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イリス、今度はあなたの味方  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第二章 ローザリア戦記

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勝利の報せ

 クロードは訝しげな表情をした。


「別の世界とは、多元宇宙論のことを言っているのか?」


「例えば、この世界とは全然別の世界に生きていた人間が、死んでこの世界に生まれ変わるってことはあるのでしょうか」


 イリスのことだった。彼女の魂は別の世界で生まれ、そしてこの世界でまたもや生まれた――と、彼女は信じている。

 あり得るという答えを期待したが、クロードは否定した。


「世界の壁は超えられないと思うよ。宇宙が多数、並行して存在していても、超えるには人知を超えた魔力がいるんじゃないか」


「でも以前は、相応の魔力があれば不可能はないと先生はおっしゃっていました」


「ああそうだね。つまり膨大な量の魔力があれば可能だが、通常は出現し得ないのだと思うよ。だから不可能だ。それに世界の理を超えた魔法は、全て闇の魔術に分類される。術者は無事では済まないはずだ」


「だけど聖女達の魔力は無限なのでしょう。あの水晶から生み出される魔力を利用すれば、可能なのではないでしょうか」


「あれを使えるのは聖女だけだ。イリスが何かをしたと言いたいのかい? 彼女が誰かの魂を、別の世界からこの世に呼び込んだと?」


 怪しまれないうちに否定した。


「いいえ、そうじゃありません。以前、学校の友人とそんな話になって、気になっただけです」


 聖女にしかあの無限の魔力を使うことができないのなら、イリスの魂をこの世界に呼んだのも、聖女に相当する魔力の持ち主でしかあり得ない。


(いるのか、そんな奴)


 イリス以前の聖女は百五十年も前に現れたきりだ。確定的な答えはまだ、なかった。クロードは既に、荷造りの手を止めている。


「先生、もう一つ聞いてもいいですか。例えば、この世界で起こることが、別の世界で物語に……小説になるってことはあるのでしょうか」


 クロードは子どもの相手をするように、穏やかに笑った。


「妙に具体的だが、それも仮定の話かい。私もよく、君くらいの頃には司祭たちと仮定による議論を交わしたが、その時の議題に比べて、君の話は変わっている。

 どうだろうね……別の世界を観測できない以上は、ないとは言い切れないと思うけどね。

 現実的な結論を出すとしたら、誰かが膨大な魔力を得て世界の壁を超え、この世界の要素が一部、別の世界に溶け込んだ……とか、だろうか。だがいずれにせよ無理な話だ。そんな魔力を持ち得るのは、今はイリスだけだが、彼女はそんなことに情熱を燃やしてはいないだろう」


 そうだ。聖女はイリスで、そうでなければアリアで、彼女らが生まれる以前にも聖女に相当する魔力を持った人間がいるはずない。世界の壁を越えてイリスの魂がやってきたと仮定しても、それ以前に、既に彼女の世界には小説が存在していたという。もっと前に世界の壁を超えた誰かがいたのだろうか。誰が、何のために。


「魂なんて、俺は信じてないね」


 突然聞こえた声に、ディマの思考は遮られた。見るとルシオがいつの間にか起きていて、こちらに目を向けている。


「だけど先生には見えるんだ」


「それって霊感的なもの? クロード・ヴァリは幽霊が見えるのか」


 からかいを含んだルシオの言葉だが、クロードは大真面目に頷いた。


「視ようと思えば君たちの魂だって視えるさ。死者の魂は微弱すぎて、すぐに消えてしまうんだがね」


「はーん、お偉い人は違うんだな。死んでもこの世に存在しなきゃいけないなんて、俺はまっぴらごめんだね」


 完全に信じていないルシオは、そう言って再びベッドに横になった。



 ◇◆◇


 

 戦闘は悪化しているらしい。滞在する町ごとに、その噂で持ち切りだった。悪化、というのは、主にスタンダリア側から見た意見だった。

 今まで、スタンダリア王国が擁立する東方王が支配していたロゼ=グラスでは、不当に奪った土地ではあったが、仮初の平和は保たれていた。そこに、ローザリアが攻め込んだ。

 聖女の魔力で強化された兵士たちは、圧倒的な力を見せているらしい。おまけに士気も高く、一方的な虐殺なのだと、そう言う人もいた。“あまりにも残酷である”と。


「戦争なんだ、人が人を殺すんだぜ? 残酷に決まってる。昔の戦闘もそうだったんだろ。平原を赤く染め上げたから、ロゼ=グラスと呼ばれてるって聞いたことがあるぜ。スタンダリア人が死ぬのは、オーランドのせいでも、聖女様のせいでもない。スタンダリア王国のジュリアン王が欲をかいて、レッドガルドに侵攻したせいだ」


 ルシオはそう言った。もしかすると彼なりに、ディマを慰めているのかもしれなかった。 


 旅は順調に進んだが、行程の半分ほどで、足止めを食らった。

 戦闘が広がり、激化しているのだと言う。まごまごしていたら、ヘルがスタンダリアに渡る。そうなると、ローザリアへの渡航は途端に難しくなる。その前に移動したいと思ったが、ディマより遥かに冷静なクロードは、こう言った。


「戦局は火を見るよりも明らかで、ローザリアが勝利するだろう。想定よりも遥かに早くカタが付きそうだ。それからゆっくり、進めばいいさ」


 宿屋の料金を節約するために、教会に泊まり続けた。クロードが以前滞在したことのある教会で、司祭は彼をよく覚えていた。またしても三人部屋だが、きちんとした寝具のある個室まで用意してくれ、不便はなかった。


 そうして、クロードの言葉通り、ローザリアが勝利したと聞いたのは、その街の教会に滞在して、一週間経った頃だった。

 戦争の立役者は、アール・ガモットという将軍らしい。それはセオドアの時代に重用され、リオンの代に没落した軍人の名だった。


 その話を伝えたのは部屋に朝食を運んできた修道士で、聞いた瞬間、ディマは思わず叫んだ。


「あの人がやったんだ! ファブリシオさんの選任だ! すごい、大抜擢じゃないか!」


 ファブリシオ・フォルセティは、いつでもテミス家に親切で、ディマも彼が好きだった。軍部顧問になった彼がセオドア時代の寵臣を使うという禁忌を破り、真に有能な人物を呼び戻したのだ。

 心強い人が味方にいる。ディマの心は躍った。


「僕の時もそうだった。その時に必要だと思ったことをやってくれる人なんだよ、君の父親は、そういう人なんだ!」


 だがルシオはどこか白けていて、つまらなそうに言った。


「親父は善人じゃない。あいつはただ、可哀想な奴らが大好きなだけだ。哀れんで、慈悲をやる自分に酔っているのさ」


「それでも、行動しないよりは遥かにマシだろ」


 ふん、とルシオは口を曲げた。食べかけの固いパンをディマの方に向けると、くるくると宙に円を描きながら、低い声で言う。


「簡単に人を信じるなんてお前らしくもないな、ディミトリオス? ファブリシオ・フォルセティは、格好だけは上流だ。だが自分の身を危険に晒してまで、他人を助けようとは思っていない。度が過ぎれば、簡単に、そして冷徹に切り捨てる男だ。命を捨ててまで、イリスとお前に尽くさないぞ」


「別にそこまでは望んじゃいない」


 それに、とルシオはなおも言う。ムキになっているようだった。


「イリス・テミスが聖女じゃなきゃ、親父はお前を助けなかっただろうさ。単なる少年が処刑になっても見殺しにする。かわいそうだと思うかどうかも怪しいところだ。

 お前を助けたのは、聖女の兄だったからで、ついでにエルアリンド失脚の道が見えたからだ。それくらいの計算はする男だぜ、あいつはさ。エルアリンド・テミスの後釜に、軍部顧問に座ったのは偶然じゃないぜ」


 ぎい、と音がして、朝から司祭と話し込んでいたクロードが戻ってきた。ルシオは口を閉じたが、会話が外まで聞こえていたのか、クロードは言う。


「司祭から聞いたが、どうやらアール・ガモットを起用しろと最初に言い出したのは、イリスらしい。彼女の言葉をファブリシオ公が陛下に伝え、それを聞いたヘイブン聖密卿が、是非にと後押ししたようだよ。改宗した人間を許すべきだとね」


「イリスが……」


 誇らしさと切なさが込み上げる。

 イリスが、敗戦を免れようと画策したに違いない。あの妹は、今も一人で戦っている。


「イリスは幼いながら本当によくやっている。ますます、オーランド様の心を掴んだことだろうね」


 クロードは、親しみの込もった声で、そう言った。そうしてその日のうちに、三人は再び旅路についた。

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