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イリス、今度はあなたの味方  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第三章 宮廷遊戯

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全てが変わる一日に(後)

 二人きりの逢瀬を邪魔したのは、フォルセティ家の四男、ルシオ・フォルセティで、大股で中庭を横切り、オーランドに耳打ちした。


「陛下、リオンテール公がお呼びです。急ぎ、お伝えしたいことがあるようです」


「用件はなんだ?」


 ルシオは薄く笑みを作り、頭を下げた。


「申し訳ありません陛下、承知しておりません。私には教えてくださいませんでしたから」

 

 余程重大なことなのだろう。オーランドは立ち上がった。

 中に入る寸前でイリスを振り返る。彼女もこちらを見つめていて、しかしその表情は固かった。

 



 ルカは執務室にいた。呼び立てられたオーランドの機嫌はあまりよくはない。


「私を呼び出したということは、それなりの用があるのだろうな」


「ええ陛下。もちろんでございます」


 オーランドが座るソファーの向かいに腰を下ろしながら、ルカは言う。


「植民地での争いで、遂に敵国が降伏しました。我が帝国の領土は更に広がりますよ。それを私の口からお伝えしたかったのです。他の者の口から耳に入る前に」


「そうか――それは良かった」


 勝つだろうとは思っていたため、驚きは少なかった。思ったよりも早い勝利の報せに、兵士たちには、褒美を与えてやらないとなるまいと考える。

 ルカは更に言う。

 

「陛下、それで戦勝を祝し、将軍等を招いて祝いの場を設けようかと考えているのですが、よろしいでしょうか」


「ああ、悪くない」


「祝いの場では舞踏会も開きましょう。陛下は、此度の立役者である、アリア・ルトゥムと一番はじめに踊ってください」


 オーランドは眉を顰め、ルカを見た。


「私がはじめに踊るのはイリスだ。いつだってそうしているだろう」


「イリスとはいつも踊っているでしょう」


「当たり前だ。彼女は私の妻になる女性だぞ」


 言ってから、気がつく。

 十五歳になるイリスの祝いを、豪勢にしてもいいだろう。彼女はこの帝国のために尽くしているのだから。そう思い、ルカに言った。


「丁度、イリスの誕生日に近い。重ねて祝の場とし、ローザリアの栄光を示そうではないか。あの娘とはお前が踊ればいい。随分と気に入っているようだしな」


「あれは中々、使える娘ですから」


 ルカは微かに口元を歪めてから、足を組んだ。


「陛下、お呼び出しいたしましたのは、実は、イリス・テミスのこと――というか、テミス家のことを話しておかなくてはならないからです。お気づきですか? あの兄妹はあなたに距離が近すぎます」


「イリスは私の婚約者だぞ、ディミトリオスはその兄だ。近くて当然だろう」


 憮然と答えるが、ルカの表情に変化はない。


「あの兄妹は妙ではありませんか。爛れた、不埒な関係だと噂する者もいます」


「見損なったぞルカ。貴様も宮廷のくだらない噂話を信じるというのか」


 オーランドは、不愉快を隠さずそう言った。


「いいえ、陛下。噂があること自体が問題なのです。そのような者達を、陛下が寵愛していると、陛下にまで異質な目を向ける者がいるのですよ。

 先日の戦略会議でも、フォルセティ公の報告を受けたあなたは、ディミトリオスの発言を採用なさった。アレン・テミスの起用です。彼が死んでいなければ、帝都に戻ってきていたかもしれない。テミス家が揃えば、彼らは更に国政に食い込んでくるかもしれない」


「アレン・テミスの起用は私も納得したからだ。彼は死に、帝都に戻ってきようがない。それでもお前の憂鬱は晴れないというのか? それに、距離が近いというが、お前は違うのか」


「私はあなたの伯父ですから」


 一切の説明はそれでつくとでも言うような口調だった。


「話というのがそれならば、くだらない、という答えしか私は与えられない」


「もちろん、それだけではありませんよ」


 子供を諭すような言い方で、ルカは言う。

 そうして、彼は穏やかな笑みとともに、それを告げた。 



「――アリア・ルトゥムに聖女の心臓が反応しました」



 思わず、オーランドは立ち上がった。言われた意味が、理解できなかった。


「どういうことだ。聖女以外にあの宝石が赤く光ることはないだろう」


 確かにアリアの魔力は、イリスに匹敵する。だが聖女として発見されたのは、イリス・テミスだ。

 ルカは表情一つ変えずに言う。


「つまり、聖女はアリア・ルトゥムなのですよ。分かりますか。イリスはあなたを――この帝国を、いいえ、世界中を騙しているのです。とんでもない、悪女です」

 

 オーランドは自分の頭に血が上るのが分かった。


「聖女はイリスだろう! 彼女は十歳から今日まで、ローザリアに尽くしてきた! 戦場で、兵士はイリス・テミスに命を捧げる。彼女の愛があれば、死さえも恐ろしくないと、戦っているのだ! ルカ、お前だってクリステル家蜂起の際は、彼女を頼りにしていたじゃないか! それを、今更、なにを……なにを言うんだ!」


 自分にしては珍しく声を荒げた。だが止められない。


「ルカ、お前はイリスから父親も兄も故郷も奪っておいて、今更そんなことを言うのか! 彼女を利用するだけ利用して、邪魔になったら捨てるのか!」

 

 熱くなるオーランドの一方で、ルカは至極冷静だった。

 

「いいえ陛下。彼女から奪い、取り上げたのはあなた自身ではありませんか。そうしてそれは、真っ当な判断でした。テミス家は、まるで蜘蛛ですよ。あなたは罠に落ちている。そもそもイリスが発見されたのは、あの詐欺師、エルアリンド・テミスによるものです、信憑性などなかった。結局、彼はテミス家の仲違いにより城を追放されましたが、元々、彼があなたに近づくために用意した偽物の聖女だったのです」


「だ、だが、この城の中でも、聖女の心臓は反応したではないか!」


「すり替えられていたのです。私が確認しました」


「嘘を言うな。あの厳重な管理をされているあの水晶を、そうそうすり替えられるものか!」


「陛下、お忘れですか。イリスは聖女でなくとも、かなり強力な魔法を持っているのですよ。空間転移に瞬間移動まで可能な彼女にとっては、金庫に忍び込み、聖女の心臓をすり替えることなど容易いのでしょう」


 ルカの言葉は破綻している。そのはずだ。そうでなければ、おかしい。

 オーランドは認めるわけにはいかなかった。


「教皇庁は聖女がイリスだと認めているではないか! ヘイブン聖密卿を呼べ、彼に確認するんだ!」


「彼は今、エンデ国へ行っていて不在です。今の法皇は、金に汚い人間です。賄賂を積めば、白も黒というでしょう。テミス家が金をばら撒き、イリスを聖女に仕立て上げたのですよ」


 オーランドが反論をする前に、重ねてルカは言った。


「陛下。かつて、セオドア帝の時代、宮廷は今よりも腐りきっていました。賄賂が横行し、皇帝の妾として娘を差し出す家ばかりで――。私は少年の頃、それをよく見ていましたよ。

 そうしてその中で、とりわけ出世した家がありました。元々は武家の家系の、ネスト家です。特にカミラ・ネストは、妖艶な女でした。その美貌で皇帝に取り入り、皇后の座を奪おうとした。ネスト家は敵を蹴落とすためなら手段を選びませんでした。詐称も殺人も、平気でやってのける者達でした」


「……それが、今の話とどんな関係があるというのだ。テミス家も同じだと言いたいのか?」


 真っ直ぐに、ルカはオーランドを見た。


「ディミトリオス・テミスは、カミラ・ネストの息子です。私生児ですが、間違いなくセオドア帝の実子です。それがテミス家の切り札ですよ。彼らは、あなたからすべてを奪う気でいる」


 あまりのことに、オーランドは動けなかった。

 だが次には力が抜け、ソファーに座り込む。


 言われてみれば、妙に納得するものだ。ディミトリオスは、彼は、恐ろしい目をしている。あれは悪王セオドアの目だというのか? ディミトリオスに度々感じていた、総毛立つような恐怖の、意味が分かったように思えた。

 

「陛下。あなたに危険はありません」


 愛情深いルカの声が聞こえた。


「いいですか、彼らをこの宮中から追い出さなくてはなりません。それもディミトリオスの血の色に、誰も気づかない内に。そのためには、イリスが聖女では困るでしょう? あの兄妹は、非常に強く結び付けられていますから」


 オーランドは頭痛を覚え、片手で頭を抑えた。


「それではお前は、我が身、可愛さに、聖女を取り替えるつもりでいるのか」


「いいえ、陛下。言ったではありませんか。聖女はアリアなのですよ。現に彼女が現れてから、イリスの魔法は消え去りました。神罰が下ったのでしょう」


 と、ルカが扉に目を向けた。


「入りなさい」

 

 そう声をかけると、当たり前のようにアリア・ルトゥムが入ってきた。今までの会話も、全て聞いていたのかもしれない。

 初めて会った時のような、みすぼらしい服はもう、彼女は身に付けない。代わりに、彼女によく似合う、絹のドレスを身に纏っていた。


 猫のようにしなやかに、アリアはオーランドに歩み寄る。


 オーランドはアリアを改めて見た。奇妙な感覚だった。己の心が、塗り替えられていくような錯覚に陥る。

 初めて、彼女という存在を、直視したように感じた。そうして同時に、心に平穏が満ちていく。


 彼女がオーランドの前に跪き、手に口づけするのを、ぼんやりと見る。

 その頃にはもう、イリスのことも、ディミトリオスのことも、傍らに佇むルカのことも忘れ、ただひたすらに、彼女のことだけを考えていた。


 この少女は、以前から、これほど――これほど美しかっただろうか。


「おかしなものだ。私はなぜ、今まであなたを前にして、平常心でいられたのだろうか」


 うっとりと、アリアは笑う。


「何もかも、わたしにお任せくださいませ。陛下、あなたを幸せにして差し上げます」

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[一言] オーランドがものすごくかわいそうだ
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