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イリス、今度はあなたの味方  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第二章 ローザリア戦記

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エヴァレット・ノーマン

イリス・テミス

 クリステル家弱体化のために、どう動くと問われたあの時、わたしはオーランドにこう答えた。


 ――わたしだったら、クリステル家の周囲を、フォーマルハウト家の味方で固めます。裏切りなんて、思い描きさえしないように。身動きが取れなくなれば、反乱なんて考えることさえできません。

 

 聞いたオーランドは、即座それを実行に移した。クリステル家の周囲の領主に、次々と役職と爵位をばらまいた。


 普通の諸侯だったら、ここで皇帝に謁見を申し出るはずだ。耐えきれずに、許して欲しいとそう懇願する。実際、現クリステル家の当主はそうしたかったようで、宮廷内の友人に、オーランドに取り次いでもらうように手紙を寄越したらしい。

 圧力を高め、再服従を誓わせるという宮廷の考えは、ここまでは成功していた。


 けれど、領主の妻ミア・クリステルはそれを許さなかった。ミアは皇帝家の出身だ。そのプライドの高さはまさしく女帝に匹敵すると言われていた。彼女は甥に頭を下げることをよしとしなかったのだ。


 彼らの領地である北の緊張が高まった。


 ロゼ=グラスへ派兵しなかったクリステル家を、白い目で見る貴族達も多かった。

 もし反乱が起きたら、わたしも戦地へ行こうと思っていた。わたしの魔法があれば、被害は最小限に抑え込める。時期を、待つだけだった。




 クリステル家が蜂起したと報せがあったのは、ロゼ=グラスの勝利から、わずかひと月後のことだった。

 このところわたしを信頼するようになっていたオーランドは、国政の話を熱心にするようになっていた。この時は、秋の勲章を与える人と、そうして授与式の段取りについて、宮殿の池の周りを歩きながら話していた。

 わたしの手は慣例に習い、オーランドの腕に添えていた。このところわたしと彼の間には、平穏な空気が流れている。

 わたしもある面では、オーランドに心を許すようになっていた。彼はわたしの話を、ルカのように邪険にすることはなかったし、納得できる内容だったら、広く意見を取り入れる人だったからだ。


 そんな穏やかな時間に近習がやってきて、それを告げた。


「陛下、クリステル家が蜂起しました!」


 瞬間、オーランドの目が輝いた。彼にとっては、待ちに待った瞬間だったのだ。


「そうか。ではすぐに国軍を派遣しよう。イリス、兵らに守護魔法と言葉をかけて欲しい」


 クリステル家が反乱を起こした場合の動きはすでに散々話し合われて決まっていて、もちろんそのつもりだった。

 はい、と返事をしようとしたところで、血相を変えた別の側近が走ってくるのが見えた。声の届く範囲に来ると、性急に彼は言う。


「陛下! すぐにこちらへ!」


「なんだ、ここで申せ」


「しかし、ここでは……」


 側近は、わたしをちらりと見た。秘密の話をしたいらしい。オーランドは眉を顰めた。


「彼女は聖女で、私の婚約者だ」


 一瞬の沈黙の後で、側近は意を決したように一気に言った。


「クリステル家の反乱の名目ですが、陛下が先帝の実子ではないというものです!

 フォーマルハウト家はリオン様の代で途絶え、正式な帝位継承者は、クリステル家の長子であると主張しておるのです!」


 頭の中に、チリリと何かが光ったように思った。けれどその予感は、明確な形になる前に遮られる。


「馬鹿げたことだ」


 オーランドは一蹴した。馬鹿げたことというのは、クリステル家の名目にも、それをわたしに隠そうとした側近に対しても言っているようだ。

 顔面蒼白のままの側近は更に言う。


「陛下、それだけではないのです。皇太后様がそれをお聞きになり、倒れられました! 今、リオンテール公が付き添われております。陛下の名前をしきりにお呼びとのことです!」


「なんだと?」流石にその言葉を、オーランドは無視しなかった。


「わたしも行きます!」オーランドが頷くのを見て、わたしたちはサーリの部屋に向かう。


 歩きながら考える。

 クリステル家は全くの無考えで、後継者のことを持ち出したのかしら。

 彼らに何かしらの勝機がないと、皇帝家に真っ向から対立する理由を掲げないのではないかしら。


 サーリの部屋に入ると、彼女はベッドに眠っていた。

 部屋には彼女の他に、ルカがいるだけだ。オーランドに続きわたしが部屋に入ると、ルカの視線が厳しいものに変わった。このところ彼は、オーランドが自分ではなくわたしと一緒にいることに腹を立てていた。


「母上はどうだ」


 オーランドの問いにルカは答える。


「錯乱していましたが、魔法で眠らせました。病気ではありません、クリステル家反乱の話を聞き、気が参ってしまったのでしょう。夢の中で、陛下の名を何度も呼んでいます」


 ベッドの側に寄るオーランドにくっついて、わたしもサーリの側に行き、二人して手を握った。柔らかな彼女の手が、微かに握り返してくる。彼女は青白い顔をして、頬にはいくつも涙の跡がついていた。

 体調がましになればと、手から、わたしの魔力を流し込んだ。ほんの少しだけ、サーリの顔色は良くなる。


 こんな世界で、こんな時代で、皇太后なんかじゃなければ、きっとこの人は、幸せになれたのだろうと思うことが時々ある。眠っているときでさえ、悲しげな表情を浮かべていた。


「子供を助けて……。お願い、だめよ……」


 ふいにサーリがそう言った。


「うわごとだ。身の程知らずのクリステル家の長子のことを言っているのでしょう」


 ルカの言葉に、オーランドはため息を吐き、母親から手を離した。


「母上は優しい方だ。反乱の話は、もう聞かせないようにしよう」


 オーランドがベッドから少し離れた時だ。サーリが再び、囁いた。


「ごめんなさい」


 確かに彼女はそう言った。

 

「リオン様、ごめんなさい。ごめんなさい。……ごめんなさい、エヴァレット……」


 ――なに、今の。


 贖罪の言葉は、わたしにしか聞き取れない。

 動けずにいるわたしの背に、ルカの声が飛んできた。


「イリス、皇太后陛下はもう問題ない。場所を移しクリステル家反乱について話さなくてはならない。あなたも部屋を出なさい」


 ルカはわたしに歩み寄り、サーリとわたしを、ゆっくりと見た。


「何か聞いたか」


 わたしは笑みを浮かべ、首を横に振った。


「いいえ、何も」


 


 戦略会議からは追い出されてしまった。

 ルカは聖女を政治に介入させたくないらしい。


 仕方が無しに、お母様と二人で、部屋にいることにした。お気に入りのお菓子と飲み物を机に並べ、話はどうしても、クリステル家のことに及ぶ。

 お母様は心配そうに言う。


「サーリ様のお気持ちは痛いほど分かるわ。内乱だなんて、とても恐ろしいことなのよ。それが、クリステル家だなんて――。ミア様は貴族令嬢たちのお手本のような方だわ、その方をそれほどまでに怒らせていいはずがないのよ。一体ローザリアはどうなってしまうの?」


「大丈夫よ、わたしがいるもの」


 聖女ではないけれど、わたしの力はとてつもなく強いのだ。魔力は無限とも思えるし、そのわたしが戦地へ行けば、人死を防げる。


「本当に戦場へ行くつもりなの?」


「わたしの強さを知っているでしょう? 戦場で死ぬようなヘマはしないわ。食われるだけの女の子になりたくないの。利用し尽くされて終わるだけなんて嫌よ、また首を切られたくないわ」


「またって、あなたは首を切られていないでしょう? もちろんわたしも」


 まあね、そうなんだけど。

 でもイリスの夢を見るのよ、お母様。救われなかったあの子を、わたしは今度こそ救いたいの。

 それは言葉にしなかった。

 お母様は心配性だ。今も時々、お父様のことを考えて泣いていることには気づいていたから、あまり心労をかけたくなかった。

 泣きながら眠っていたサーリのことを思った。オーランドはきっと彼女が心配だろう。あのうわごとも気になる。


「ねえお母様。エヴァレットって人、知ってる?」


 お母様は困ったように眉を下げた。


「ありふれた名前よ。政治家にも、領主にもいたわ」


「お母様がいたころの宮廷にいた?」


 瞬間、お母様の表情がこわばった。


「……ええ。エヴァレット・ノーマン。人気な宮廷画家だったけど、皇帝を侮辱した冗談を言ったと不敬罪で、処刑された人が、いたわ」


 驚き聞き返す。


「それだけで殺されてしまうの?」


「まだセオドア様の代だったもの、処刑は日常茶飯事だったのよ。でもイリス、一体どこでその名を聞いたの?」


 セオドアはおそらくディマの血縁上の父親だ。

 優しいディマとは似ても似つかない噂しか聞かない、凶悪な男。小説の中のディミトリオスなら、少しは似ているのかもしれない。

 そのセオドアの代に死んだ宮廷画家に、なぜ皇太后が謝るの――? それに、リオンにも。

 危険な思考が頭に浮かぶ。だけどやはり、言葉にはしなかった。


「……たまたま、侍女たちが噂してたの」


 嘘だ。本当はサーリが呟いていた。


「あまり、深入りしてはだめよ。あなたの言う娘さんも、見つかっていないんだもの。お母様も街に出て探しているんだけど、どこにもルトゥム家なんてないのよ」


 あまり目立ったことをしてはまたルカに気付かれかねない。おおっぴらに動けないことがなんとも歯がゆい。


 とにかく今は、クリステル家だ。

 彼らをここで抑え込めれば、イリスから危機は減り、功績がまた一つ増え、家族の死は、さらに遠ざかる。

 わたしは負けるわけにはいかなかった。愛をくれた愛する家族が生き延びられるのなら、どんなものだって犠牲にできると、そう思った。

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