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イリス、今度はあなたの味方  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第三章 宮廷遊戯

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アリアの活躍

 目の前のオーランドに手を伸ばし、抱きしめるようにその体を自分の体で覆った。

 ガラス片が降り注ぐ。けど、防御の魔法を出せばいい。

 なのに。


「魔法が――!」


 魔法が使えなかった。

 あの時と全く同じだ。ネルド=カスタに攻撃された時と。


 どうしてよりによって、大切な今!


 だけど魔法が出ないなら仕方がない。

 オーランドの体を抱えたまま、本棚の陰に身を伏せる。彼を守らなくてはと、それだけを考えた。ガラスが無数の刃のように、勢いよくわたしの皮膚に突き刺さる。


「一体、何が……。イリス、怪我を!」


 オーランドが驚いたようにわたしの足に目を向けた。

 体中から血が出ていたけれど、一番大きな怪我はドレスを突き破り太ももに突き刺さったガラスだった。またたく間にドレスが真っ赤に染まっていく。


「私が抜くから、治癒魔法をかけるんだ」


「魔法が、オーランド様。わたし、魔法が使えません」


 オーランドは眉を顰める。


「なんだって?」


「ごめんなさい。魔法であなたを守れません」


 言った瞬間、窓という窓から兵士達がなだれ込んでくる。数十人はいるように見えた。分けのわからない言葉を叫びながら、剣を抜き向かってくる。


「兵士はオーランド様を襲うつもりです! 逃げてください!」


 そう言っても、オーランドは呆然と繰り返すだけだ。


「魔法が使えない……」


「オーランド様! 逃げて!」


 わたしが肩を揺さぶると、ようやく彼はハッとしてこちらを見た。


「すまない、抜くぞ!」

 

 オーランドはそう言った後、わたしの返事も待たずにガラスを抜く。あまりの痛みに呻くわたしをよそに、オーランドは自分の服を破いて、ドレスの下から傷口をきつく縛り上げた。意味があるのかは不明だ。布はすぐ真っ赤になってしまったから。

 

 オーランドは側にあった本棚を蹴った。


「不届き者どもめ! なんのつもりでこのオーランドと聖女に剣を向けるというのだ!」

 

 本棚はドミノ倒しのように順に倒れ、兵士達の動きを阻む。

 瞬間、目に入ったのは、剣と盾の壁掛けだ。痛みをこらえ壁まで行くと、剣を抜く。


「オーランド様! 剣を! わたしの後ろにいてください!」


 二本ある剣のうち、一本を自分に、もう一本をオーランドに投げた。その後で、オーランドの前に立つ。兵士達に向き直った。


「わたしの父アレン・テミスは勇敢な騎士よ! このイリス・テミスはその血を引いている。かかって来なさい! 魔法で守れなくても、この剣で皇帝陛下を守ってみせるわ!」


 兵士達の様子はおかしかった。誰も目の焦点は合っていないし、攻撃魔法もてんで違う方向に繰り出されている。

 わたしの肩に、オーランドの手が置かれた。

 

「イリス、下がれ」


「でもオーランド様!」


「下がれ、これは皇帝としての命令だ」


 それがいつもの訓練されたものか、異常事態につい出たものかは分からないけれど、オーランドは微笑んでいた。慣れた様子で剣を握ると、兵士達に先を向けた。


「攻撃魔法など避ければ問題あるまい。私の剣の腕は、帝国一だ。私の婚約者に怪我を負わせたことを、存分に後悔するがいい」


 紛うことなき絶体絶命。

 魔法の使えない二人に、数十人の兵士が襲いかかる。


 数度、オーランドは兵士と剣を合わせた。それで彼も気が付いたらしい。


「この者達、様子がおかしいぞ!」


 兵士達の目の中に、奇妙な光を見つけた。魔法陣が、瞳の奥に光っている。

 催眠状態にされて、わたしたちを襲っているらしい。


 オーランドの剣の腕は確かなようで、兵士達の肉を切っていく。普通はそれで痛みを感じるはずだ。けれど彼らは止まらなかった。

 倒れた棚の間、狭い場所は、少しの間耐え凌ぐにはいい場所だった。でも、そう長くは持たない。

 ついに兵士の剣がオーランドの剣を弾き飛ばした。続けざまに、剣が振り下ろされようとした。

 足の痛みなど気にならなかった。わたしは剣で、兵士の攻撃を受け止める。


 傷口から血が吹き出した、その時だった。眩い火花が無数に散る。


「このクズどもが‼︎」

 

 怒りを孕んだ声がした直後、魔法陣が乱立した。わたしとオーランドの前にも、守護の魔法が出現する。この激しくも、温かみのある魔法の気配が、誰のものか、すぐに分かった。

 オーランドが、魔法陣の主に向かって叫んだ。


「ディミトリオス! 殺すな、彼らは操られているだけだ!」


「そうは言われましても……! 可能な限りそうしますが!」


 窓から入ってきたディマは、兵士の足元目掛けて魔法陣を乱発する。健を切られた兵士達は、動きが鈍くなる。だけどそれだけだ。彼らはそれでも、わたしたちに向かってきた。まるで死霊の群れだった。

 ディマはこちらに近づきたくても近づけないようだ。倒れた本棚と兵士が彼を阻む。


「眠れ」


 はっきりとした少女の声が聞こえた瞬間、兵士達は皆、その場に倒れた。

 見ると、彼らは皆、深い眠りに落ちていた。


 窓の側に、少女が立っていた。

 ディマもオーランドも、驚いたように彼女を見つめていた。もしかしたら、わたしも似たような表情をしていたかもしれない。

 陽の光を背後に受け、その姿は逆光だ。淡い色の髪が、風になびいた。


「ご無事ですか?」

 

 アリアはそう言って、赤い目を細めた。

 一番はじめに我に返ったディマが、兵士を踏みつけながら、こちらにやってくる。

 

「ディミトリオス、イリスを頼む」 


 オーランドの言葉が終わらないうちに、ディマがわたしのスカートを裂いた。


「傷を見せろ」


 すぐに治癒魔法がかけられる。血は止まり、命の危機はひとまずさった。それからディマは、オーランドを見た。


「陛下、お怪我はありませんか」


 順序が逆だと思ったけれど、オーランドは気にしていないようだ。


「私は大丈夫だ」


「ですが、小さな傷がたくさんあります!」


 そう言ったのはアリアだった。彼女も側にやってきて、オーランドの頬に触れる。


「何をする!」


 驚いたオーランドが振り払おうとしたけれど、上げた手はゆっくりと降ろされる。アリアの魔法によって、オーランドの怪我が治されたのだ。確かに、魔法陣が出なかった。

 オーランドは、唖然とアリアを見つめ立ち尽くす。彼女に魅入られたかのように凝視していた。

 

 それからアリアはわたしを見て、穏やかに笑った。


「とても危ないところでしたね。わたし、嫌な空気を感じて、家に戻る途中で帰ってきたんです。間に合って良かった。聖女様は、なぜ魔法を使わなかったのですか?」


 わたしの反応を窺うような問いかけだ。答えないうちに、彼女は納得したように頷いた。


「だけど、確かにこれだけの兵士がいたら、怖くてすくんでしまうのも、仕方ないですね」


 ディマはわたしが未だに手に持つ剣を見て、アリアの言葉にほんのわずか眉を上げる。


「この妹は、追い詰められれば追い詰められるほどに戦う意思が沸く人間ですよ。恐怖ですくむ質ではない」


 ディマの言葉に重ねるように、オーランドが言った。


「奇襲だったのだ。初撃で私を守るために怪我を負った。無理をするなという、私の指示だ」


 そうしてオーランドは倒れる兵士達に目を向けた。


「なぜこんなことになったんだ。護衛は何をしていた」


「皆、昏倒させられていたようです」


 答えたのはディマだった。


「イリスを、先に城に運んでも構いませんか。オーランド様も、医師に診ていただかなくては」


「わたしもご一緒します!」


 アリアが、そう言った。


 ディマはわたしを抱え、早足で移動する。いわゆるお姫さま抱っこだけれど、ロマンチックさがあまりないのは、わたしに起きた二度目の事実を、伝えなくてはならないからだ。


「ディマ、魔法が使えなかった」


「ああ」


「オーランド様に、知られたわ」


「ああ」


「でも彼は、黙っていてくれた」


「ああ、分かった」


 本当に分かったのか分からないけど、ディマは続ける。


「離れるべきじゃなかった。夕方でなくとも、こうなる可能性はあったんだ。イリスの魔力が強いと、安心してはいけなかった。あの後、僕は思い直して、アリアの送迎を別の人間に頼んで、城に残ったんだ。オーランドが……オーランド様が襲われるという中庭に控えていたんだけど、二人の側にいたほうが早いと思って。イリスならきっと図書室にいるんじゃないかと考えて、来た」


「来てくれて良かった」

 

 言うとディマは、ほんの少しだけ笑った。

 兵士の様子はおかしかった。何者かの魔力の気配がした。操られていたように感じる。

 けれどあれだけの大人数を操るとしたら相当な魔力が必要だし、そもそも人の心を操るのは、闇に分類される魔術だ。術者も無事では済まされない。魔法で治らないほどの傷を負うか、最悪は死だ。自らの代償覚悟で、オーランドを殺したかった人間がいるということだろうか。


「この襲撃は、仕組まれていたんだと、思う」


 わたしの言葉に、ディマは答えた。


「探ってみるよ」


 日差しは明るかったのに、空気は重い。わたしたちを取り巻く影が、一層濃くなったように思えた。

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