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イリス、今度はあなたの味方  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第四章 彼女に捧ぐ鎮魂歌

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世界の異物

「クロード先生は、聖女とはそういうものだと言っていた。嘆こうが悲しかろうが、それが聖女という存在なのだと。

 彼女らは死に、遺体は教皇庁の地下で管理される。やがて体は水晶結晶に変化して、永遠に増殖し続ける。水晶が生み出す魔力は無限で、それをイリスは使っている」 


 普通だったら、受け入れがたい告白でしょう。

 けれどわたしは、ひどく納得したような気分になりました。どうしてかずっと、知っていたような気がするのです。聖女の辿る、運命を。

 

「え、じゃあクロード・ヴァリは、聖女の体の一部をイリスの首からぶら下げさせていたってことか? あいつ思った以上に気持ち悪いな」

 

「魔力が安定するんだと言っていた。その通りだと思う。思えば当然だ。聖女の魔力は、あの水晶を通して供給されるのだから、同じ性質を持っているんだ」


 今も首に下がっている小さな水晶結晶を握りしめました。わたしの肌の上で、じんわりと温まったその鉱石は、何も語らずここにいます。

 彼女はどの聖女なのでしょうか。

 わたしもいつか、次に聖女になる女の子に、こうして手渡されることがあるのでしょうか。


「……どうやったら水晶になるのを防げるんだ?」


 悲痛ささえ覚えるオーランド様の声でした。けれどさらに悲しげな、お兄様の声がしました。


「分からない。防ぐ方法がないんだ。アリア・ルトゥムが小説の通りに現れて、僕は光を見たように思った。だが地獄の門の色だった」 


 愕然としたようなルシオさんの声がします。


「待てよディマ、そしたらお前、アリアを身代わりにしようとしていたのか?」


「僕も、そうだし、前のディミトリオスも、そうだったんだろう」


 感情のない、お兄様の声でした。

 心臓が、止まってしまったかと思いました。

 そんな――まさか。わたしは、ディミトリオスお兄様はアリア様に、叶わぬ恋をしているものだと思っていました。彼女を連れてきて、そうしてあれほど熱心に世話を焼いていたのは、彼なのですから。それなのに、身代わりのつもりで? わたしが死んで、水晶にならないように、アリア様を連れてきたというのですか? わたしの、ために――?


「以前のイリスは知っていたのか?」


 オーランド様の問いに、ディミトリオスお兄様の答えがあります。


「知らない。僕は言わなかった」


「なぜだ、言うべきだった!」驚いたようなルシオさんの声でした。


「言えるのか、大好きな女の子に、君はもうすぐ死ぬんだって、どうして言えるんだ。ルシオ、君なら言うのか?」


 はあ、とルシオさんがため息をついた気配がしました。呆れているというよりは、ご自身を落ち着かせているような雰囲気でした。


「悪いが、分からん。俺はそこまで人を愛したことはない」

 

 一呼吸置いて、ルシオさんは言いました。


「だが親友になら、言う。そいつが大切だから、すべてを打ち明ける」


「言ってどうするんだ。言ったら、彼女はきっと仕方がないって、受け入れる。僕だけが受け入れられないまま、生きていくんだ」


 お兄様の言葉を否定したのは、オーランド様でした。はっきりとした口調で、彼は言います。


「彼女だったら、抗ったはずだ。必ずそうしただろう。そういう人だ。常に抗う人だった。ディミトリオス、君はイリスに告げるべきだった」


「言ったら今も、あの子は僕の側にいてくれたのか? 不幸なままだったら、僕の側に、いてくれたのか? 僕は君の代わりにアリアを死なそうと思うんだと言うのか? 彼女はそれを何が何でも止めただろう。聖女がイリスのままだったら、生きられてあと数年だと、そう伝えるべきだったのか? 君はまだ全然幸せじゃないんだ、むしろ不幸のどん底だと言ったら、彼女は消えなかったのか!」

 

 お兄様が、椅子から立ち上がったような音がしました。

 遥かに冷静な、オーランド様の声がします。


「考えても仕方あるまい。君は告げられなかったのだし、彼女は消えた。それ以上の事実はない。

 それよりも、疑問があるだろう。最も大きな疑問だ。誰が時を戻したというのだ? そいつは時を戻したという自覚があるのか?」


 オーランド様の問いかけを、ルシオさんが引き継ぎました。


「俺も疑問に思う。時が戻る前の世界で、イリスは能動的に魔法を使えない状態で、テミス家はお前も含めて全滅している。だからやはり無理じゃないか。

 俺はローザリアの聖女を執筆するほど出世していて、オーランドも皇帝で、アリアも聖女なら、生きている奴、現状に大満足だろ。皆過去に戻りたいなんて思わない」


 ルシオさんの声の後に、再び手帳をめくる音がし、お兄様が言いました。


「最後の記載を。“この世界の異物はわたし”の右に書かれた文字があっただろう。限定と、否定形だと分かった。だから、実際はこうだ」


 ――“この世界の異物はわたし、だけではない”


「誰かが、聖女に近い力を得て、何かの目的があって時を戻した。そうしてそいつは、どういう形でかは分からないが、この世界に存在しているはずだ。目的があって時を戻した以上、前の世界の記憶を継承していると考えるのが筋だろう。そうしてイリスの魂だけが異なっていたのなら、時が戻る際に、イリスの関与も深くあったはずだ。彼女は既に、水晶結晶になっていたのかもしれないが」


 オーランド様とルシオさんが、口の中で銘々に唸ったような声を出しました。

 お兄様の声が続きます。


「あの子が、今になっては憎くもある。ひどい人だと思う。側にいて欲しいとあれだけ言っていたのに、結局いなくなったのは彼女の方だ。僕、一人を置き去りにして」


「しっかりしろ皇帝。彼女はきっと、お前なら大丈夫だと思って姿を消したんだ。そうに決まってる」


「今の彼女を、愛せないのか」


 オーランド様は、無情にもそんな問いかけをしました。

 お兄様は答えません。それが答えなのだと、分かってしまいました。


 涙が出て、嗚咽を必死にこらえました。

 心が、引き裂かれてしまいそうに痛い。

 唇に、冷たいものが当たります。

 見ると手に、故郷の花をあしらった、綺麗な金の指輪がありました。

 左手の、薬指に。


「世界が滅んだって、側に行くって……」


 この指輪をくれた時、そう言ってくれたのに。

 

「あ……違う」


 そんな記憶はないはずです。これは幻想? それとも、彼女の記憶なの。

 幼いディミトリオスお兄様が、わたしにこの指輪と、愛の告白をくれた。わたし、嬉しかった。本当に嬉しかったの。ねえディマ、わたし、あなたを愛していたの。

 だけどこの指輪は、わたしがもらったものではありません。

 世界が滅んだって、わたしは誰にもなれません。お兄様は、側にいてくださいません。


 悲しい。ただひたすらに、悲しいの。


 ねえイリス。あなたは誰なの? どうしてわたしの側にいたの?

 誰も答えてくれません。

 わたしは――わたしは――。わたしはあの時、何を望んだの?


 気分が悪くてその場に吐き、意識を保っていられずに、わたしはそのまま目を閉じました。

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