き入れられることはありませんでした。申し訳ありません」
なんと答えて良いか分からず、当たり障りない答えしか言えない。
「そんな風に思ってくださるだけで十分ですわ。父も感謝していると思います」
「私は父から残されたヘルを守ってくださった恩を決して忘れてはおりません。あなたにも、ディミトリオス君にも、まだその恩を返せておりません。微力ながら、いつだってお力添えする所存であります」
そう言ってタイラーは、控えめに笑った。
パーティは続く。
あらゆる陰謀がこの場で巡らされていたのは間違いなかった。全ての思惑がこの場に集い、集約された。
その出現の発端は、その人が会場に現れたことによるだろう。
その人が現れたのは、夜の間際になってからだった。夏の夕日が真っ赤に空を染め上げ、その赤が、広間にさえも届く中、静かに彼は広間に入って来た。
真っ黒な司祭服に身を包み、クロード・ヴァリはやってきた。ミア・クリステルが現れた時と同様に、会場は静まり返った。ミアと同じように、彼の服は様子が違った。彼女のように異性の服を着るという遊びに興じていたわけではない。そうではなく、彼が聖密卿の着用する司祭服を着ていたからだ。
「私の服装ならば、ヘイブン聖密卿はエンデ国にいなくてはならなくなったので、ローザリア聖密卿代理に指名されたからです。私がこの場に現れたのは、聖密卿に至急会いたいという陛下のお呼び立てがあったから、帰国した足で向かったまでです。どうかお気になさらず、祝いを続けてください」
ほとんど無表情で彼はそう言い、ぽかんと口を開けたままのわたしと目が合うと親しげに笑いかけてきた。
教皇庁で起こっていることは想像できる。新しい教皇が選出されるための準備が行われているに違いない。小説だともっと早い時期にヘイブンは教皇になって、クロードがローザリアの聖密卿になるけれど、スタンダリアのごたごたで時期がずれ込んだことは十分にあり得る。
ルカがクロードに向かい歩き、耳打ちした瞬間、さっとクロードの顔が険しくなり、オーランドとアリアを見た。
オーランドがアリアの手を引き会場を出て、数人の貴族がそれに続いた。いずれも国中枢の貴族の家長達で、ファブリシオの姿もある。予め声がかかっていたようだ。けれどわたし達は何も知らされていない。
ディマが追従しようとしたところで、ファブリシオが優しく制した。
「君はイリスと待っていなさい。何も、君たちにとって悪い話と決まったわけではない」
そう言うと、彼らは会場を去って行った。
「なんだと思う?」
側にやって来たディマがそう問いかけてくる。
「クロード先生……というより聖密卿を待って、アリアを連れて行ったということは、彼女にまつわることで、とても重要なことが伝えられるということだわ」
「しかも僕らに聞かせられないことで、か――」
ルカがアリアが聖女であるという証を得て、聖密卿立ち合いのもと、中枢貴族らに伝えるつもりかもしれない。
ディマと顔を見合わせた。驚くことに彼は笑っている。この状況を、待っていたかのようにさえ感じられた。待っていたのは間違いない。
慎重にならなくてはならない。できれば誰も、傷つけたくなかった。




