収穫
結果的にいえば、パーティは大成功だった。テミス家と領民の絆は随分と深まったし、今度、子どもたちも遊びにいらっしゃいと、たくさんの人たちが言ってくれた。
両親たちも大満足だったようで、「こんなに金がかからなきゃ、すぐにでも次を開きたいくらいだ」なんてお父さまが言うくらいだった。
エルアリンドとクロードの出現を除けば問題はまるでなく、わたしもかわいい子供を装って、その日をやり過ごした。
そう。だから、問題はあったということだ。少なくとも、わたしにとっては。
彼ら、あの二人を、どうやって使えばいい?
パーティがお開きになり、子供部屋に寝かしつけられた後、眠れもせずに考えていた。
まずはあの悪党、エルアリンド・テミス。
パーティの終わりまでいることはなく、いつの間にか家に戻っていたらしい彼に、もう二度と来るなよと心の中で念じたけれど、願いが聞き届けられると思うほど、わたしはこの世界の女神、聖女シューメルナを信じていない。
わたしが聖女と預言を受ければ、彼は必ずまたやってきて、テミス家を乗っ取る。だってあのギラついた雰囲気、あの目つき。あいつこそ、欲のためなら人だって殺しそうだ。……あれ、ちょっと待って。
頭に浮かんだその予感を、打ち消そうとしたけど離れてくれない。
いや、まさか。
だけど、そうなんじゃないの?
エルアリンドが、アレンを殺したんじゃないの。小説の中の世界でだけど……。
欲のために人を殺す、なんてことはあり得るだろうか。あのギラついた目を思い出した。
――なくはない。なくは、なさそう。
アレンがどのように死ぬのか、そもそもこの世界でも同じように死ぬのか分からない。
けれど事故だけではなく、他殺という可能性も視野に入れておかなくてはならないということに、ようやく思い至った。
なにせ聖女の影響力はローザリア帝国だけじゃなく、大陸中を支配するシューメルナ教にも及ぶのだ。今現在で、世界を支配しているとも言える教皇庁さえも、聖女を無視できないほどの、絶大な権力を握ることになる。それを得たいと思う人間は、エルアリンドだけでなくともいるだろう。
だとしたらお父さまを、守らなくちゃ。
守護魔法を練習しておこう。
持続時間が長くて、強いものがいい。魔法をかけていることに、気づかれないようにもしたほうがいい。そうすれば、エルアリンドだけじゃなく、他のものからもアレンを守ることができるはずだ。
次の問題は、クロード・ヴァリだ。
彼は将来、聖密卿としてローザリアの内政に深く関わることになる。
遠方からやってきた彼は今日、教会に泊まると言ったけど、信心深く人の良い両親がぜひ我が家に滞在してくれと申し出たため、今もこの屋敷のどこかで眠っている。
聖密卿の主人は王ではなく神だ。この世界では、創造主たる神と、神の子である聖女シューメルナを信じる者が大勢いる。神だけを信じ、聖女を信じない創造主派と聖女も信じる聖女派があるけど、覇権を握っているのは聖女派だ。
クロードは聖女派のエリートと言える。
だからこそ彼を味方に付けなくては。
政治や野望の外から、わたしたちを庇護してくれる人間が必要だ。あの人と良好な関係を結んでおくに越したことはない。
もしあの人が、聖密卿という立場からテミス家を守ってくれるなら、わたしは生存に、また一歩近づくことになる。
どうやってクロード・ヴァリを味方に付けるかということも課題だったけど、気がかりなことは、もう一つあった。
こっちの方が、今のわたしにとって、現状優先すべきことだ。だって、わたしの兄のことだから。
エルアリンドが立ち去った後、その場は丸く収められたし、クロードが彼のことを両親に告げ口することもなく最後までパーティは楽しく続いた。
だけど、ディマの様子はおかしかった。
顔は蒼白だったし、口数も少ない。それでも周囲にはいつも通りに振る舞い、疲れたからと、パーティが終わるのも待たずに、先に部屋に戻ってしまっていた。
エルアリンドが黒髪を引き合いに出して、ディマを揶揄してからだ。もっと細かく特定するなら、彼が人の名前を言った直後だ。
――カミラ・ネスト。そう言っていた。
歴史書の中で、ネスト家の名を見た覚えがある。確か、現皇帝オーランドの祖父、リーヴァイ王の治世に寵愛された将軍の家系で、その息子、セオドア王の時代でも、戦場で活躍した武家だ。
カミラ・ネストもその家の人間なのか、わたしには分からないけれど、ディマの動揺の理由にならば、一つだけ思い当たる節があった。
そう。だからそっちも探らなくちゃ。
思いがけないことと言えば、まだあった。
エルアリンドがおしゃべりで助かったと、こればかりは感謝すべき?
ミランダの出自が分かったのだ。
“テール家の令嬢”
彼はお母さまのことをそう言っていた。
だとしたら、イリスの母は、とんでもないお姫様ということになる。テール家、もちろん知っている。
ローザリアの人口のうち、一割にも満たない人間たちが貴族として帝国に君臨しているけれど、その頂点付近に位置する公爵家が二つある。
一つはローザリア本土の三分の一の領地を有するフォルセティ家シルワ公爵、そうしてもう一つがローザリア王国フォーマルハウト朝の分家に当たるテール家ウォーゴット公爵だ。
これも小説の知識ではなくて、本から得た知識だ。小説に、テール家は出てこなかったもの。
ミランダがテール家本家の人間だったのかは分からないけど、エルアリンドの口ぶりからすると、身分は高かったんだろう。
そこまで考えて、気がついた。
もしかすると、ミランダの処刑には、偽聖女の母親を排除する意味以外もあったんじゃないだろうか。だって彼女がテール家の人間なら、家の失態だ。有力な公爵家を叩く機会を与えることになる。テール家を権力の座から引きずり下ろしたかった人間がいる?
小説ではそんなことに触れていなかったけど、もしかしたら、実際はそうだったんじゃないのかしら。
――馬鹿ねわたし。思い浮かんだ考えを一瞬のうちに否定した。
“実際”の話なんて存在しないのよ。
だってローザリアの聖女は、アリアのための物語なんだから。小説に書かれていることがすべてで、他の事実なんて、存在しない。イリスが助かる筋書きだって、存在しないんだもの。
「どのみち、今できることをするしかないわ」
あがいてあがいて、あがき続ければ、きっと未来だって切り開けるはずだ。
翌朝、朝食のテーブルの末席にいたのはクロード・ヴァリだった。真夏なのに、黒い司祭服をきちりと着込み、汗一つかいていなかった。にこりと彼に笑いかけると、彼も爽やかに笑う。
「やあイリス、おはようございます。今日も聖女様のご加護がありますように」
クロードに悪気はないんだろうけど、聖女のご加護なんて、偽聖女に対してなんという皮肉でしょう。
この人と、どうやって仲良くなろう? そう考えたときだ。
「せっかくだから、同席していただいたんだ。それでなあ、昨日の夜、彼と話していたんだが、ディミトリオス、イリス、聞いてくれ」
改まった口調でお父さまが言い、ディマが背筋を正したのが分かった。
お父さまがこういう態度のときは、決まってなにか提案をするときで、このときもやはりそうだった。
「クロードさんに、お前たちの家庭教師になっていただこうと思うんだ。彼がここに留まる、三ヶ月程度になるけどね」
思わず祈った。
ああ神様、聖女様! イリスにご加護をありがとう!
家庭教師だなんて! たくさん媚を売って、イリスがいい子だと認識してもらおう! そうして、最悪の事態に陥ったときに助けてもらうのよ!
お母さまも頷いた。その目は期待に輝いている。
「彼は子供の頃から頭が良かったのよ。神童って言われていたんだから、きっと二人の良い先生になるわ! 特にディマには。わたし、魔術はそんなに得意じゃないから、あまり教えられなかったけれど、クロードはそちらの方面も大変優秀なのよ」
クロードも言う。
「ミランダ様には、私も幼少期、世話になりましたから。教皇庁に戻る前に、恩返しができればと思いまして」
魔術で言えば、わたしもディマも超優秀と言えるけど、両親には内緒だった。
さっそくその日の午後から、彼は授業に参加することになった。
お母さまの数学と語学が終わると、次はクロードの魔術になる。パーティの片付けがまだあるからと、お母さまが部屋を出て行った瞬間だった。
「ところでイリス」
クロードの顔に張り付いていた笑顔は一瞬で消える。
「なぜ君は、魔法が使えるのに使えないふりをしているんだ?」
冷淡ともとれる瞳で、彼はわたしを見ていた。
前言撤回。クロードとは、絶対にお近づきにならなくていい。




