思わぬ再会
ディミトリオス・テミス
当初の予定では、一週間かけてエンデ国へ向かい、また一週間かけて戻るのだとルシオは言っていたが、無茶な工程だったとディミトリオスは思い知る。
神学校のあるミーディア国を出るために、そもそも七日経った上、エンデ国へ行くにはまた別の国を経由しなくてはならなかった。
だがディマとしても、二週間で行って帰るとは、はなから思っていなかった。
せっかく教皇庁のあるエンデ国へ行くのなら、数日は滞在したいと思っていたのだ、多少は予定を過ぎるだろうとは考えていた。だがそれにしても時間がかかる。
ルシオの遊び癖はディマをほとほと呆れさせた。大きな街へ辿り着くと必ず賭博へ出かけていき、そのまま二、三日留まりたがった。おまけに付いてきたフォルセティ家の従者を追い払ってしまったため、完全なる二人旅だ。今頃従者は本国のファブリシオに連絡を取っているかもしれない。
二人がエンデ国へ辿り着いたのは、出発から二週間経ってからだった。
ローザリア帝都より僅かに小さな都市国家は、周囲をぐるりと高い塀で囲み、内側は全くの不明だ。
「教皇庁は空中に浮かぶ城と聞いていたけど、どこにもそんなものないな」
雲ひとつない晴れた空を見上げながらディマが呟くと、ルシオは小さく笑った。
「俺はずっとガキの頃、親父に連れられて来たことあるぜ。で、入国してからビビり散らかした。ディマ、お前も絶対にそうなる」
意味ありげににやりと笑うルシオを胡散臭く思いながら、国境検問所の兵士に、神学校の生徒であると告げ、名前を言い、証である学章を見せる。
予め連絡していたせいもあるだろうが、入国はすんなりと許され、そうして国境を越えた先で目を見張った。
巨大な島が、空に浮いていたからだ。
「うわ……! なんだあれ!」
よくよく観察してみると、どちらかといえば地面が剥がれ浮かび上がったかのような形をしている。土が露出するはずの下部は鉄板で覆われて、魔法陣が掘り込まれ、時折光っていた。
得意げにルシオは笑う。
「外からは、教皇庁が見えないように魔法がかけられているらしいぜ」
あんなものは見たことないと驚きつつも、平静を取り戻そうとディマは聖典の一部を思い出した。
「浮いてるのは聖女の始祖シューメルナの魔法なんだろ」
「眉唾だな、そこまで持続力のある魔法なんてないだろ。エンデ国は地理学者の調査を断るから不明だが、多分、自然現象だ」
島の上には灰色の城が見える。あれが世界の信仰を牛耳る、教皇庁に違いなかった。
「残念ながら教皇庁へ入れるのは限られた司祭達だけだ。俺たちなんかは、こっち」
ルシオが地上を指差したため、ようやくディマは街並みに目を向けた。灰色の石造りの建物が並び、石畳も同様に灰色の様子は、色彩というものが欠如した光景に思えた。
昼間だというのに人の気配はない。滞在するのは、司祭か巡礼者だ。厳かな雰囲気が、街を取り巻いていた。
「聖堂は巡礼者達の無料宿泊所があるみたいだ。俺はこんな街に興味ないけど、ディマはあるだろ。しばらく滞在してもいいぜ」
「だけど学校へは二週間で帰ると伝えているだろ。すぐに戻らなきゃならない。目立つ真似はしたくないんだ」
はは、とルシオは笑った。
「確かに、次こそ本当に処刑かもな。あの根暗のルカ・リオンテールは、お前のような言うことを聞かない奴らの首を切るのが人生の楽しみみたいなクソ野郎だから。俺はあの野郎の澄ました顔面を、一発殴るのが子供の頃からの夢なんだ」
過ぎたる減らず口を注意しようとルシオに向けて口を開きかけた時、思わぬ声が後方から聞こえた。
「学校へは私から手紙を出しておこう。咎められはしないさ」
驚いて二人して振り返る。
この声に聞き覚えがあった。絶対的に味方でいてくれる人であるという、確信もあった。懐かしくも、温かな声だ。
振り返った先にいたのは、声から想像した通りの人物だ。
クロード・ヴァリは、すぐそこに立っていた。
面食らいつつも、ディマはなんとか声を出す。
「クロード先生。あなたはいつも、必要な時にいる気がする」
三年ぶりだが、佇まいに変わりはない。司祭服をきっちり着込み、夏だというのに汗ひとつかかず、涼しい表情をしていた。
「おいおい、クロード・ヴァリかよ。なんでローザリア教会西部司祭長がここにいるんだ?」
誰に対しても同じく不遜な態度を取るルシオが、眉を顰めてそう尋ねると、クロードは小さく笑う。
「相変わらずだな、君は……。ひとところに留まるのはどうにも性に合わなくてね。西部司祭長になっても、方々回っているんだよ。それに司祭長は年の四分の一を教皇庁で過ごすからね。
もっとも、今回に限っては君たちが来ると聞いて待っていたんだ」
思わぬ再会に呆気に取られるディマとルシオに、クロードは爽やかに笑いかけた。
「着いたばかりだが、善は急げだ。どうせなら行くだろう?」
まるで家が近いから寄って行くだろと言わんばかりの軽い口調だった。
どこへ? とは、聞くまでもなかった。
クロードの指は、上方一点、教皇庁をまっすぐに指していたのだから。




