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イリス、今度はあなたの味方  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第二章 ローザリア戦記

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名前を呼んでくれないか

 何日もかけて、わたし達はのろのろとヘルへと戻る。先にルシオが父親宛に手紙を出して、わたしの無事を伝えていたから、余計に足は遅くなる。

 昏倒により、魔法での反撃さえままならない状態だったのだと、文面で説明はした。信じたかは分からない。


 魔法。そう、魔法についてだ。

 ディマと合流したその翌朝、自分に魔法が戻っていることに気がついた。


 以前と同じく、空間転移の魔法を使ってヘルへの帰還をしようと考えたけれど、「病み上がりなんだから、無理しなくていい。ゆっくり帰ろう」そう言ってくれたディマの言葉に、甘えることにした。


 離れていた間のことを、ディマとたくさん話した。聞いた多くは手紙のやり取りで知っている、神学校のことだ。だけど知らないこともあった。

 ディマがそもそもなぜヘルにいたかということだ。初め、ディマとルシオはエンデ国へと行って、クロードに会い、教皇庁へと入ったらしい。


 並行して馬に乗りながら、ルシオは言った。


「教皇庁に入ったはいいが、結構グロかったよな、特に地下牢はさ。それと、その更に地下に水晶部屋があった。一瞬見えたけど、かなり巨大な水晶柱が並んでいましたよ。俺は気分が悪くなって入りませんでしたけど、ディマはクロード・ヴァリと、長い間入ってましたね」


 エンデ国の水晶は希少なものだ。地下深くで大切に管理されているらしい。

 わたしは首飾りの小さな水晶に触れた。


「これと同じものなのかしら?」


「ああ、そうだ」


 わたしの背後で馬に乗るディマの体が、わずかに強張る。

 ディマの様子に気付かないのか、ルシオは続けた。


「その後すぐ、ディマはローザリアに戻ると言い出した。馬鹿を止めろと思ったが、本気らしいんで、まあ付き添ってやろうと思ったんです。

 はは、そんでクロード・ヴァリなんて、身分を隠すためディマと兄弟のふりをしてた時もありましたっけ」

 

 場面を想像して笑った。ルシオもディマに笑いかける。


「道中色々あったけど、割と楽しかったよな」

 

 まあね、とディマも口数少なく応えた。

 

 ルシオはディマとわたしに血の繋がりがないことを知っているとのことだ。

 普通の兄妹以上に距離の近いわたしたちを目撃して、何も言ってこないからもしかしたらそうなのかもしれないと、思ってはいた。

 そのことに関して、ルシオはこう言っていた。

 

「ディミトリオスの方が養子だと聞きました。アレン・テミスの妹の子がディマなんでしょう? ローザリアじゃ、従兄妹同士なら結婚はできる。良かったなディマ」


 随分と懐かしい設定を持ち出した。ディマがそう言ったんだろう。


「俺は誰にも言いません。でも、俺が気付いたくらいだ。他の誰かが気付くかもしれない。余計な噂の種になりたくなきゃ、ディマが宮廷に入る前に対策しなけりゃな」


「一応、考えてはいるよ」ディマがそう答えていた。



 ◇◆◇



 ヘルに着くなり、出迎えたファブリシオにより、わたし達は総督屋敷へと内密に入った。

 

 居間で待っていたのはオーランドを含めた数人だった。ガン総督や、クロードの姿もある。

 オーランドが私の姿を見るなり抱きしめた瞬間、ディマが、隠しきれないほど恐ろしい形相を浮かべたのが分かった。ルシオが慌てて、ディマの腕を掴んでいる。


「イリス! 無事で本当に良かった……! 怪我はないか、酷い目に遭わされなかったか」


 怪我もしたし、酷い目に遭わされたけど、微笑み一つで誤魔化した。

 瞬間、冷たいとさえ思える、ディマの声がした。


「スタンダリア人の姿が見えませんが、彼らをどうしたんですか」


 オーランドというより、この場にいる者たちに向けて放ったようだ。


「彼らは帰国した。ジュリアン王もだ」


 タイラー・ガン総督が控えめにそう答えるけれど、ディマは眉根を寄せた。


「あり得ない、なぜ帰したんです? 彼こそが首謀者なのに」


 クロードが静かに嗜める。


「ディミトリオス、断定的なことは言うべきではない。ネルド=カスタ聖密卿の関与を証明するものも、今のところ君たちの証言だけなのだから」


 すかさず、ルシオが口を挟んだ。


「証拠ならあるぜ。ほらよ」


 ルシオがそう言って放り投げた麻袋を、ファブリシオが受け取った。父親に向かってルシオは言った。


「親父、腐りかけだが顔は分かるだろ。聖女様が殺されかけたんで、彼女を守るために、その兄君がもぎ取った敵の首だ」


 中を確認したファブリシオが顔を歪め、すぐに麻袋を閉じた。


「確かに、彼の…… ネルド=カスタの顔だ」

 

 あの時ルシオが地面から拾い上げたのはそれだったらしい。


 皆がざわつく。

 国際問題だ。いやそもそも国だけに収まらない。教皇庁を含んだ問題だ。前代未聞だぞ。

 そんな言葉が、素早く交わされる。


 オーランドがわたしの肩を抱き、部屋から連れ出すような動作をした。


「イリスは私と共に。医師がいる。風呂も作らせたから、入りなさい」


「僕も行きます。側にいると約束しました」


 ディマが進み出て、わたしの手を取った。二人の視線が、交差した。


 オーランドがいつもの微笑みも忘れ、ゆっくりと言う。


「イリスを救い出してくれて感謝はするが、もう君の力は必要ない」


「僕は彼女が大切だから当然のことをしただけで、あなたに感謝されることではありません。それに、必要か否かにかかわらず側にいたいだけだ。何があるか分からないから」


 あまりにも堂々としたディマの態度に、わたしの方がハラハラしてしまう。


 ディマの瞳は暖かみのある茶色をしている。アレン・テミスと同じ色。ディマは魔法で、瞳の色を変えていた。気取られないために。


 オーランドが何かを言いたげに口を開きかけたけど、それより早くクロードが反応した。


「君達はだめだ。私の聴取がある」


 ルシオが舌打ちした。


「聴取だと? 司祭だか総督補佐だか知らんが偉そうに。

 なあ、全然分からないから教えてくれよ。兄が妹の側にいてやれない理由はなんだ? ローザリア中枢の意地悪さの他にあればの話だけどさ」


「ルシオ!」


 鋭い声はファブリシオのものだった。息子に言うことを聞かせる、威厳のある声色だった。


「ヴァリ司祭に従いなさい。ディミトリオス君も、いいね? 今まで自由にしていただろうが、皇帝陛下の前で、勝手な行動は一切許さん」


 ディマの手は、それでも離れない。


「大丈夫よディマ。またすぐに、会えるわ」


 わたしがそう言うと、ようやく彼は手を離した。


「何かあったら呼んでくれ」


「彼女なら心配ない、私が側に付いているから。護衛を付け、総督屋敷に滞在させる。何も、起こり得るはずがない。君達も休みたまえ」

 

 ディマの言葉を遮るように、オーランドが重ねて言った。わたしの肩に置かれたオーランドの手に、わずかに力が込められた。




 医師にあれこれと調べられた結果、わたしの体は健康だということで、次に風呂に入れられた。

 汚れは魔法で落としていた。だけどお風呂は好きだった。一人でいられるから。


 なぜ魔法が使えなかったのかしら。そうして今、再び使えるようになったのはどうして?

 聖女の誘拐は、聖密卿の独断ではないだろう。スタンダリアが聖女の秘密を握り、わたしではない別の人間を聖女として擁立しようとしていた。

 少なくとも彼らはそのつもりでいたんだ。


 そんなことばかり考えていると、カタリと音がした。侍女もいない、一人きりの部屋だ。覆いとして置かれた薄いカーテンの先に、人影があった。


「私だ」


 オーランドの声だった。


「陛下であると証明してください」


「あなたの誕生日に猫のぬいぐるみを贈った。名前はミーシャだ」


 なるほど、確かにオーランドだ。

 影はそのまま、椅子に腰掛ける。


「こんな場所ですまない。あなたと二人きりで話す機会は、ここしかないと思ったんだ」


 明日からまた、一日中謁見が入っていた。

 いつもの彼の様子とは違っているように思えた。声には自信も張りもない。


「あなたがいなくなって、私はとても、恐ろしかった。聖女の力も万能ではないのだと思い知った。あなたにしても、聖女という肩書きがなければ、ただの十三歳の少女でしかなく、本来であれば、戦地に赴くことなどあり得ないのだと、そう思った。思って、分かった。私があなたを必要としていたのは、聖女だからだけではなかったんだ。つまり……つまり、あなたを失うなんて耐えられない」


 わたしが動いて立てる水音の他には、オーランドの声だけが響く。

 言葉を選んでいるのか、彼の言葉は回りくどい。だけどだからこそ、飾りのない、彼自身の言葉のように思えた。


「私はあなたが怖かった。誰もがあなたの味方でいるが、あなたは私の味方ではないのではないかと。ロゼ=グラスから、それが顕著になったように思えた。

 ガモット家を推したのはあなただが、諸侯を黙らせたのはヘイブン聖密卿だ。聖女の現れる国には、元から優秀な司祭たちが配備されるというが、ヘイブン聖密卿も、間違いなくそのうちの一人だろう。その彼が……あの偏屈な男さえ、あなたに肩入れしているように思えた。ルカはあなたがこれ以上、政治的な力を持つことを恐れ、押さえつけようとしていた。

 ……私は、あまり自分が好きではないんだ。今までは、ルカの言う通りに従って来た。だがもう、そうはしたくない」


 一瞬、言葉に詰まった。

 自分が好きでないなんて、驚くべき告白だ。だってオーランドよ? いつも格好良くて、地位もある、誰もが憧れる小説のヒーローなのに。

 だけど、とわたしは思う。彼にしたって、十六歳の少年でしかないのだ。母親は病気がちで、伯父は自分の思う通りに動かそうとしてくる。

 そんな中、オーランドは両肩に帝国を背負い一人で立たなくてはならないのだ。誰にも弱さを見せてはならない。重圧はあるのだろう。


 少し考えて、わたしは言った。


「わたしの陛下に対する態度は、ひどかったかもしれません。あなたは歩み寄ろうとしてくださっていたのに、わたしの方が拒んでいました」


「あなたは以前言っていた。誰もが自分を聖女と呼ぶと。私もそうだ。誰もが私を陛下と呼ぶ。どうかイリス、あなたはせめて、私を名前で呼んでくれないか」


「……オーランド、様」


 ぎこちなくそう呼ぶと、嬉しそうな声が返ってきた。


「ああ、イリス。ここにいるよ」


 


 オーランドは先に戻り、わたしもお風呂を出て、やってきた侍女と廊下に控えていた護衛と共に部屋に戻ろうとしていた時、偶然、クロードと出会した。

 ディマとルシオからの聞き取りを切り上げた帰りなのだろう。爽やかに、彼は笑う。


「やあイリス。休むところかい?」


 わたしも微笑み返した。思い出す。クロードに、聞きたいことがあったのだ。


「先生。先生は、見たのでしょう?」


 彼は笑みを崩さない。


「何を?」


「ヘルで攻撃の先鋒を務めたスタンダリアの魔法兵たちの、ローブの中身です」


 やや間があって、返事がある。


「……見たよ」


「当ててみましょうか? わたしと同じ年くらいの女の子たち、だったんでしょう?」


 クロードはやはり笑みを崩さず、しかし、返事もしなかった。

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