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第二章 ローザリア戦記

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この先の禍い

イリス・テミス

 もう、迷いは捨てることにした。

 絶対に逃れられない。運命からは、誰一人。立ち向かうための覚悟と勇気を持たなくては。


 わたしが宮廷で過ごすようになって三年近く経っている。小説が開始されるのはアリアが十五歳の時だ。だから、あと、二年ある。イリスの処刑までは、四年だ。

 

 この数年、役割に忙殺されながらも、聖女として信頼を得るべく、聖堂に通い祈りを捧げ、パーティに出て愛想を振りまいた。

 そうやって過ごしながら、わたしは小説の内容を整理していた。

 アリアが現れてからのことではなくて、それ以前に起こることを。なぜならイリスの偽聖女裁判では、アリアに出会う以前のことも引き合いに出されるからだ。


 偽の聖女とされた裁判で、イリスのせいにされる事件のうち、小説時点より前に起こるもの。つまりこの先すぐに起こる事件の責任を、イリスは問われることになる。

 僅かな記載を思い起こし、それがなんであり、どう防ぐかを考え続けていた。

 幸いにして、今までの数年、大きな事件はないことになっていたし、実際そうだった。だけど、イリスが十三歳になってからは、怒涛の問題が連続して起こる。


 小説のイリスと同じ失敗を繰り返す訳にはいかなかった。

 イリスが失敗したのは主に三つの戦いだ。いずれも敵国、スタンダリア王国に関連するものだった。


 島国のローザリアの、海を挟んだ隣国のうち、もっとも力があるのがスタンダリア王国だった。

 ローザリア帝国とスタンダリア王国は、数百年に及ぶ因縁のライバルだ。常に領土を奪い合い、国力を競い合ってきた。

 

 スタンダリア現王家はソル家。

 王はジュリアン王。


 ソル家はローザリア皇帝フォーマルハウト家と並ぶ、由緒正しい王家だ。

 スタンダリア自体はアリアが主人公でも敵国として登場したから、敵対していることが問題なわけじゃない。

 問題は、戦争にイリスが負け、そうしてアリアが出現してから、勝つ、ということだった。いっそのことアリアも負けてくれればいいのだけど、それでは主役じゃなくなっちゃう。アリアの存在を際立たせるために、物語の都合上、イリスは敗戦していなくてはならなかったのだ。


 イリスが聖女である時も、戦争に勝つ必要がある。

 諸侯達の失敗を、わたしのせいにされたらたまらない。あまつさえ、それが偽聖女としての罪が確定する材料になるなんて最悪だった。


 連続する三つの戦いのうち、まず、第一の戦いは、“ロゼ=グラス第二次対戦”だ。


 なぜ第二次と付くのかというと、百年以上前に、一度そこで戦闘が起こっているからだ。やはりローザリアとスタンダリアの領地争いで、その時は、ローザリアが勝利した。

 舞台はロゼ=グラスと呼ばれる大陸平野で、内容は、とある国の王位をかけた戦いになる。とある国というのは、今回に限ってはローザリアでもスタンダリアでもない。


 レッドガルド国、という大陸にある大国だ。


 レッドガルド国は元はフォーマルハウト家の者の王国だった。つまりオーランドの親戚さん。

 けれど前王の死により相続争いが勃発し、大陸王者スタンダリア王国によってソル家の息のかかった別の王が、自分が王位継承者だと言い出した。当然、フォーマルハウト家の王は異議を唱え、結果、国は東西に分かれる。


 フォーマルハウト家の西方王と、ソル家の東方王が、それぞれ王位を主張している状態だ。教皇庁に不服を申し出たけれど、彼らは統治問題不関与の意を崩さず、両者は睨み合っている状態が続いていた。

 均衡を破ったのはスタンダリア王国だ。レッドガルド西方王への侵攻を開始する。

 困窮したレッドガルド西方王からの申し立てにより、ローザリアは兵を派遣することになる。

 

 そこまでが、経過だ。

 結果として、スタンダリア王国が擁立する東方王が勝ち、ローザリア帝国が擁立する西方王は負ける。


 敗因は明らかだった。

 出兵したローザリア帝国諸侯のうち、クリステル家という貴族が裏切るのだ。要所に置かれていたクリステル家の軍隊がまるで機能しない。混乱のうちに、レッドガルド西方王は大敗し、敗走する。

 クリステル家はレッドガルド東方王――もっと言えば、スタンダリア王国と通じていた。あり得ないほどの酷い裏切り。だから東方王が勝利し、ソル家が大陸制覇の覇権を握る。

 けれどこれは、後にアリアによって西方王の勝利に導かれ、大陸の陣取りはまた色を変えることになるのだけど、少なくとも、イリスが聖女の時は負けてしまう。


 次いで、第二の戦いは、スタンダリア王国に隣接する形で待つ、大陸におけるローザリア領地、“ヘル”の防衛戦だ。


 ロゼ=グラスの戦いに負けたローザリアは勢いをなくし、一気に大陸内の領地にまで攻め入られ、領地ヘルを失うのだ。

 巨大な港を持つヘルを失うことは、ローザリアにとって大きな痛手となる。大陸における拠点を失うことになるのだから。そう、そしてヘルも、後にアリアが取り戻す。

 だけどこれは、第一の戦いが契機になっている。ロゼ=グラスを勝利に導けば、起こらない戦いである可能性も高い。ロゼ=グラスの戦いでスタンダリアが敗れれば、彼らは更に侵攻しようだなんて考えないはずだ。


 最後、第三の戦いは、“薔薇海戦”と呼ばれる海での戦いだ。

 ローザリア本土と大陸の間にある海は薔薇海と呼ばれているけれど、ヘルを得たスタンダリア王国が、ヘルを拠点にして、海へと侵攻してくる。決死の防衛戦で、スタンダリア兵のローザリア上陸は叶わなかったものの、大貴族の数人が命を落とすことになる。

 これもまた、大陸領地ヘルさえ渡さなければ、そこを足がかりにされないはずだ。防げるという希望はある。

 

 これほどまでにいがみ合う両国だけど、後に、アリアはスタンダリアのジュリアン王とローザリアのオーランドを和解させる。……まあ、これは余談。


 つまり、連続する三つの戦いのうち、第一の戦い、ロゼ=グラス第二次対戦を防げさえすれば、第二、第三の戦いは起こらない可能性が高いということだ。だからこそ、すべては第一の戦いを、どうやって防ぐかに掛かっている。

 ……回答は簡単。

 裏切り者、クリステル家を排除すればいい。だけど、実はそれが簡単ではないかもしれない。


「うう……。考えることが多すぎる」


 部屋で一人、頭を抱えた。窓の外はすっかり暗くなっていた。隣の部屋のお母様は、もう眠っているかもしれない。


 ローザリアは現在、スタンダリア王国と、植民地支配大陸と、実際の大陸の奪い合いで争っていて、それは小説も現実も同じだ。

 小説と異なるのは、軍部顧問がエルアリンド・テミスからファブリシオ・フォルセティへ変わっていることだ。彼に協力する形で、わたしも戦場へ赴く兵士たちに守護魔法をかけ、現在、ローザリア兵は大陸においても最強と謳われている。


 だからわたしはファブリシオに信頼されている。けれど戦場で、どの諸侯をどう配置するかはまた別だ。

 ローザリア帝国は絶対王政に近いけれど、一方で封建制も未だ根強く残っている。


 お父様が持っていた雀の涙ほどの領地とは異なり、莫大な領地を持つ諸侯たちの権力は健在で、出兵の際も軍としてのまとまりではなく、それぞれの諸侯たちがやりたいように戦っていた。軍部顧問といえどそれを阻めないのは、やはり諸侯の握る権力のためだ。

 それを、クリステル家が反乱を起こすからと言って戦場から外しては、また別の火種を生みかねない。


 戦地から外されたクリステル家が新たに反乱を企てることはない?

 ……それに、もし彼らが裏切る気がないとしたら? 


 小説とこの世界は微妙に違っている。ありもしない反乱の罪を着せれば、クリステル家を滅ぼすことになりかねない。

 ロゼ=グラスのことをお母様に相談したら、そういう風に言われた。貴族社会に馴染みのある彼女は、クリステル家の排除に消極的だった。


「時間はまだあるわ。上手い理由を考えるしかない」


 大きなため息を吐いた。

 すっかり弱った頭は、全然別のことを考える。


 ――ディマへの手紙は届いた頃かしら。


 ルシオ・フォルセティは度々城を訪れて、浮ついた台詞を並べては、貴族令嬢たちを惑わせている。彼の印象は小説と全く同じだ。軽そうで、癖が強そう。

 けれど友人思いではありそうで、ディマとの文通をする仲介を務めてくれていた。優秀な兄は神学校でも順調にやっているらしい。元気だし、病気もしていない。遠くにいる彼の、無事を毎日祈っていた。


 その時だった。

 唐突に扉がノックされる。

 応対すると、オーランドの従者がいた。


「聖女様、オーランド様がお呼びです。寝る前に、話でもいかがと」


 眠いからと断ろうとも思ったけど、考え直す。


 実を言うと、わたしの不安はもう一つあった。

 数日後に控えた十三歳の誕生日を無事にやり過ごすことだ。その前に、オーランドの機嫌を損ねたくない。関係は良好に保っておかなくては。

 そう思い、頷いて、寝間着にケープを羽織った姿でオーランドの部屋に向うことにした。

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