回り続ける歯車達
その翌日、ディマはいつものように聖女専用の馬車に乗り、イリスを大聖堂に送っていった。すっかり日課になった朝の一時を、ディマは大切に思っていたが、今日に限って、目的は別にある。
ヘイブン聖密卿に会いに来たのだ。
昨日のことを問いただしたい。
正直言って勇気がいった。敵か味方か分からない存在だ。だが敵ならば、昨日、わざわざ助けることはしないはずだ。だから、少なくとも、殺意はないに違いない。
しかし無駄足だった。
イリスが聖堂へ行っている間、ディマは司祭にヘイブンへの取次を頼んだ。だが、首を横に振られる。
「聖密卿は昨日の深夜、エンデ国へと戻られました。ローザリアには今いらっしゃいません」
「なぜです」
尋ねるが、またしても首を横に振られた。
「聖女様の兄君といえど、お伝えはできません」
教会の秘密主義にも呆れるが、答えないと言われた以上、信仰の篤い司祭の口を開かせることはできないだろう。どのみち、ヘイブンがいないことには変わりない。
こちらへ帰国したところを捕まえ、話を聞けばいいのだと、ディマは気を持ち直した。
植民地への派兵の内訳を聞いたのは、その昼のことだった。宮中は、その話題で持ち切りだ。
結局、あれからいかなる議論が交わされたのか、植民地への戦闘の総指揮は、ロゼ=グラスと同じくアール・ガモットが執ることになった。
将軍としてタイラー・ガンと、貴族の名家の長男が一人指名され、その更に下には――ディマの言葉が効いたのか、副将に、アレン・テミスが抜擢された。
知った名はまだあった。
クリステル家だ。
当主は未だに牢獄で、ミア・クリステルは領地に引きこもっているが、彼らの忠臣であるカイル・ナツィオーネという名の軍人と、私兵を貸すと、申し出があった。オーランドに従順であるという姿勢を示したのだ。
カイルという人物は、ミアの父リーヴァイ王の代にネスト家とともに寵愛された軍人だ。ミアが彼を気に入り、嫁入り道具として連れて行ったと、ディマは聞いたことがある。それなりの年ではあるが、現役の軍人だった。
植民地のある大陸は、ローザリアから西南に海を渡った先にある。アレンは大陸から大陸へ移動し、ローザリアへの帰国はない。
だが聖地奪還よりは、まだましな戦場だ。アレンの派遣を知ったミランダは、大いに安堵した様子だった。
「手柄を上げたら、帝都に戻ってこれるかもしれないわ。前もそうだったの、わたしとの結婚を周囲に認めさせるために、彼は戦争に行って見事手柄を持って帰ってきて、領地まで得たんだから。それに今回は副将でしょう? 後方から、指示を飛ばすのよ。矢面に立つことはないはずよ」
自分にも言い聞かせるように、母はそう言った。
セオドアの代に、他国を併合し植民地を作ったローザリアは、周辺国より一手先に進んでいる。だが当然それを、よく思わない連中もいた。
スタンダリアもそのうちの一国だが、今彼らに新たな戦争を起こす国力はない。植民地におけるローザリア領に攻め込み、領地を書き換えようとしているのはまた別の大国だった。
聖女を信じず、創造主のみを唯一の信仰対象とする、ミングウェイ帝国。数百年に渡り、聖地を実質的に支配している国でもあった。
すでに総督館まで、占領されているという。そこを奪還するのが、兵士たちの使命だ。
兵士たちに強化と守護の魔法をかけたのは、アリアだった。イリスはその隣で、彼らに言葉をかける。
兵士たちの目に、二人の少女はどう映っているのだろうかと、ディマは彼女らの背後で考えた。
オーランドの隣にはイリスがおり、その後ろにはアリアがいた。どちらも美しく、並べてみても決して見劣りはしなかった。
数日後の、ある日のことだ。
それが誰の思いつきだったのかディマは知らないが、オーランドとアリア、ディマとイリス、それからアリアの妹のライラで、宮廷の池の周りを散策しようということになった。
オーランドはこちらを気にしながらも、アリアに腕を貸して歩いている。その背後から、ディマとイリスは付いて行った。
ぽつり、とイリスは言った。
「わたしたち、きっと、惨いことをしようとしているのね」
彼女の目線はオーランドに向いていた。
「イリスは何も悪くない。僕の思いつきだ。全部、僕が悪い」
「ううん。わたしたち、二人のせい。だけど、わたし、変なの。なんだか、嬉しいの」
目線の先で、ライラがアリアに話しかけ、それを聞いたアリアが、オーランドに笑いかけている。
イリスは美しく微笑んだ。
「ねえディマ。不思議なの。わたし、ディマと一緒なら、その先に待ち構えているものが、今よりももっと暗い闇だったとしても、どれほど深い穴だったとしても、全然平気に思う。きっと光を見いだせるんだって、そう感じるの。あなたはいつだって、わたしを照らしてくれるんだもの」
「僕は……それは、僕の方だ」
愛おしいと思うままに、イリスの肩を抱いた。
「大丈夫、何もかも、上手く行くさ」
うん、とイリスは頷き、ディマの肩にもたれかかった。
いつまでもこうしていたいと、ディマは思う。
(晴れた日に、イリスの肩を抱き、二人で静かに、こうして歩き続けていたい。それだけが、僕の望む全てだ)
いつまでも、いつまでも――。
だが歯車は回り続け、車輪を未知へと運んでいく。
その報せがもたらされたのは、ひと月半後の夕食の席だった。皇帝の夕食には、皇太后やルカをはじめとする縁者や外部からの招待客が常にいた。ディマもテーブルに並ぶ。
そんな時に、使者が性急な様子でやってきて、ルカの耳元で囁いた。ルカはほんの一瞬、素早くイリスを見て、視線を外す。
次にオーランドに目を向けると、はっきりと告げた。
「陛下、アレン・テミスが、敵兵の矢に当たり、討ち死にしたとのことです。カイル・ナツィオーネが、彼の死を確認しましたが、敵が多く、遺体は持ち帰れなかったようです」
報せを聞いたミランダが悲鳴を上げ、その場に倒れるのを、ディマは慌てて受け止めた。




