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イリス、今度はあなたの味方  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第一章 聖女イリス

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最悪よりは、少しマシ

 わたしに与えられた部屋に着くなり、エルアリンドに頬を平手打ちされた。


「なんだあの態度は! 陛下が心の広い方だったから良かったものの、他の人間の前だったら縛り首にされておかしくなかった!」


 床に倒れながらも、エルアリンドの叱りなど耳に入らずに、わたしは違うことを考える。


 オーランドが持っていた聖女の心臓が反応したということは、エルアリンドが持っていたものも本物だったということだろうか。それともエルアリンドが、オーランドのものをすり替えた? だけど皇帝の持ち物を、そう簡単にすり替えることができるだろうか。簡単ではなくても、エルアリンドほどの欲深い男なら、やるのかもしれない。


 だけど、もう一つの可能性考えなくてはならない。聖女の心臓が本物だとして、反応したということは、イリスが実は聖女だったということだ。だけど、聖女の心臓に触れ、光れば聖女であるという掟がある以上は、アリアが触れても光ったということだ。だからわたしは、小説のまんまなら、あと七年もすれば、偽者として大衆の目前で首を切り落とされて死ぬ。

 だけどイリスが触れても確かに光った。

 つまり、聖女が二人存在してしまっているということだ。

 これを、どう考えればいんだろう。さっきの玉座の間では、誰もがイリスを聖女として考えたようだった。一度決めた聖女を覆すことは、王族や貴族の信頼にもかかわることだ。にもかかわらず、そうしなくてはならなかった理由はなに?

 イリスが死に、アリアを聖女としなければならなかった強烈な動機が、この国にはあったということだ。


「何を黙ってる! なんとか言ったらどうだ! 晩餐では、きちんとした振る舞いをしてもらうからな」


 エルアリンドの怒鳴り声はあまり心に響かなかったけれど、その次に聞こえた声で、わたしは思考の世界から戻った。


「イリス!」


 部屋の扉がバタリと開き、ひどく焦燥した様子のお母様が、わたしを見ると駆け寄った。

 彼女は仁王立ちするエルアリンドと、頬を赤く腫らして、床に倒れるわたしを見て、何が起きたのか悟ったようだ。

 わたしを抱きしめ立たせると、エルアリンドを睨み付けた。


「エルアリンド様、この子に何をしたのですか!」


「貴族としての教えを説いていただけだ。ミランダ、お前がしなかったものを、したまでだ」


「この子は貴族なんかじゃありません! 誇り高き、騎士テミス家の娘です! ……わたしとこの子を二人にしてください」


 エルアリンドは冷めた目でわたしたちを見る。


「だめだ。話があるのであれば、常に私の前でしろ」


 お母様の手は血の気が引いたように冷たい。顔も蒼白だ。それでも彼女の温もりを感じて、わたしはようやく安堵を覚えた。


 部屋の中央に置かれたソファーに、二人して横並びで腰掛けると、お母様は切り出した。


「イリス。どうか落ち着いて聞いてちょうだい。あのね――」


 声を震わせながら、お母様は言った。


「ああ、どうしてこんなことになってしまったのかしら……! 

 あなたがエルアリンド様と一緒に馬車に乗ってから、わたしたちもそれぞれ別の馬車に乗せられたの。何が起きているのか、全然分からなかった。宿だって、別々だったのよ。だから、全部知ったのはついさっきなの。

 アレンとディマは、同時に帝都に着いたようで、だけどその時……」


 お母様の声は喉に詰まる。


「その時……聖女が別の人間だとディマが言ったから、エルアリンド様の部下がディマを殺そうとした……! だけど、イリスの守護魔法がかけられているでしょう? それも味方して、間に入ったアレンが逆に数人殺してしまったようなの。それで、それで……! 結局、アレンは追われる身に。逃げて、今は行方も分からない!

 それに、ディマが、つ、捕まってしまって。牢に、いるの。思想犯が閉じ込められてる、あの塔に……! ああ、イリス。怖がらないで。大丈夫、大丈夫よ……」


 心臓が握りつぶされたみたいに思う。


 限界だったかのように、お母様は泣き出した。彼女が泣くのを見るのは二回目だった。一度目は、ディマが来て、アレンの浮気を疑った時。だけど彼女の愛情は、今、ディマにもアレンにも向いていた。


 疑問ばかりが浮かんだけど、今はお母様を落ち着かせようと思った。背を撫でる。

 

「お母様、泣かないで。陛下に、ディマを助けてもらうわ。お父様だって、きっと近くにいるはずよ」


 聞いていたエルアリンドが、わたしたちを見て冷笑した。


「少なくともあの少年が、聖女が別の人間であると証言している間は、檻から出すわけにはいかない。陛下に話したところで、イリスでない者を聖女と嘯く者だぞ? 容易く出すはずがない。イリスの後見人は私だ。陛下はお前たちよりも私の言うことを聞いてくださるだろう。

 それに、このままアレンが見つからないというのであれば、私がお前の父親になろう」


 お母様が、声にならない悲鳴をあげた。わたしは立ち上がりエルアリンドに叫んだ。

 

「あなたが命じた事なのね! わたしへの人質にするために、家族を捕まえたんだわ! 

 あなたが父親になるのなら、わたしは首を切って死ぬわ! 聖女を失っていいの?」


「できるはずもあるまい。お前の家族の命を、この私が握っているということを忘れるな」


「ひどい……ひどすぎる。どうしてこんなに、最低なの……」


 お母様が呻いた。


 最低な事態になってしまった。

 だけど、と思った。だけど、絶望にはまだ早い。


 お父様は生きている。生きているもの。

 ディマだって、生きてる。この国が正常なら、あんな子供を殺すわけがない。少し時間が経てば、牢獄から出してもらえるはずだ。オーランドは、わたしの懇願なら聞くかもしれない。

 だったら家族三人は、故郷に帰してもらうよう、頼んでみよう。


 最低な事態だけど、予期していた一番最悪ではないはず。

 最悪よりは、少しマシ。

 だから、きっと大丈夫。

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