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イリス、今度はあなたの味方  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第四章 彼女に捧ぐ鎮魂歌

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恋はままならないものだから

イリス・テミス

 お城からお帰りになるオーランド様を見つけたのは、日が沈みかける頃でした。

 中庭を横切る彼の体は、わたしが綺麗にしたため汚れてはいません。彼がやってきたのは昼過ぎだったと思うので、数時間、お兄様とお話をされていたということでしょうか。


「オーランド様、お帰りですか?」


 そう声をかけると彼は振り向き、わたしを見て微笑みました。


「ああイリス。すっかり長居してしまったからね……浮かない顔だが、何かあったか?」

 

 オーランド様にしても、わたしの知る彼よりも、よほど優しく笑うのです。わたしの様子を気にも、かけてくださいます。

 わたしの知る彼も、親切な方でした。強く、気高く、皇帝かくあるべきという姿を、体現されていたような方でした。けれど今のオーランド様は皇帝ではありません。それでも変わらず、強い瞳をされていました。


 わたしは反省しました。

 彼に、心配させてしまうほど、暗い顔を浮かべてしまっていたのでしょうか。

 オーランド様と以前のわたしがどう関わり、どのようにして帝位を追われたのか、両親やお兄様から教えてもらっていました。普通だったら、こうして話すこともできない立場に、わたしはあるはずです。憎まれても仕方がないのに、オーランド様はそうはされません。お心の、広い方なのです。

 だからきっと、これを彼に言うのは間違っていることだと思いました。

 それでも、わたしは言ってしまいました。彼の優しい眼差しに甘え、ふいに心が崩れたのです。


「オーランド様、わたし、悲しくって、しょうがないんです。わたし、どうしようもなく悲しいの――」


 言った瞬間、大粒の涙が頬を伝いました。

 オーランド様は驚いたような表情をされた後で、わたしの肩を抱き、中庭の、人のあまりいないベンチへと連れて行ってくださいました。

 並んで座りながら、胸に詰まっていたことを、わたしは吐き出しました。

 

「お兄様は、わたしを、愛してくださらない。ディミトリオスお兄様が好きなのは、わたしじゃ、ないんです。わたしは、まるで必要ないって、言われているみたい。わたしが、わたしでなければ、お兄様は愛してくださったのでしょうか」


 抑えていた言葉が、抑えられなくなってしまいました。嗚咽混じりの、こんなに情けない告白を、オーランド様は受け止めてくださいました。

 わたしの背を撫で、手を柔らかく握りながら、言ってくださいました。


「辛いなら、また私と婚約を結ぶか? 彼よりも、遥かに君を大切にしよう。一日中愛を囁き、二度と離さない」


 びっくりして、涙は一瞬で止まってしまいました。きっと、ぽかんとした表情で、オーランド様を見つめてしまったことでしょう。

 オーランド様は、苦笑混じりに言いました。


「……冗談だ。そんな顔をするな」


 あ、なんだ……。


 冗談を真面目に取ってしまって、わたしはなんて馬鹿なのでしょう。顔が赤くなるのを感じました。

 オーランド様は、わたしから手を離すと、視線を中庭に向けました。もうすぐ春がやってまいります。庭の木は、今まさに蕾を蓄えようとしおりました。

 ぼんやりと、彼は言いました。


「恋というものはままならないものだな」


「恋をしたことがあるんですか?」


 驚いて聞き返し、またしても自分の愚かさを感じました。だって、彼女以外にいるはずがありません。


「アリア様ですね?」


「いいや、違う」


 すぐにオーランド様は否定されました。予想が外れてしまったようです。


「では、どなただったのですか?」


 言ってから、踏み込みすぎた質問のように思いましたが、発言を訂正する前に、オーランド様は怒るでもなく答えました。


「相手は秘密だ」


 オーランド様が受け入れてくださったので、わたしは嬉しくなりました。


「その恋は叶ったのですか?」


「いいや、叶わなかった」


 悲恋に終わったのでしょうか。

 それでも彼が浮かべる表情は、いつになく優しいものでした。まるですぐそこに、最愛の方がいらっしゃるみたいに、とても美しい笑みでした。


「どんな方だったのですか?」


 オーランド様は答えます。


「可愛い人だったよ。決して強くはなかったが、いつも強くあろうとしていた。常に背筋を正し、年上の男とも怯むこと無く渡り合った。嘘が下手で、からかうとすぐに顔が赤くなった。

 結婚しようと思っていた。ずっと隣で、見ていたかった。――だが、随分と彼女を傷つけてしまったし……しかし私もかなり傷つけられた。結局はおあいこだろう」


「それほど愛していらっしゃって、なぜ結ばれなかったのですか?」


 黙ってしまったオーランド様の様子に、察してしまいました。


「振られてしまったの?」


「まあな」


 まさか、信じられません。


「オーランド様の好意を断る方が、この世に存在するのですか?」


 オーランド様は、声に出して笑われました。


「いたんだよ。彼女は、いたんだ。私の言うことなど少しも聞き入れはしないし、頑固で、思い込んだら一直線で、いつも自分を顧みずに突き進んだ、とても好きだった少女が、確かにいた。自分自身を見失うほど、彼女を深く、愛していたんだ」


 それからオーランド様は、わたしに目を向けました。


「イリス。あなたも、彼女に負けないくらいにとても素敵な人だ。どうか幸せであってくれ。悲しい顔をするな。笑顔があなたにはよく似合う。あなたが笑うと花が咲いたように思う。ディミトリオスに愛想が尽きたら私のところへ来るといい――これでは口説き文句のようだな、忘れてくれ」


 気づけばわたしも笑っていました。きっとオーランド様は、暗い顔をしているわたしを慰めるために、こんなことを話してくれたのです。

 オーランド様は立ち上がりました。


「そろそろ戻らねば。すぐに戻るつもりで、そう母にも伝えている、彼女は心配性だからな」


 わたしも、オーランド様のお母様のことを思いました。いつも親切で、優しくしてくださった方です。


「サーリ様は、お元気でしょうか。もしよろしければ、お会いしたいです」


 オーランド様は一瞬だけ驚いたような表情をされた後で、頷いてくださいました。


「そうだな。母も喜ぶだろう。伝えておくよ」


 言葉の通り、オーランド様は、サーリ様に伝えてくださったようです。

 わたしはその数日後に、本当に彼女に会いに行きました。


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