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イリス、今度はあなたの味方  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第二章 ローザリア戦記

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イリスがあなたを助けます

 多くの兵らはそのまま北部を抜け、ローザリアの北東から大陸に渡り、スタンダリアの背後からヘルに向かい、先に派兵しているフォルセティ家らと合流する予定だった。戦闘を避けたのはそのせいもある。クリステル家の反乱で兵を疲弊させては、肝心なヘルでまごついてしまうから。

 従順に捕虜となっているクリステル家を見守ってから、わたしとオーランドは、帝都に戻るつもりでいた。


 順調に思えた。軍勢の中から、従者が性急な様子で走り寄ってくるまでは。


「聖女様!」従者はわたしだけを見つめ叫ぶ。


「ミランダ・テミス様がいらっしゃっています!」


「お母様が? 自ら来たというの?」 

 

 なぜ? 疑問しか浮かばないけれど、従者が嘘を吐く意味はない。

 オーランドが即座に言った。


「聞こう」傍らのルカに命じる。「後のことはお前に任せる」


「承知いたしました」


 ルカも静かに一礼した。オーランドの言葉に素直に従う彼だけど、再び頭を上げた時、わたしを厳しく見た。わたしが何かを企み、お母様を呼びつけたと思っているに違いない。

 ――そんな目で見ないでよ。わたしだって何も知らないんだもの。

 貴族達はいつもこうだった。無い腹の探り合い。吐くものもないのに、何かを吐かせようと、誰もが躍起になっている。


 拠点として貼られたテントの中、お母様は兵士達に見守られながら、落ち着かない様子で椅子に座っていた。間違いなくお母様だ。


 わたしを見ると、彼女は立ち上がり、限界だったとでもいうように、倒れ込みながらすがりついた。


「イリス! イリス!」

  

 顔は青ざめているし、ふらふらしている。数日かかる道中を、ほとんど休まずやってきたようだった。困惑のまま、彼女の体を抱きとめる。


「お母様、どうしたの?」


 彼女の目は赤い。一瞬、嫌な記憶が蘇った。

 三年前、お父様が戦場へ行ってしまった後も、彼女はこんな風に、隠しきれない不安を滲ませていた。恐ろしい予感がして、彼女に尋ねる。


「お父様に、何か、あったの?」


 けれどお母様は首を横に振った。

 

「ち、違うわ。アレンじゃない、アレンじゃなくて――」


 はっとした。


「……ディマに? ディマに何かあったの?」


 背後のオーランドが息を呑む気配がした。

 わたしの心臓は、嫌に脈打つ。お母様は、何度も頷いた。声を震わせながら、彼女は言う。


「ヘルが奇襲された日に、避難船が出たでしょう? 手紙が一緒に乗せられていて、それが、ファブリシオ様宛てに届いて――。でも、ファブリシオ様は今、いらっしゃらないから、それで、執事さんが開けてくださったの。そうしたら、そうしたら……。

 そうしたら、ルシオさんからだったのよ! ディマと一緒に、ヘルにいるって! 旅行中に、戦闘が開始されたと。そう走り書きをして、船に手紙を託したのよ!」


「彼らがヘルに滞在しているのか?」


 オーランドがわたしたちに近づき問いかけた。お母様は答える。

 

「ええ、あの子が……! あの可哀想なあの子が! 奇襲の知らせから、すでに一週間以上経っています、無事なのかも、分からない……!」


 わたしの腕の中、お母様はすすり泣く。礼儀正しい態度を取る余裕もないお母様だけど、オーランドが気にする様子はない。

 ヘルはファブリシオらの軍勢が、国軍を率いて向かっている。ヘルはまだ持ちこたえている。けれど初撃により、死者はかなりの数に上っているのだと、報告を受けた。


 報告兼護衛のためにお母様と共に来たらしい、貴族の男がオーランドに言う。


「伝達兵が命がけでヘルの様相を伝えにきました。五つのうち、三つの砦が落ちたとのことです。初動は魔法使いの精鋭たちが行いました。兵らはその後で合流し、現在ヘル領地を取り囲んでいます」


 オーランドは眉を顰めた。


「軍勢が迫っていたのに、なぜ気付かなかったんだ」


「緻密な計画の下に行われていたのです。スタンダリア兵らは各地で集められ、少数ずつ近づき、ヘル手前で大群となったようです。ローザリアの友好国が裏切り、通行の許可を与えていたのですよ……! 大陸はローザリアよりスタンダリアに日の目があると考えているようです。それに、どうやら先鋒の魔法兵らには不可視の魔術がかけられていたようで、それも気づくのが遅くなった一因です!」


 報告に、オーランドは声を荒げる。


「馬鹿な、それほどまでの魔術を使いこなせる人間は、聖密卿か、でなければ聖女くらいなものだろう! 聖密卿は政治不介入だ。聖女はここにいるイリスだけだ! あり得ない!」


 当然抱く疑問だけど、答えられる人間はいなかった。あり得ないことが実際に起きているのなら、どうしたって対処しなくてはならないし、原因も探らなくてはならない。

 けれど今、わたしの頭を占めていたのは、そういう冷静な思考ではなかった。


「ディマが、ヘルにいるのなら、行かなきゃ」


 やっとそれだけ声を出した。

 判断を誤ったのかもしれない。兵力をヘルに注ぎ込み、わたしがクリステル家反乱を鎮める。それは間違いだったんだ。クリステル家を他人に任せ、わたしがヘルに行くべきだった。


 ディマがヘルにいると知っていたら――。

 知っていたら、そっちに行っていた。知らなかったから、こちらに来た。人の命なんて、結局平等じゃない。大切な人の命を守るためなら、他のなんだって犠牲にできたのに。

 愕然としながらも、決意はすでに固まっていた。間に合わなくなる前に、行かなくては。


 お母様が目を見開いてわたしを見る。


「ち、違うわイリス。わたし、そんなことをして欲しくて来たわけじゃ、ない――。そうじゃなくって、ただ、伝えなくてはと思って。必死で、ただ、必死なだけで……それだけだったのよ……!」


 オーランドもわたしの直ぐ側まで来て、腕を掴んだ。


「だめだイリス。クリステル家反乱は許した。だがヘルへ行くのは許さない」


 わたしはその手を振り払い、お母様からも、一歩離れた。


「なぜ止めるの? ディマは生きているわ。ヘル上空に、巨大な魔法陣が現れたと聞いたもの。そんな風に人を守ろうとするなんて、絶対に彼よ! 今だって戦っているのよ。でも、助けを必要としているはずよ。わたしが助けに行かなくちゃ!」


 言ってから、テントを飛び出した。わたしは目前に魔法を出した。空間を繋げる魔法だ。それほど長い距離はまだできないし、座標がないと正確性にも欠ける。

 でも、ここから離れるくらいならできる。馬に飛び乗って、兵らとともにヘルに行くつもりだった。

 けれどわたしの体は、馬に届く前に抱きとめられる。オーランドが背後からわたしを抱きしめていた。外にいた者たちが驚いたようにわたしたちを見ていた。


 オーランドは叫ぶ。


「行ってはならない! あなたの邪魔になろうとしているわけじゃない! 私はあなたの味方だ!」


 お母様もテントから出てくる。彼女の頬は涙に濡れていた。 


「イリス、あなたにまで何かあったら、わたしもう、生きていけない……」


 じゃあ、どうしろというの? ディマを助けにも行かずに、失うのを黙って見ていろというの?


「フォルセティ公が向かっている。すぐにヘルへ到着する。ヘルは必ず奪還する。あなたの兄は大変優秀だと聞いている。その彼なら、生き残っているはずだ」

 

 体の震えが止まらない。オーランドの腕に力がこもった。


「……私は、あなたに出会うまで、ルカ・リオンテールの言いなりだった。だがもう成人を迎え、自分の考えを持つ、一人の人間になった! その上で、あなたを、ヘルに行かせるわけにはいかない。あなたを、大切に思っているから」


「それも、嘘、なんでしょう?」


 自分で思っていた以上に、冷酷な声色だった。


「イリス、あなたを悲しませたいわけではない。大切な人を、危険に放り込みたくないんだ。分かってくれ」


 オーランドがここまで譲歩した言い方をするのは初めてだ。お母様の悲しみも分かるつもりだった。

 だけどわたしを掻き立てるのは、二人の切なる想いでは、なかった。


「分かりません。わたし、分かりません!」


 オーランドとの間に、小さく火花を散らした。怪我はしなかったけれど、オーランドは地面に倒れる。その後で、わたしは馬に飛び乗り、魔法で繋いだ空間の中に入り込み、未だ整列する兵らの前へと現れた。


「わたしはヘルへ行きます! 皆さん、共に参りましょう!」


 わたしの言葉に呼応するように、兵士達は雄叫びを上げた。聖女とはここでお別れするつもりだった彼らは、思わぬ出来事に興奮している。士気は高い。必ず勝つ。


 わたしはまたしても、大いなる戦いに身を投じようとしていた。


 ――ディミトリオスお兄様。今度こそ、イリスはあなたを助けます。


 頭の中で、そんな声がしたような気がした。

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