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イリス、今度はあなたの味方  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第四章 彼女に捧ぐ鎮魂歌

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彼女の手がかり

 現れたオーランドの姿は汚れてはおらず、普段と同じくかっちりした服装をしていた。室内のルシオに気づくと青筋を立てる。


「貴様、私に何を引っ掛けた……!」


 ソファーに座っていたルシオは立ち上がると、まあまあと呟きながら誤魔化すようにオーランドの肩を抱く。

 

「随分と早い到着だな、さっきの汚れはどうした?」


「……イリスにばったりと会って、魔法で取り除いてもらったのだ。触るな!」


 ルシオの手を振り払うと、オーランドはそう答える。

 なるほどそれで、真っ直ぐこちらに来れたらしい。イリスは彼とどのような会話をしたのだろうなどと考えながら、ディマは水晶に黒布を被せ、机の中から、オーランドに渡すものを取り出した。

 

「オーランド、来てくれて嬉しい。

 僕が君の屋敷に行こうと思ったが、サーリは僕に会いたくないだろうから……。呼び出してすまない」


 謝られるとは思っていなかったのか、オーランドが眉をわずかに上げる。


「暗い顔だな、私から帝位を奪っておいて、なぜ幸せそうにしていないのだ? 皇帝に嫌気がさしたなら、いつでも交代してやるぞ」


「冗談に聞こえないからやめてくれ。ほら、これを君に渡そうと思って――。エヴァレットの絵だ」


 手渡したのは、かつてイリスと訪れた宿屋に保管されていた、エヴァレット・ノーマンのスケッチだった。

 オーランドの目が見開かれる。


「宿屋の主人から買い取ったんだ。余計な世話かもしれないが、君とサーリが持っているのが一番いいと思って」


 数ページめくって、オーランドは悲しげに微笑んだ。


「母の絵ばかりだ」


「美人だな」


 ルシオが横から口を挟む。


「彼が私の親なのだと……実感はまだないが、母は時々、彼の話をするようになった。この絵が彼女にとって救いとなればいいが」


「僕は、君にとってもそうなればいいと思っている」


 まだエヴァレット・ノーマンのスケッチを見るオーランドに向かって、ディマは言った。

 

「少し、話せるか」


 ああ、と返事があった。




 つい二ヶ月前までは敵同士だった二人だが、今にあって敵意はない。

 それがオーランドが人生で培ってきた稀有な価値観のためだとディマは考えていた。個よりも国を優先する。彼は新たな皇帝に従うと意思を示したのだ。

 こうも平和に関係性が続くとは、ディマさえも思っていなかった。

 オーランドは母方の姓であるリオンテールを名乗り、表舞台から降りていた。リオンテール家は国政から追われ、宮廷から姿を消した。


 座るなり、ディマは言う。


「さっきルシオにも助言されたんだ。信頼できる人間に国政の一部を任せろと」


 ぎょっとしたようにルシオがディマを見た。

 それがオーランドとは言っていないと、声は聞こえないものの、そう言っているような気がした。

 オーランドにしても、ディマを見る目が疑惑に染まる。


「ディミトリオス、そこまで頓狂な人間だとは思わなかった。それとも愚かさを盾にした駆け引きのつもりか? 私はフォーマルハウト家の血が流れないままに帝位にあった。国民を騙していたのだと、考える人間もいる」


 だがディマは、彼を試しているつもりはなかった。


「本心からだ。君がいると百人力だ。君は強いし頭もいい、人に信頼もされている。人に導く能力に長けている。君が僕の隣にいてくれたらと思う。ローザリアはますます強固になり、発展するはずだ」


「皮肉のつもりか。私は城に戻るつもりはない。混乱を再びもたらしたいのか」


「皮肉なんて僕は言わない――」


 さらにオーランドを説得しようと試みた時だ。

 前皇帝と現皇帝のやり取りを遮ったのは、ルシオだった。


「やめとけとディマ、オーランドにその気はないだろう。放っておいてやれ」

 

 ルシオの目は険しい。いつになく真剣そのものだ。かつての皇帝を城に戻すことで、国が再び二分しかねないと考えているのだろう。

 だがディマは本気でオーランドを必要な人材だと考えていた。彼を帝都郊外で、ほそぼそと静かに暮らさせておくのは実に惜しい。このローザリアにおいて、オーランドほど国政に深く携わった人間はいないのだから。

 運ばれてきた茶に手を付けた後で、オーランドは言う。


「母と二人、静かに暮らす生活は、不思議と心休まるものだ。今までになかった平穏を感じていて、再び国の運営に携わる気力は、今のところない。……だがこれからの国を見捨てるつもりもない。時折ならば助言を授けてやってもいいぞ」


「本当か! ありがとう」


 ディマの笑みに、オーランドは眉を顰め、しかし口元はかすかに笑っていた。


 話が終わったところで、オーランドはかつての婚約者のことを思ったらしい。あるいはずっと言い出す機会を待っていたのかもしれない。


「ところで、イリスはどうした?」


 言われた瞬間、ディマは右手を握りしめた。表情には出さないように努めたが、内心、ざわめいた。最も触れられたくない場所だ。


「イリスは、どうもしていない。会ったんだろう、元気だ」


 オーランドの青い瞳がじっとディマを観察するように見つめた。


「彼女、いつになく私に優しかったぞ。様子が実に妙だった。あれでは単なる可愛らしい娘だ……以前も可愛いらしいことには変わりなかったが、なんというか、あの眼光の鋭さが失せて――ふわふわしている」


 瞬間、ディマもルシオも黙り込んだ。

 表面上、イリスは変わりない。誰にでも親切で、微笑みを絶やさず、聖女としての役割を全うしている。彼女もまた、以前のイリスと少しも変わりはないのだと言うように、振る舞っていた。

 聖女の様子がおかしいのだと、周囲に悟られては不安にさせると、彼女自身が言ったことだった。だから、気づく者はまずいなかった。

 だがオーランドはイリスと最も近い場所にいた。彼女の変化に、気付いたらしい。


「別に、オーランドにも優しくしてやりたくなる時だってあるんだろ。元婚約者なわけだし――」


 ルシオの言葉を遮るように、ディマは言った。


「記憶がないんだ。――というか、別の記憶を有している」


 ルシオが舌打ちをした音が聞こえたが、ディマは気にせず話した。

 オーランドがこの秘密を他人に漏らすようなことはしない人間であると確信していたため、やはり小説の話は伏せ、概略を語る。


「一ヶ月、戻らない。誰にも言わないでくれ」


 聞き終えたオーランドは、城に戻って欲しいと言われたときよりも、遥かに深刻な表情を浮かべた。


「敵の攻撃を受けている可能性はないのか?」


「なくはないが――記憶だけすり替えて能力と命を残す意味が分からない」


「以前の彼女は消えたのか? 私と過ごした思い出さえも?」


「そうは思いたくはないが、そうだ」――今のところは。


 ディマが肯定するとオーランドは腕を組み、お手上げだとでも言いたげに天井を仰いだ。


「ヴァリ聖密卿はなんと言っている?」


「問題はまるで起こっていないと言うだけだ。イリスには変わりないと」


 オーランドは遂に黙り込んだ。視線は未だに天井に向けられている。


「僕が、思うのは……。イリスは消える前に、僕に別れのようなことを言った。だからもしかすると、彼女はこうなることを予期していたんじゃないかと思うんだ。せめて彼女が何を掴んでいたか分かればいいが……手がかりは何も無い」


 オーランドは天井から顔を戻すと、ディマを見て、ためらいがちに言った。


「手がかりなら、ある」


 彼は立ち上がると、ディマに顔を近づけた。


「彼女がいつも持ち歩いていた手帳があるだろう。君等が逃亡した後に、ディミトリオス、君の左腕以外にはそれだけが残されていた。私には読めない文字だったから、解読しようと言語学者に預けたんだ」


 聞いた瞬間、ディマも立ち上がりオーランドを抱きしめると、その背を何度も叩いた。

 

「それだ! オーランド、すごいよ君は! 君のイリスに対する執着が異常で助かった!」


 あの手帳の文字――ディマは多少なら意味は分かった。イリスはいつも、その物事を説明しながらそのページを開いていたためだ。そうだ、あの手帳に彼女は小説の内容や、考え事をまとめていた。彼女の思考そのものと言っても差し支えない。手がかりが掴めるはずだ。


 突然の抱擁に戸惑ったらしいオーランドが眉を顰めながら言う。


「……褒めているのかそれは」


「当然さ、僕だって同じことをする!」


 喜びのあまり、ディマはオーランドの頬にキスをした。唖然とするオーランドに、ルシオが苦笑しながら声を掛けていた。


「諦めろ、ディミトリオスって、こういう男さ」

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