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イリス、今度はあなたの味方  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第三章 宮廷遊戯

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アレン・テミスの抜擢

 結局、事件は強盗の犯行として片付けられた。御者もぐるで、逃げたのだろうと。現に御者の行方は知れないままだ。

 ヘイブン聖密卿が助けに入ったことを、ディマは上へ報告しなかった。イリスにさえも言えなかった。

 彼の意味ありげな言葉が引っかかっていた。彼は何を、どこまで知っているのだろうか。少なくとも、ディマが自らの出自を、ルカに気付かせたことに勘づいているらしかった。そうしてそれは、事実だった。


(そうだ。僕は、僕の母と父のことを、ルカ・リオンテールに悟らせるようにした。それは間違いない)


 自室でディマは、考えた。

 ルカはおそらくディマの父親を突き止めたに違いない。

 そのすぐ後で、アリアは現れた。状況と照らし合わせれば、点と点は、徐々に線で繋がっていく。だがその点の中に、ヘイブン聖密卿の存在はなかった。


 そもそもアグスフェロ・ヘイブンという男は、聖職者を多く排出する、ローザリアのヘイブン家という貴族の家系の人間だ。彼の名も、聖典に出てくる聖人の名からとられている。

 聖密卿は魔力の高さか政治力でその職に就くものが多い。ヘイブンは明らかに後者だ。

 

(だが、あの時の彼の魔力は相当なものだった)


 襲撃者を一瞬にして焼き殺していた。ディマやクロードに、並ぶほどの魔力に感じた。


(あの男も謎だ。小説では車椅子じゃなかったとイリスは言っていた。それに、ヘイブンは僕らがルカを嵌めようとしていることに気が付いている。おまけに襲撃を、ルカが命じたことだと言外に言ったんだ。ヘイブンは敵か、味方か……?)


 危ない橋ではあれど、間違いなく対岸へ向けて渡っていたはずだった。だが今になって、その対岸に待ち受けているものが正解かどうか、わからなくなる。


(馬鹿か僕は! 迷いは捨てろ。今更、引き返すつもりはないだろう)

 

 養父母と、イリスと再び幸福に暮らすためには、進み続けなくてはならない。

 あの領地で家族揃って暮らした思い出は、ディマにとってあまりにも美しく輝いて――縋りつき執着するのに、十分すぎるほどの動機だった。

 

 そうして考えを巡らせていたときだ。

 ノックもなく扉が勢いよく開かれた。目に悪いほどの真っ赤なシャツを着た青年が、機嫌が良さそうに部屋に入り込んでくる。


「よおディマ! 元気か〜?」


 そう言って、ルシオ・フォルセティは、ディマの背をばんばんと叩いた。

 ディマは彼を思い切り睨みつける。


「ルシオ、入るときは声くらいかけろよ。取込み中だったらどうするんだ。……なんの用だ?」


 一緒に帝都に戻った彼は、ちゃっかりとオーランドの近習に収まっていて、ディマとの関係も続いていた。

 ルシオはディマの肩を掴むと立たせる。


「親父がお前を呼んでる。上の奴らがばたばたと動き出した。こんな夜にさ。緊急事態に違いない、これはきっと楽しくなるぜ」


 いつも不謹慎な彼は、嬉しそうにそう言う。 

 軍部顧問のファブリシオがわざわざディマを呼び寄せるとは、確かにただならぬことが起こっているようだ。

 連れ立って廊下を移動し始めると、ルシオがディマの髪に触れた。


「しかしお前、本当に出世したな。髪を伸ばせという俺の助言のおかげだろう?」


「僕が出世したのは僕の能力が高いからだ」


 髪に触れるルシオの手を振り払う。ルシオはますます笑った。


「そういやディマ。お前、今日、アリア嬢を送っていったんだろう」


「ああ」


 帰り道襲撃されたことはまだ伝わっていないようだ。


「彼女、可愛いよな。俺、大好きになっちゃった。側にいると心が癒やされるんだよ。こんな気持ち、今まで誰にも抱いたことがない。ついに俺も、愛に目覚めたのかもな」


 単にアリアを褒めたのか、闇の魔術に頭をやられているのか、平素から軽い性格をしているだけに判断が難しい。ディマは片耳のピアスを外すと、ルシオに差し出した。

 

「ルシオ、君にこれをやる」


 受け取りつつもルシオは眉を顰めた。


「お前のお下がり? なんで?」


「お守りみたいなもんだ。僕はもう一つ持ってるからさ」


「お前とお揃いなのか?」


「ああ」言ってから、それもまた妙な話だと思い、渡したピアスを奪い返そうと手を伸ばした。

「嫌ならいい、返せ」


 しかしルシオはひょいと手を上に上げる。その顔は見たこともないほど嬉しそうだ。


「まさか、着けるよ! お前が俺にお揃いのものをくれるなんて、めちゃくちゃ俺のこと好きってことだもんなあ? ようやく俺に心を許す気になったのか?」


 心なら当に許しているが、それを伝えるのも癪だ。さっそくピアスを着けるルシオを横目に、ファブリシオの待つ部屋へと向かった。



 ◇◆◇



「植民地の一つで、境界をめぐり他国と争いが勃発した」


 部屋には軍部の数人が詰めていた。地図を広げ、何やら議論をしているようだ。

 中心にファブリシオがいて、ディマとルシオが入るなり、そう言った。


「ディミトリオス君。君はヘルで戦った経験があるだろう、タイラー・ガンをどう思う?」


 ファブリシオの言わんとすることを、ディマは即座に察知する。


「彼を将軍として任命するということですね」


 飲み込みの速さに、数人の軍人らが物珍しそうにディマを見た。


「彼は優秀な指揮官です。有象無象のヘルの住民を、たった数日で兵士に仕立て上げました。住民たちは彼に勇気づけられ、奮い立たされ、まとまったようなものです」


 ディマの言葉に、軍幹部の一人が舌打ちをした。


「だがわざわざヘル総督を呼び寄せずとも、聖女イリス様のお力を使えばよい。クリステル家反乱も、ヘル防衛も、あの方のお力で勝利したようなものだ。彼女を植民地へ派遣しろ」


 この男、一体何を言っているんだと、ディマは鋭く睨みつけた。一瞬、彼は怯んだようである。

 ディマは言った。


「聖女の力を頻繁に使わずとも勝てます。この帝国はそんなにやわじゃない。聖女頼みの帝国だと、他国に思われて良いのですか? 聖女がいなくても、優秀な兵士はいる。今まで辛勝が多かったのは、兵士たちのまとまりがかけていたからだ。有力な家が好き勝手に動いて、全体としての統制がとられていなかった――。そうじゃない体制を整えればいい。タイラー・ガンのような優秀な指揮官を立て、彼に一任するんです。家ごとではなく。ヘルが勝てたのは、そうやって戦ったからだ」


 聖女が不要など、聖女の兄でなければ許されない発言だろう。

 ファブリシオが口髭に手をやった。軍の幹部はイリスの魔法が失せたことを知らないが、ファブリシオは知っている。彼もまた、聖女を派遣することには消極的だったのだろう。現に彼は、言った。


「私も君と同じ考えだ。聖女様がおらずとも、勝てると思っているのだよ。ロゼ=グラスとヘルの戦闘で、兵士たちはまとまりつつある。信頼のおける将軍に、戦場を任せるべきだと考えている。

 今回の戦闘は広範囲で、他にも数人の指揮官が欲しい。君もヘルを戦い生き延びた者だし、人も良く見ている。そんな君に問いたいのだが、君だったら誰を任命するかね。正直、意見が割れすぎていて、全く新しい者から話を聞きたいのだよ」


 ファブリシオは、将軍候補の数人を上げる。いずれもローザリアの有力貴族の名だった。クリステル家の者や、アール・ガモットの名も上げられていた。

 聞きながら、ディマの頭の中で、急速にそのシナリオが出来上がっていく。


(これほど、またとない機会が巡ってくるなんて)


 勝機に心が弾むが、おくびにも出さず、ディマは、静かに言った。


「僕だったら、冷静に戦況を見て、時に無謀と思えても、必ずそれをやり遂げてくれる人を選びます」


 ファブリシオがじれったそうに尋ねる。


「つまり誰だね?」


「出兵したら二年で死ぬと言われている戦場で、もう五年も生き延び、あと少しで将軍になろうとしている人間――」


 意を決し、ディマは言った。


「つまり、僕の父、アレン・テミスです」


 場にいる男達が、素早く目線を交わしたのが分かった。

 ファブリシオは眉を上げる。表向きは志願したとされているが、実際にはアレンがイリスへの牽制のために、派兵されたと知っているからだ。

 ディマの思考を探るように、ファブリシオの目が細まる。


「軍部から陛下に喧嘩を売れと言っているのかね」


「いいえ全く違います。僕が彼の息子だから推した訳ではありません。聖女の父という彼の立場は、敵を威嚇するにも、味方の士気を上げるにも打ってつけです。何も本国へ戻せと言っているわけじゃない。戦闘が終われば、また聖兵へ戻せばいいだけです。問われたから、僕の考える適任者を答えただけです」


 誰もが異質な物を見るような目でディマを見た。

 ファブリシオは腕を組み、目を閉じ、思案するかのように眉根を寄せる。


「言いたいことは分かった。君たちは部屋へ戻ってよろしい」


 ディマとルシオは一礼し、その場を後にした。

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