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イリス、今度はあなたの味方  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第二章 ローザリア戦記

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和平もたらす

イリス・テミス

 再び目が覚めた時、何もかも解決していることを知った。


 ヘルの空は青く澄み、瓦礫の街も、機能し始めていた。

 ヘル総督は襲撃初日に亡くなり、その息子のタイラー・ガンが、今は総督代理となっている。


 臨時補佐として、ファブリシオとクロードが就いている。けれどファブリシオは本土に戻る気でいるし、クロードは司祭だ。混乱が収まれば、二人共この街からいなくなるだろう。


 驚くことに、この一ヶ月、塩と砂糖と水でわたしは生かされていた。

 体は少し痩せていたけど、他に気になるところはない。イリスの体に流れる膨大な魔力が、体を守り続けたのだ。



 ベッド脇にいたクロードに、気分はどうだと聞かれたから、悪くはないと答えておいた。

 魔法の使いすぎで倒れてしまったのだと彼は言った。ベッドの上、ぼんやりする頭のまま、わたしは彼に問いかける。


「だけど先生からいただいたこの水晶があれば、魔力は安定しているのだと思っていたわ」


「ディミトリオスにも言ったが、そもそも体を通る魔力が多すぎては意味がない。普通の人間が無意識で制御するところを、君は全速力でぶっ放す。だから倒れる限界まで魔力を使ってしまうんだ。

 本能を理性で抑え込みなさい。今回のような事態になる前に、理性を働かせるんだ」


「でも、わたしが来て良かったでしょう?」


 クロードはほんの少しだけ笑う。

 心許せる人が側にいて嬉しいけれど、一番会いたい人はいなかった。


「ディマに会いたいな。せっかく会いに来たのに側にいないなんて寂しいわ」


「彼は君の側にいることを望んでいたが、中々使える若者で、今は周辺領地の被害状況の把握に回らせている。数日したら戻る予定だから、またその時に、ゆっくり会えばいい」


 ディマに怪我がなく、元気だということは救いだった。再会したら、誰がなんと言おうとも、帝都に連れて帰ろうと思っていた。

 オーランドやルカと対立しようとも、表立っては彼らだって批判できないはずだ。それだけの地位を、この数年でわたしは確保してきたつもりだった。


 わたしの体調に心配がないと分かったため、クロードは立ち上がった。

 

「何か食べたいものはあるかい」


 問われ、頭に浮かんだものを口に出す。


「ジンジャークッキー……」


「あいにくないが、食べられそうなものを持ってこよう」


 珍しく困ったようにクロードは眉を下げ答え、そうして部屋を出て行った。




 健康で丈夫なイリスの体は、数日で以前と変わらないほど元気になった。


 総督屋敷に滞在するオーランドが、毎日わたしの側に付き添った。

 ほとんど無理矢理彼を振り切りヘルへやってきたけれど、そのことに関して、彼は怒ってはいなかった。むしろ帝都にいるときよりも数倍、毒気が抜けたような表情をしている。晴ればかりのこの気候が彼を開放しているのかもしれない。


 山程の護衛とともに彼と二人で街を回る。


 住民たちがわたしたちを一目見ようと、人だかりを作っては、護衛たちに遠ざけられていた。その中を、それぞれ馬に乗りゆっくりと進んでいた時に、オーランドは言った。


「私もあなたの後を追うつもりだったが、クリステル家を置いていくわけにもいかずにね」


 きっとルカが止めたのだろうと思う。

 オーランドが不在の間、サーリが国を治めているということだけど、実質的にはルカだろう。


「あなたが目覚めないと密書を受け、すぐにヘルへ向かったんだ」


 オーランドは、そうも言った。


 ヘルの西側は壊滅状態だった。遺体はすべて、墓地へ運び終えているとのことだった。


 墓地へ行きたいと言ったのはわたしからだった。

 死者の数が多すぎて、新たに墓地がいくつも作られた。そのすべてを、オーランドとともに訪れた。教会の裏や森の中、平原に、墓は作られていた。

 わたしは聖女ではないけれど、死んだ人の魂の安寧は、せめて祈ろうとそう思った。


 オーランドも隣で祈りを捧げていた。彼の心の内は、わたしには分からない。


 犠牲者の数は未だ把握できていない。数千とも、数万とも言われていた。




 墓地を回った後、わたしの滞在する大聖堂の一室に戻ってから、オーランドは言った。


「あなたが眠っている間に、ミーディア国の仲裁で、速やかに和平がもたらされた。終戦協定が結ばれ、戦争状態は、終わったんだ。スタンダリアは捕虜の身代金と戦争の賠償金を我が国に支払うことになった」


 わたしは椅子に座っていて、オーランドは窓辺に立ち、街の様子を眺めていた。部屋の中には他にも数人、側近たちが入っていて、彼らも誇らしげに頷いていた。


 目覚めてから誰もが話していたことだから知っていた。実質的なローザリアの勝利だった。

 それではスタンダリア王家ソル家とローザリア皇帝家フォーマルハウト家の溝は決定的だろうと思っていたけれど、それがそうでもないらしい。

 

 オーランドはさらに言う。


「ヘルにスタンダリアのジュリアン王を招聘した」


 驚き理由を問おうとする前に、部屋の扉近くに立っていたヘル総督、タイラー・ガンがはっきりした口調で言った。

 

「大陸の平和のためです、聖女様。不安定な状態が長く続いておりましたから、諸国から不信感を抱かれています。王同士が対話し、戦争終結を示さなければならないと考えておるのです」


 それはきっとタイラーやファブリシオの考えなのだろう。オーランドも納得したのだ。


「ガン総督。あなたはジュリアン王を憎んでいないのですか?」


 タイラーは微かに首を横に振った。


「あらゆることがありすぎて――今、生きていることに、ただ感謝する他ありません。

 聖女様――。私はあなたのお兄様に、随分と勇気づけられました。恥ずかしながら、私は一度、諦めかけました。その時に、彼に叱責されましてね……彼は聖女様なら、必ず助けに来てくださると信じていました。そうして実際、その通りになった。それで、思ったのです。私も人を信じてみようと。過ぎ去った過去ではなく、よりよい未来のためにできることをしたいのです。

 強い少年です。彼がいなければ、ヘルは持たなかったとさえ思います。人命を救うためなら、自分の命が惜しくないような、そういう少年でした」


 人のために行動するなんて、ディマはやはりディマなんだ。彼を褒められて、なぜかわたしまで嬉しくなった。


「兄はわたしの誇りです」


 タイラーは肩をすくめる。


「あなたの兄とは、少しも知りませんでしたが。自分のことを話すのが、彼はあまり得意ではないようでしたからね」


 口調こそ困ったように言うものの、タイラーの声には愛情が込められていた。彼らには、確かな絆が結ばれているらしかった。

 



 だから、パーティが開かれることになった。


 オーランドはヘル行きの侍女たちの中に、ミランダ・テミスを入れていなかったけれど、きっと旅立つ頃には、ジュリアン王との対面は決まっていたに違いなくて、荷の中に、お母様が選んだらしいドレスがいくつか入っていた。


 その内で、一番地味なものをわたしは選ぶ。派手なドレスは、あまり好きではなかったから。


 ディマの帰還がまだない内に、パーティは開かれる。

 ヘルは大騒ぎだった。

 住民たちがスタンダリア人達を攻撃しないように、ジュリアン王一行が滞在する数日の間は、兵士達が街を見回り、不要の外出は規制された。


 会場は、総督屋敷だ。屋敷と言っても、かつては城主が住んでいた城で、来賓を迎え入れるには十分な設備がある。

 大きな広間が、主会場になっていた。

 オーランドがローザリア本土から連れてきた家臣らが美しく着飾り、少なくとも表面上は、パーティを楽しんでいた。


 やがてスタンダリアの一行がやってきた。


 ヘル奇襲を命じた人物はさぞ意地悪な顔をしているのだろうと思っていたけれど、当の本人に、悪事を働いたという意識はきっとないのだろう。

 穏やかな微笑みと、堂々たる佇まいで、広間の奥に座るわたしの前に現れた。


 背後には、司祭服を着た若い男性を伴っている。

 司祭がこのような場に現れるのはローザリアではあまりないことだけれど、スタンダリアではまたしきたりが異なるのかもしれない。


 わたしとオーランドは同時に立ち上がる。ジュリアンは仰々しく跪くと、わたしの手を取り、キスをする。


「イリス・テミス――なんと可憐で美しいのだろうか。そなたのような者がなぜスタンダリアではなくローザリアに現れたのかと、毎日神に嘆いている」


 ジュリアン王は四十代で、王族の代表のような、上品そうな見た目をしていた。彫りの深い顔を、茶色の髪と、茶色の髭が覆っている。大柄な人だけれど、厳しい雰囲気はない。

 聖女の膜に覆われたわたしを見る時、多くの人がそうであるように、彼もまたわたしを見て、目を輝かせていた。


「そなたの美貌を見ると、あの少女を思い出す。以前、リオンテール家の華だったあの少女は健在であろうか。そなたに良く似た銀髪で、翡翠色の目をしていた」


 驚き答える。

 

「まあ! それはきっとわたしの母ですわ」


 リオンテール家にその特徴を持つ者は、お母様しかいない。

 傍らにいたファブリシオがすかさず応答した。


「ミランダ・テミスは幼い頃、外交官だった彼女の父の付き添いで、スタンダリアの宮廷にも出入りしておった方ですからな。今でも二人並ぶと、双子のようですぞ」


 ジュリアンは満足そうに声を上げて笑う。そうして次にオーランドを見た。

 わたしに跪いたジュリアンだったけれど、オーランドに話しかける際には立ち上がった。王同士、対等な立場であることを示すためだろう。


「オーランド、前に会った時、そなたはほんの赤子だったが、こうして見ると中々立派なものよ。聖女を得てさぞ機嫌が良いのだろう?」


「あなたにお会いできたことも、機嫌の良さの要因の一つです」


 オーランドは微笑みを崩さない。彼の訓練された笑みに、わたしはいつも感心してしまう。

 当てこすりのようなことを言われても、親愛なる友人に向ける笑みのように思えるからだ。


 ジュリアンはさらに続けた。


「我が国にも聖女が来ないものかと思っている。そうであれば次の戦は勝つであろう」


「たとえイリスがおらずとも、結果は変わらないと思いますが」


 ジュリアンは再び声を上げて大きく笑った。それから、背後の司祭服の男性に目を向ける。


「こちらは、ネルド=カスタ、我が国の聖密卿だ。聖女様に一目でもいいからお目にかかりたいと、本国から共に参った男だ」


 呼ばれた男性が一歩前に進み出る。


「イリス・テミス様。ダビド・ネルド=カスタと申します」

 

 見た目はまるでギリシャ彫刻のように整っていた。彼も小説に出てきたから知っている。

 敵国でありながら、聖職者という立場もあり、聖女アリアの良き理解者になる人だ。ローザリアとスタンダリア両国の和平に尽力する人でもある。


 多くの聖職者に会ってきたわたしだけれど、ヘイブン聖密卿以外の聖密卿に会うのは初めてだった。その国の教会を統べる彼らは普通、本国を離れないものだから。


「お会いできて光栄ですわ、ネルド=カスタ聖密卿」


 そう言って微笑むと、彼も微笑み返してくれた。

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