可愛いキミが好きなもの
当日になってドレスを着て、お母さまの手によって綺麗に編み込まれた髪の毛に、お母さまのお古だという髪飾りを付ける。紺色のドレスと金の小花の髪飾りは、イリスの姿によく似合った。
「イリスはわたしと同じ髪の色と目の色だから、何色が似合うかすぐに分かるわ」
お母さまは得意げに笑う。
確かに、鏡に写るのは自分だとは信じられないくらい可愛らしい女の子だ。お母さまの、かなりの力作だった。
お父さまとディマに見せびらかせようと、手始めに部屋が近いディマから襲撃しに行く。初めてドレスを見せるから、どんな反応をするか楽しみだった。
すでに準備を終えた彼も、ひときわ可愛らしかった。小さな紳士のようだ。
「まあディマ! すっごく可愛い!」わたしが言うと、彼は心外だとでも言いたげに顔を顰める。
「どうせなら、かっこいいって言ってくれよ。イリスも可愛いよ」
「でしょう? ディミトリオスお兄様。イリス、いつもよりかわいいでしょう?」
冗談めかしてそう問うと、真面目な顔して回答された。
「イリスはいつだって世界一可愛いよ」
ハウスパーティの主会場は庭だった。今日のためにお母さまが整えた庭だ。立食形式で、いたるところで楽しげな会話が交わされる。領民の誰かの趣味らしく、楽器が持ち込まれ奏でられていて、陽気な人たちは踊っている。楽しい会だった。
それに、わたしたちは人気者だった。主役と言ってもいいくらいだ。
歩けばかわいい。笑えばかわいい。食べればかわいい。どこにいてもチヤホヤされる。
いつもだったら食べ過ぎをたしなめる両親も、今日ばかりは大目に見てくれる。美味しいご飯を食べることが大好きなわたしは、これ幸いと料理を食べまくっていた。
多くの人に囲まれて、わたしとディマはほとんど別行動を取っていた。
「病気で遠方へ療養させていましたから。――ええ、こちらの地方に来る前です。うつるものではありませんし、もう完治していますよ」
お父さまがおそらくディマのことを、そう説明している姿があった。お父さまも大変ね。大人の事情は任せておきましょう。
あらかたの料理を少しずつ味見し終えたわたしは、話しかけてくる大人たちを適当にあしらいながら、ディマの救出に向かう。そろそろ疲れただろうから、人々の相手を代わってあげようと思ったのだ。
兄の姿はすぐに発見できた。
庭の一角で、年上の女の子達に囲まれている。会話を適度に切り上げるということを知らない彼は、あらゆる質問に真正面から回答し、格好のからかいの的になっていた。
ディマ、あっちでお父さまが呼んでいるよ――そういう嘘を吐こうと口を開きかけたとき、その質問が耳に入ってきた。
「ディミトリオス君、好きな子いるの?」
一人のかわいらしい女の子が興味津々、そう尋ねていた。十歳くらいにみえるから、そういう話題が好きなのだろう。
いないと言えばいいのに、変なところで素直なディマは、顔を真っ赤にして頷いた。きゃーすてき、と女の子たちは色めき立つ。
わたしも興味が沸いた。ディミトリオスは将来アリアに恋をするけど、今はまだ出会っていないのだから別の子が好きだということだ。
「誰が好きなの?」
女の子が聞くと、ディマの顔はさらに赤くになり、囁くように答えた。
「イリス」
へえ、ディマったら、イリスって子のことが好きなんだ。イリス。聞いたことのある名前だ。
――イリス。
え、わたしじゃないの。
領民の少女たちは、ディマのあまりの純粋さにすっかり夢中で、かわいいかわいい、と口々にはしゃぐ。
まさか幼い子に、本当の恋が分かるはずもない。ディマがわたしを好きだと言ったのは、一番近くにいる女の子で、毎日一緒に遊んでいるからに他ならない。
そうは分かっていても、わずかにたじろいでしまい、すぐに声が掛けられなかった。だから、わたしの後ろに、恐るべき脅威が迫っていたことに、気がつくのが遅れてしまったのだ。
「君がイリスだね」
突然名前を呼ばれびっくりして振り返ると、さっきまでお父さまとお話していた男の人が、いつの間にか後ろに立っていた。
知らない人。だけど、近くで見ると、お父さまに似ている気がする。年は三十代半ばくらいだ。
とりわけ赤毛の巻き毛はお父さまにそっくりで、見た目の雰囲気も似ているけれど、鋭い眼光と脂の乗った肌は、お父さまよりも野心がありそうだ。にこやかな笑顔を浮かべているけど、明らかに作り笑いだと分かる。
「おじちゃん、だれ?」
警戒心を隠せなかった。いつも大人に愛想よく接するイリスの態度を不審がる人もいるかもしれないけど、知らない人に親しげに話しかけられた子供の許容範囲内の反応だろう。実際、その彼が違和感を抱いた様子はない。
「私はお父さまの従兄弟さ。エルアリンド・テミス。テミス家本家の、今は当主だ」
声が出そうになって両手で口を塞いだ。叫ばなかっただけ、偉いと思う。
警戒心は正しかったんだ。
小説の中で、ディミトリオスはイリスに言っていた。「エルアリンドに騙されていた、能力がないのに、そう信じ込まされていたと、ただ、ひとこと、そう言えばいい」と。それほどまでに、誰もが納得する悪側の人間。
エルアリンド公、この人こそ、テミス家を陰謀に巻き込む張本人だった。




