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イリス、今度はあなたの味方  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第一章 聖女イリス

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まほうなんて、つかえない

 翌日、わたしとディミトリオスが朝食の席に行くと、使用人もいない四人だけの中、お父さまはこう言った。


「ディミトリオスは、お父さまとお母さまの子供だ。だけど病気で今まで離れて暮らしていたんだ。だからイリス、正真正銘お前の兄さんだよ」


 嘘ばっかし。

 わたしが本当に三歳だったとしても、信じるかどうか怪しいところだ。

  

「うそつき!」子供の純真さを隠れ蓑に、わたしは言う。「だったらお母さまがあんなに怒るわけないもん!」


 お母さまは顔を赤らめ、わたしを抱きしめた。


「昨日は本当にごめんなさい。どうかしていたんだわ」その後で、ディミトリオスまでをも抱きしめた。「()()()。ごめんね、昨日のわたしは最低だったわ。あなたは、わたしの子供よ」


 ディミトリオスがとりわけ賢さのない、凡庸な子供だったなら、ここで反論しただろう。彼自身の母のことを、昨日だって口にしていたから。

 だけど彼は賢かった。彼なりに、この奇妙な状況を受け入れたのだ。


「はい、お母さま」緊張に体を強張らせつつ、そう言った。思わず感心してしまう。一体、今までどういう五年間を過ごしたら、昨日敵意を向けてきた相手を親と認められるの?


 だけど、じゃあ愚かなのはわたしだけだ。

 それでも自分の置かれた状況を正しく理解するために、本当のところを知りたかった。


「ぜったいにおかしいもん! ほんとうのことを教えてよ!」


 なおも食い下がると、お母さまがお父さまに目で合図を送る。お父さまは肩をすくめ――おそらくは、予め準備していた別の話を始める。


 ディミトリオスはアレンの亡くなった妹の子供で、孤児院にいたのを探して引き取った――噛み砕かれて話された内容をまとめるとそういうことだった。

 

 この説明だっておかしい。

 昨日アレンは、“世話になった方”の子供がディミトリオスと口走っていた。

 嘘よ、とは、だけど今度は言えなかった。


 ミランダも神妙な顔でアレンの言葉に相づちを打っていたし、夫婦が納得しているのなら、わたしからどうこう言えた話ではない。

 未だ腑に落ちない表情を浮かべるわたしに対し、諭すような口調でお父さまは言った。


「いいかいイリス。このことは、家族だけの秘密だ。

 ディミトリオスは、お父さまとお母さまの実の子供で、病気で五歳まで離れて暮らしていたということになっている。だから、お前も、誰にもこのことを言ってはいけないよ。ディミトリオスは家族を失ってとても傷ついているんだ。優しいイリスなら、仲よくできるよな?」


 どうやら父は、わたしの態度を、ディミトリオスへの反発だと受け取ったようだ。そうではないことを示すために、素直な子供のフリをした。


「分かりました、だれにもいいません。なかよくします」


 朝食を食べながら、頭の中では様々な思いが巡っていた。


 史上最悪の国賊として火の中で死ぬことになる男の子供時代が、まるで天使のようだと誰が知っていただろう。

 ディミトリオスを見ると、彼もわたしを見つめていて、その頬が赤く染まるのが分かった。可愛い子、だと思う。


 みんなで生き残るための作戦を錬らなくては。

 作戦と言っても、元々良くない頭では碌なものは浮かばない。


 小さい子の扱いは施設で心得ていたけど、真っ当に育てるというのはどうすればいんだろう。道徳の教科書に載っていたことでも説けばいいのかしら。

 うーん。でも、この両親なら、わたしが世話を焼かなくても良い子に育てそうだ。じゃあ別に、放っておいてもいいのかな。


 あとは、やっぱり不幸になるきっかけは、イリスが聖女とされること。

 だったら今までと同じく、魔法を使えないふりを続けよう。当面の作戦としてはそれしかない。使えることを、絶対に悟られてはいけない。

 そう考えていたときだ。

 お母さまがふいに言った。


「そういえばイリス――昨日、魔法を使っていなかった?」


 持っていたパンを、床に落っことしそうになった。

 床に落ちる寸前で、ディミトリオスが魔法で掬い、わたしのお皿へと戻す。お母さまよりもずっと優れた魔法だったけど、今そこに注意を払っている余裕はなかった。


 冷や汗が吹き出した。


「ま、まほーなんて、つかってない! しらないよ! イリスはまほう、つかえないもん!」


 動揺で声がひっくり返り、お母さまは首をかしげた。


「だけど確かに、魔法陣を見たように思ったのよ」


 わたしも必死だった。魔法が使えると思われないように。


「ね、ねえお兄さま、そうでしょう? イリス、まほー、つかってないもんね」


 え、使ってたでしょ、と言いたげな彼に、必死に目で訴えた。


「ね? だってイリス、まほーつかえないもん! さいのう、ぜんぜんないもん! お母さま、みまちがえたんだよ! ね、そうでしょお兄さま!」


 それで彼も察したらしい。流石小説のメインキャラクター、聡明だった。逆に怪しまれそうなくらい勢いよく首を横に振る。


「うん! 使ってなかった。ぜんぜん! ぼくも知らない!」


 脳天気な声でお父さまの助け船が入る。


「魔法はだいたい二歳までに出現するんだろう? イリスはもう三歳なのに、残念ながらその片鱗もないじゃないか。ミランダが見間違えたんじゃないのか? お前、昨日は相当頭に血が上ってただろ」


 誰のせいで、とお母さまがお父さまを睨み付け、再燃しかける夫婦喧嘩を、ディミトリオスと二人で慌てて仲裁した。


 ――というわけで、ディミトリオスは、表向き、長男という存在として、テミス家に迎え入れられたのだ。

 だけど実際、両親が何を隠していて、彼がどこから来たのかを、わたしは知らないままだった。

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