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イリス、今度はあなたの味方  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第二章 ローザリア戦記

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誰もどこにも逃げられない

ディミトリオス・テミス

「二人で逃げろよ。俺ははぐれたことにしてやるから」

 

 それはヘルへと戻る道中、野宿をしてる際、ルシオが言った言葉だった。

 イリスは眠っていて、ディマとルシオ、会話もなく夜を過ごしていた、そんな折だった。


「イリスは望まない。それに、地獄のような暮らしになるかもしれない」


 ルシオはいつになく穏やかに言う。


「これは勘だけど、彼女なら地獄の底だろうとお前といられたら幸福だろうよ」


「両親のこともある。ミランダ・テミスを侍女としてヘルへ来させなかったのは、まだ見張っているという言外の圧力だろう。アレン・テミスの帰還もない。彼らに何かがあったら、僕は自分を許せない」


 ディマの膝を枕に、イリスはすやすやと眠っている。生まれ変わる前の人生をよく覚えていると言い張る彼女は、時に姉のように接するが、ディマにとってはどこまでいっても、年下の女の子だった。

 髪を撫でると、くすぐったかったのか、彼女はちいさく呻いた。


「この子には周りに愛されて、認められて、そういう暮らしをして欲しい。逃げて隠れて、追われるなんて絶対にだめだ」


 ディマの思い描く理想は、何の憂いもなく、誰にも追われることもなく、イリスと二人で生きていくことだ。故郷の森や、屋敷や、村を周り、夕日を眺め、暮らすことだった。


 だが彼女にその暮らしをさせるためには、解決しなくてはならない課題が山積みだった。



 

 ヘルに戻り、一日が経った。


 クロードやファブリシオへ、ことの顛末を説明し、日が終わろうとしている。聖女には優しい彼らも、ディマとルシオには容赦なかった。だが後ろめたいこともない。素直に従っていた。


 そうしてその二人のどちらにも、オーランドへの態度を注意された。まるで正面から喧嘩を売っていたようだと、そう言われた。

 正面から喧嘩を売っていたのだ。その指摘は正しい。


(たまに思う。僕は激情家だ。母と同じ気質がある)


 その日の聴取が終わり、口数も少なくルシオと、水平線に沈む夕日を見ながら、堤防に座り軽食を取っていた時、そんな風に考えた。瓦礫は相変わらずだが、遺体も悪臭もない。 

 復興に訪れた兵士のために人々は動き、街は以前の活気を取り戻しつつあった。全て、聖女がこの地に降り立ったからだ。


(あの子といると、僕はただの男になってしまう。目的も決意も誇りも忘れ、ただ彼女を愛するだけしかできなくなってしまう)


 尊く愛しいと思うと同時に、ひれ伏している。だがその服従は決して嫌ではなかった。


 オーランドも同じように考えているのなら、耐え難い事実だ。これほど深く彼女を愛しているのは、自分だけでいい。


(だけどなんとなく、分かる。オーランドは孤独なんだろう)


 人を側に置く時に、押さえつけるか脅すかでしか、方法を知らない。

 だとしたらやりようはあると、ディマは思った。


「なあ、ルシオ。僕は君に感謝してる。友達になってくれたことも、僕を思いやってくれることもだ。君の明るさにいつも救われてる。信頼する友だ」


 突然の言葉に驚いたような表情を浮かべたルシオは、やがて破顔した。


「ようやく俺の愛が伝わったか!」


「僕はオーランドにとっての君になる」


「は?」ルシオの笑顔が引っ込んだ。ディマの背を叩こうとしていた手は、空中で止まる。


「オーランドを支え、彼の信頼を勝ち取る。イリスの側に、少しでも長くいられるようにさ」


 ルシオは手を下ろし、心外だとでも言いたげな表情を浮かべた。

 

「勘違いするなよ。俺がお前の側にいるのは一緒にいるのが楽しいからだけだ。下心なんてない」


「分かってる、僕が君に抱く思いも一緒だ。オーランドにそんな思いは抱けないけど、フリならできる。自分なんて、いくらでも偽れる」


 ルシオはせせら笑う。


「愛ってやつか」


「オーランドに会いたい。会える時間はあるか。名目は、昨日の非礼を詫びたいと」


「日が暮れたら謁見は終わりだ。その後で時間を作ってもらうよう、親父に頼む」


 ディマはもはや、死ぬか、屈するか、選ぶしかなかった十二歳ではなかった。別の道を切り拓かなければ、到底、幸せになど辿り着けないと気づいている。




 オーランドに会えたのは、日暮れからすっかり時間が経ってからだった。

 最後に会った者の要望が長引いたらしい。オーランドは応接の間で椅子に座り、足を組み、疲れたように目を閉じていた。

 護衛や側近たちも中に控える部屋へとディマが入ると、目も開けずに、彼は言った。


「話は聞いた。内容について、私は承知した。それ以上に、君が話すことなどあるまい」


 拒絶とも思える言葉だったが、こうして時間を作ったということは、全く聞く耳がないということではないはずだ。


 オーランドの足元に、ディマは跪いた。護衛が反応するが、オーランドが手で制する。

 彼は目を開けた。空のように青く澄んだ、美しい瞳だった。

 ディマは言う。


「陛下、私に本土へと帰還し、母と妹の側にいる許しをください」


「君が宮廷に戻ることは、未だ許されていない」


 澱みなくディマは答えた。


「では陛下。お許しをこの場でいただけませんか。今や帝国の端にいるねずみ一匹の運命でさえ、あなたの意志で決まるのだから。

 お約束します。私の忠誠心は、誰にも負けないと。必ずお役に立ちます」


 オーランドは、憮然と言う。


「ならば忠誠を示してみろ」


 頭を下げたまま、ディマは応じた。


「あなたが望めば、このディミトリオス・テミス、地べたに頭をこすりつけましょう。

 あなたが望めば、靴の底についた犬の糞でも舐め取りましょう」


 言ってから、オーランドの組まれた足の、靴の先に口付けをした。誰かがハッと、息を呑んだ。

 

「よい! よせ!」

 

 ぎょっとしたようにオーランドは立ち上がった。狼狽える皇帝を見て、ディマはわずかな満足感を得た。彼に会うのは三度目だ。一度目は処刑されかけた。二度目はつい昨日だ。三度目にしてようやく、彼の仮面を一瞬だけでも剥ぎ取った。


「この身と心はローザリア帝国、皇帝のものだ。陛下、私はあなたのものです」


 ダメ押しとばかりに、そう言った。

 父親同士が兄弟だと、ディマは知っているが、オーランドは知らない。

 運命は片方に膝をつかせ、片方に見下ろさせる。だが運命を、今にあってはディマは嘆いていなかった。

 

 部屋の中には大勢いたが、誰も口を利かずに、気が触れているとさえ思わせる少年に対する、オーランドの裁きを待っていた。

 じっくりと値踏みするかのような長い時間の後で、やがてオーランドは口を開く。


「……宮廷に、来るといい。兄がいれば、イリスも心が安らぐだろう」


 待ち望んだ、許しだった。感情を表出させないよう細心の注意を払いながら、淡々と、ディマは答えた。


「感謝申し上げます陛下」


 深く頭を下げると、静かなオーランドの声が聞こえた。


「イリスのために当然のことをしただけで、君に感謝されることではない」


 昨日、ディマが彼に言った台詞だった。


 話は終わった。立ち上がり、一礼し、開きっぱなしの扉まで進むと、関わり合いを恐れるように、男達は道を開けた。

 やることは決まっている。アリアを探し出し、彼女を聖女に置き換えるのだ。死んで水晶となるのはイリスではない。アリアだ。

 両手を握りしめた。


(悪役か。上等だ、なってやるよ。やり遂げてみせる)


 幸福が奪われたのなら、また奪い返す。それだけだった。




 部屋を出ると、廊下にルシオがいた。一部始終を見ていたらしく、呆れとも諦めともつかぬ微笑を浮かべている。

 ルシオは言った。


「……家族は檻で、愛は鎖だと、前にクロード・ヴァリは言っていた。その意味が、今やっと分かったよ」


 じっと、彼はディマを見る。


「誰も、どこにも逃げられない。……また、血みどろの宮廷が見れるかもな」


 望むところさ。


 ディマも彼に、笑い返した。





第二章をお読みいただき、本当にありがとうございます!

書いていて楽しい章でした。


さて、第三章はこれから書くのでまたお時間をいただきます。章タイトルは「宮廷遊戯」にしようかなぁとぼんやりと考えていますが、変えるかもしれません。

引き続き、お付き合いくださいませ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 明らかになったこともあれば、新たな疑問が生まれてもいたりしてドキドキする展開でした。
2024/06/11 17:16 退会済み
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