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イリス、今度はあなたの味方  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第二章 ローザリア戦記

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成れ果ての部屋

 地上との接続はなく、どうやってあの空に浮かぶ島に入るのだとディマは訝しんでいたが、教皇庁への入庁方法は、入庁資格を持つ者に取っては簡単だった。

 クロードが、三人のいる地面に魔法陣を放った次の瞬間には、すでに空の上にいたのだから。


 子供のようにルシオははしゃぐ。


「すげえ! 俺もその魔法陣を覚えれば、教皇庁に来れるのか?」


「いいや、魔法陣は入庁許可に過ぎない。私の魔法陣を、この城で感知し許可を出しているんだ。だから、君らには無理だ」


 残念がるルシオの声を聞きながら、ディマは周囲を見渡した。街は遥か遠くに見える。エンデ国の外側の世界も、よく見えた。森や山、町や畑が、どこまでも広がっていた。


 ――綺麗だな。ディマは素直にそう思う。


 強風は、この島の周りを囲む魔法陣に吸収され、届くのはそよ風だ。柔らかな草木の色は、初夏に生える新緑に見えた。庭に咲くのは春の薔薇だ。別の場所には、秋の林檎がなる木があった。


「季節が狂っているみたいだ」


 ディマの呟きに、クロードが頷いた。


「ああ、教皇庁は完璧な空中要塞と言われている。故に最高の技術が使われているんだよ。この庭は優秀な魔法使いたちが作っているんだ。だから確かに季節は狂っている」


「クロード先生のような優秀な方達が、ここにはたくさんいるんですか?」


「私よりは、優秀ではないかな。ディミトリオス、君ほどにもね」


 冗談かと思ったが、クロードは大真面目な顔をしていた。


「法皇には会わなくていいだろう。私は今の法皇を別に好きではないし、政治力だけで法皇になったような人間だ。尊敬に値する男ではない」


 歯に衣着せぬ物言いに、ルシオと思わず顔を見合わせた。

 ルシオの顔には、明らかな興味が浮かんでいる。クロード・ヴァリという男は、面白い奴かもしれないぞ――彼は表情で、ディマにそう伝えてきた。

 そんな二人の少年を意に介さず、クロードは歩き始める。


「それよりも、見せたいものがあるんだ。地下へ行こう」


 返事を待たずどんどん歩いていく彼に、慌てて従った。


 教皇庁のある城は、それほど大きいものではなかった。中も質素だ。石造りの壁の肌寒さに、ディマは処刑されかけた際に寝泊まりしていた塔を思い出す。

 数人の司祭たちがクロードに会釈をして横を通り過ぎていく他には、人がいる様子もなく、しんと静まり返っていた。

 


 クロードの目指すところは、城の中の狭い階段を降りた先にあるようだった。階段を降りる度に、空気が張り詰める。

 やがて、広い空間に出た。白い柱がいくつも立つ。

 クロードが放った光の魔法が漂う他に光源もなく、昼間だというのに下手な夜よりも暗かった。すえた臭いが鼻をつく。


「ここ……地下牢か?」

 

 言ったのはルシオだったが、ディマもほぼ同時に同じことを思った。暗闇に目が慣れると、柱の隙間に鉄格子が見える。その奥に、白い毛布のようなものが、床に置かれていたが、じっと見ると人であることが分かった。

 

 あの塔は、それでも随分ましな牢屋だったのだと思えた。この牢にいる者たちは生気もなく、生きているのか死んでいるのかも分からない。直視できず、目を逸らした。

 

「彼らは何者です。先生が見せたかったのはここですか?」


「目を逸らさないようにしっかりと姿を見なさい。彼らは創造主派閥の過激派達だ。脅威行動を繰り返した凶悪犯達がここに捕らえられているんだよ。光もないこの部屋で、死ぬまでただ生きているだけの存在だ」


 耳を澄ますと、うめき声や息遣いが聞こえてくる。

 元々は同じ宗教のはずだ。ごく僅かな思想の違いで、ここまで堕ちてしまうのか。

 今にしても世界各地で、創造主派と聖女派は血みどろの争いを繰り広げている。ローザリアもつい十数年前はそうだった。皇帝セオドアの時代は――。そこまで考え、途端、心が重くなる。


(あの男のことを考えてはだめだ)


 必死にセオドアを思考の外へと追いやった。だが思考から消そうと思えば思うほどに、逆に強く意識した。

 生みの母カミラ・ネストはセオドアを憎んでいた。あの男と同じ瞳を持って生まれたディマのことも、また憎んでいた。母は最期まで、セオドアへの恨みを口にしていた。自分の首に刃をあてがうその時さえも――。

 心が闇に支配される寸前で、幼い少女の声が蘇った。

 ――イリスが側にいるから。ずっと側にいるから。


 息を吐き出して、それまでずっと呼吸を止めていたのだと知る。頭の霧は晴れ、ようやくまともな思考が戻った。


(……どの道、もう二人とも死んでる。僕は、ネスト家でも、フォーマルハウト家でもない。テミス家のディミトリオスだ。家族は両親と、あの妹だけだ)


 だから全て取り戻すのだ。そう自分に言い聞かせた。暗がりで良かった。表情が二人に気付かれることはない。

 クロードは、再び平然と歩き始めた。


「見せたかったのは、ここじゃない。更に地下さ」


 人のうめき声のする牢を抜け、抜けた先にある階段を、またしても降りる。地上より遥かに太陽の側にある教皇庁にしては、ありえないほど暗く寒い。

 辿り着いたのは、先程のだだっ広い地下牢の空間とは異なり、狭い階段の先にある木製の扉の前だった。

 クロードが扉に触れると、途端、複数の魔法陣が出現した。


「正式な名はこの部屋にないが、皆は“成れ果て部屋”と呼んでいる。この部屋に入るには、こうして魔法陣をサインのように残しておかなくてはならないんだが――……つい先日、ネルド=カスタ聖密卿が入ったようだ。このサインは彼に間違いない」


「ネルド=カスタってスタンダリアの聖密卿だろ、流石の俺も聞いたことあるぜ」


 すかさずルシオがそう言った。

 クロードの表情は渋い。


「もしかしてお嫌いですか? ミーディア神学校では非常に優秀だったと聞く方ですが」


 率直なディマの問いに、クロードは肩をすくめた。


「私の方は特に、好きでも嫌いでもないよ。だが向こうが何かと敵対視してきて、やりにくいんだ。彼がこの部屋に来るなんて珍しい。一体、なんの用事だったんだか」


 言ってからクロードは更に魔法陣を重ねる。


「これも承認が必要だ。木製の扉など力技で壊せるけどね、そうすると神罰が下ると信じられていて――実際にはこの教皇庁の権限で死罪になるだけだが……許可が降りたようだよ、さあ、入ろう」


 鈍い音を立てて、扉は開いた。


 ディマは一瞬、部屋を埋め尽くすそれが何だか分からなかった。

 次にようやく、おびただしいほどの量の水晶が、部屋にはびこっているのだと気がついた。


 美しい。だが異様な光景だ。


「うぐ……っ!」


 突然ルシオがかがみ込み、その場に嘔吐した。ディマは戸惑いつつ、友人の体を支える。


「大丈夫かルシオ、急にどうしたんだ」


 クロードもルシオを立たせ、部屋の外に連れ出した。


「時に、この部屋に当てられてしまう者がいるんだ。ディミトリオス、君はなんともないかい」


「はい、僕は平気です」


「そう、じゃあルシオは外で待っていてくれ」


 いつもは反発ばかりのルシオだが、この時は素直に頷いた。


「ああ、そうするよ。二度とその部屋には入りたくない、二人で行っててくれ」


 クロードと共に部屋に入り、扉を閉めた。水晶結晶は、青白く薄ぼんやりと発光していたため、真っ暗ではなかった。

 部屋は長方形だった。

 エンデ国の街並みと同じく、灰色の石で造られている。床にも、壁にも、天井にも、大小さまざまな水晶柱が生えていた。最も大きなものは部屋の一番奥にあり、巨木と相違ないほどだ。水晶柱の両脇に、やはり巨大な水晶結晶が礼儀正しく並んでいた。さながら王の脇に控える、家来達のように。


「この部屋に入れない者は教皇庁で出世はできない。ルシオは無理だろうな。……彼もその気はないだろうが」


 奥の最も巨大な水晶柱に向かって歩くクロードの背に、ディマは問いかけた。


「この水晶、イリスにあげたものですか。“聖女の心臓”とも、似ている気がします。これも同じように、魔力を含有している」


 それもかなり強い魔力だ。


「ああ、どちらもここで採れたものだ」


 ディマは驚きを隠せなかった。エンデ国では水晶が採れると知っていたが、まさかこんな風にあるものだとは知らなかったのだ。

 水晶を見つめていると、ふいに眩い光が、全体に走った。クロードは言う。


「イリスが、魔法を使ったようだね」


 信じられない思いでクロードを見た。


「……連動してるってことですか?」


 平然とクロードは答える。


「ああ、何せ聖女の力は、この部屋の水晶の魔力から借りているんだ。この水晶たちが帯びる魔力は無限に近い。それぞれの水晶結晶間に魔力が生まれ続けているからね。それに水晶は日々生まれ、成長を続けている。尽きるということがないんだ」


「そんなの、少しも知りませんでした」


「当たり前さ。聖密卿の中にさえ知らない者がいるくらいだから」


 改めてディマは水晶を見た。大きなものはざっと二十ほどだ。


(二十……偶然か? 今まで出現した聖女の数と同じだ)


 壁に目を向けた。壁には、金属製の板が埋め込まれている。

 そうしてそこに刻み込まれた女性の名を見た瞬間、ほとんど直感的に、ディマは理解してしまった。


「クロード先生、“成れ果て”って、一体、何が成れ果てたんですか……?」


 冷気が地を這い忍び寄る。振り返らずに、クロードは答えた。


「聖女達さ」

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