思惑渦巻く晩餐会
晩餐会に出席するためのドレスが、大急ぎで仕立てられた。エルアリンドの娘が過去に着ていたドレスを今風にしようとお針子達が奮闘し、時に魔法も使いながら、完成したのは、フリルがふんだんにあしらわれた少女らしいものだった。わたしの趣味ではないけれど、イリスの姿にはよく似合う。
エルアリンドがわたしに言った。
「いいか。二度と下手を打つなよ。聖女が自分でないと、口にすることは許さない。私次第で、ディミトリオスの命などどうとでもなるということを肝に銘じておけ」
ディマを思うと胸が痛んだ。わたしが彼に小説の話をしなければ、彼は聖女がアリアだなんて言うことはなかったはずだ。
ディマは、小説の中でイリスが閉じ込められていた、塔の牢にいるらしい。場所なら知ってる。城を抜け、彼をひそかに逃がすことはできる。だけどそうすると、彼は逃亡者になってしまう。生涯追われる。それはだめ。
「返事はないのか!」
言いながら彼はわたしの髪を引っ張った。
なんて暴力的な人間だろう。だいきらい。
「はいエルアリンド様。言うとおりにします」
そう返事をすると、彼はすんなりと引き下がり、笑顔になった。
「……分かればいい。では、今度は手を取ってくれるかな?」
目の前に差し出された彼の手に、イリスの小さな手を重ねる。
わたしが従うのは、イリスの家族を守るため。いつか絶対に仕返ししてやる。
廊下を歩いているとお母様が合流し、手を繋ぐわたしとエルアリンドを見て顔をしかめたけれど、すぐに訓練された作り笑いを浮かべる。
「エルアリンド様、娘は母親であるわたしが連れて行きますわ。陛下と皇太后陛下に、何もしない母だと思われたくありませんもの」
そう言って、即座にわたしの手をエルアリンドから引き離した。
晩餐会は、城の広間で行われる、少人数のものだった。
入った瞬間、誰もがわたしに注目する。中には数人の男達。帝国有力貴族達のさらに上澄みが、ここにいるらしかった。
誰もがわたしを見て息を呑む。その目には、様々な感情が浮かんでいるように思えた。どう見てもか弱い少女にしか見えない聖女を、どう利用しようか考えている男達の目だ。
「皆様、初めまして。騎士テミス家の長女、イリス・テミスでございます」
出席者達に深いお辞儀をすると、立ち上がったのはオーランドだ。十三歳の皇帝は、正装に身を包むと、ずっと大人びて見える。
「イリス! ああ、なんという可憐さだろう」
そう言って、お母様に繋がれていたわたしの手を取る。
「さあ、私の隣へ」
わたしは長方形の机の短辺に陣取った。オーランドの隣には、彼によく似た女性が座っている。
誰かはすぐに分かる。
「初めましてサーリ様。お目にかかれて光栄です」
その女性に向かって挨拶をした。金髪はオーランドによく似ている。切れ長の目と、高い鼻。色白で、美しい人だ。彼女こそ、皇太后サーリ。帝国の頂点に、オーランドと共に立つ人だ。
けれど彼女からは傲慢さは感じられず、オーランドと同じく、優しい笑みを浮かべていた。
「イリス。なんて可愛らしい子なんでしょう。わたくしも、会えて嬉しく思います。昼間に会えなくてごめんなさいね? 少し、体調が優れなくて……」
サーリはそのすぐ後、お母様を見て、笑いかけた。
「ミランダ。随分と懐かしい顔ですね。まさかあなたの娘が聖女様だったなんて、幸せに思いますわ」
「ええサーリ様。わたしもそう思います」
本心を見せない笑みで、お母様がそう答えた。
席順はこうだ。長いテーブルの一辺に、サーリ、オーランド、わたしが座り、わたしの直角に、お母様が、その隣にエルアリンドが座る。
わたしの斜めに座る人が、じろりと見たことに気がついた。
確か、フォルセティ家の家長で、現シルワ公爵、ファブリシオ・フォルセティだと紹介を受けた男の人だ。同じ名が、小説にも出てきた。特にファブリシオの息子ルシオ・フォルセティは、ディマと同じ神学校に入り、同じ時期に宮廷に来て、アリアとオーランドのよき理解者になる。結構人気なキャラだった。
その父親が、ファブリシオ。
ファブリシオの茶色い髭は丁寧に整えられ、面長な顔と、高い鼻からは、隠しきれない知性が見えていた。
「まだ、ほんの子供だ。随分と可愛らしいお嬢さんで驚きましたよ、陛下。
長旅で疲れて眠っていたと聞きましたが、体が弱いのですか? 本当に聖女の力があるといいですがね」
丁寧な口調には、どことなく敵意を感じる。
答えたのはオーランドだった。
「心配には及びません公爵。聖女の心臓が反応したのですから、彼女で間違いありません。イリス、何か魔法をみせてくれないか」
この場に相応しい魔法を考えて、わたしは手を開き、天井に向かって魔法をかけた。
光の粒が、雪のように舞い落ちる。人やテーブル、床に落ち、光は徐々に弱くなった。
――魔法陣を使わないのか。誰かがそう、驚愕する声がした。
オーランドが、私に尋ねる。
「今のはどういう魔法だい?」
「なんの効果もありません。ただ、美しいだけの光です」
「ただ美しいだけの光か! 素晴らしいじゃないか」
たいして面白くもないのに、オーランドは声を上げて笑った。
オーランドより遙かに年上の男達が、その笑いに追従する。ローザリアにおいて皇帝は絶対なのだ。
貴族達は順に紹介を受ける。小説で聞いた名もあったし、聞いたことのない名もあった。
だけどいてもいいはずの、ローザリア帝国の現在のあらゆる教会の頂点に立つ人、ヘイブン聖密卿は不在だった。聖職者である彼は、このような場にいるものではないのかもしれない。
晩餐会中、わたしはオーランドやサーリ、その他の貴族達からの質問を受け、わたしではなくエルアリンドがそれらに手早く答えた。
どうやって暮らしただとか、これから先の生活のこと。話題はそれらに及んだ。
わたしは聖女としてオーランドの婚約者になり、十六歳になったら結婚するのだという。ローザリアの成人年齢は十六歳だから、国民の模範となるべき皇帝家は、そこまで待つ必要がある。すぐに結婚にはならない。そこだけは救いだった。
このお祝いムードの中、聖女がわたしでないと、どうやって伝えればいいんだろう。わたしが偽者と言えば、エルアリンドはディマを殺すだろうか。
機会をうかがっていると、エルアリンドが言い出した。
「陛下、イリスの存在をいつ公表されますか? この子の口述も考えなくてはなりませんね」
公表なんてされたら、後戻りができなくなる。
思わずエルアリンドを睨んでしまったけど、彼はまるで気付かずに、オーランドばかりを見つめている。
「ええ、そうですね。聖女様が現れたということをすぐにでも世間に知らせなくては。敵国や軍事力を競っている他国にも、広く彼女の存在を知らしめ、世界の覇者になるのが、このローザリアであるということを見せつけなくてはなりません。
いつがいいでしょうか。ヘイブン聖密卿にも伝え、なるべく早く私の声明を出そうと思っていますが」
「聖女が別の人間だと主張する者もいますが、いかがいたしましょうか」
ディマのことだとすぐに分かる。エルアリンドはわたしを制御しようとしているのだ。
「聖女を信じない者は処刑するしかないでしょうね。……それが何者であろうとも」
弱々しく答えたのはサーリだった。聞いた瞬間、立ち上がる。誰もがわたしに注目した。




