パーティ
ディマはごく自然にテミス家の長男として振る舞うようになっていた。
わたしも生まれたときから何一つ変わらない両親の愛情を受け、順調に体は成長していた。
夏にはお父さまとお母さまと領地内の川に出かけ、草で作った船を浮かべてみんなでその速さを競った。秋には黄金色に染まる森で遊び、領地内で採れた野菜や肉をふんだんに食べた。栄養が充足したのか、気がつけばディマの身長はわたしを越した。冬になれば積もった雪で遊び、そうして暖かな春を待つ。それがわたしたちの暮らしだった。
時折帝都に行くお父さまに付き添って、お母さまも不在のときがあった。そういうときはわたしとディマが屋敷の主人になる。使用人たちも子供の秘密を守り、こっそり夜更かししてお菓子を食べていることを、両親には内緒にしてくれていた。
わたしのお気に入りの場所は、お屋敷の三階にこしらえてある眺望のための小部屋で、窓から景色を眺めるのが好きだった。
領地はどこまでも平和で美しく、遠くに山が見える他は、森と平野が広がっている。その場所で、本を読みながら遠い山間に沈む夕日を眺めるのが、とりわけ好きな時間だった。前世、故郷を持たなかったわたしにとって、この場所こそが故郷だ。いつまでもこの土地で暮らせたらいい。それがわたしの願いだった。
そうして季節はめぐり、わたしは六歳、ディマは八歳になった。
夏で、蒸し暑さは少々あるけど、過ごしやすい、そんな時期のことだった。朝食の席で、大抵の物事の言い出しっぺであるお父さまが、やはりこのときも言い出した。
「今度我が家で領民を招いてパーティをしようと思うんだ。せっかくだから、友人達も呼んで。ディマ、イリス、お前達にも参加して欲しい。みんな二人に会いたいだろうから」
お母さまを見ると、今度ばかりは前々から相談を受けていたようで、にっこりと微笑み言った。
「実は、ずっと皆さんをお招きしなくちゃとは思っていたの。イリスが手がかからなくなって――ディマが我が家に馴染んだら、開催したいと思ってたのよ」
社交的な両親らしい回答だ。
「パーティって、どうしたらいいの?」
わたしの問いに、お母さまは答える。
「特別なことはしなくていいのよ。いつもみたいに、楽しんでいればいいの。だけどお行儀よくしなきゃだめよ? 二人なら大丈夫だと思うけど、だってとってもいい子なんだもの。あ、でも新しい服を買いましょうか?」
そう言って、わたしとディマの頭を交互に撫でた。わたしたちがいい子でいられるのは、この両親の大いなる愛情によるところが大きい。とりわけディマはそうだった。二人は彼にも、わたしと何一つ変わらない愛情を、注ぎ続けているのだから。
とはいえディマの礼儀正しさは抜けなかった。それが彼なのだと、両親も今では好きにさせていたけれど。
「領民達は、どのくらいくるのですか?」
「二、三十人ってところかな。全員お父様の知り合いだ」
お父さまがそう答えた。
暇さえあれば、それが領主の責務だというように、彼は妻とともに領民を尋ねて回っていて、いついつはなになにの収穫だ、どこどこの羊の調子がいい、新しい肥料を投入したから様子を見たい、なんて言っては出かけていくから、顔は広かった。小さな村の村長のように、慕われているのだと思う。
「いいかな?」と問うお父さまに、ディマと二人、交互に賛成の意を示した。
毎日、教育熱心なお母さまから、家庭教師代わりに数時間の教育を受けることが最近の日課で、この日もそうだった。
お母さまの教育水準は高く、こんな片田舎の領主の妻にして、外国語を何カ国語も操り、読み書き計算、お手の物だった。さらには魔術も使えるのだ。身分のないアレンが一体、どこで彼女のような身分の高い才女を捕まえたのか気になるところだ。
勉強のために、ディマと二人して部屋に入ったとき、彼は眉を顰めてわたしを見た。
「イリスは本当にパーティが楽しみなの?」
使用人は出て行った後だったし、お母さまもまだ来ていなかった。
他に誰かがいると、わたしが子供のふりをすることを知っているから、本音を話したいときいつも彼は二人きりのときを狙っていた。
「嫌じゃないわ。これも勉強と同じ、子供の仕事の一つと思えばいいのよ」
パーティが楽しみかと問われると、そういうわけではなかったけれど、領主家族としての義務だと思えば、仕方のないことよ。
「ディマはパーティが不安なの?」
問うと、ディマは首を横に振る。
「ううん。そうじゃないけど、人にたくさん会うのは苦手なんだ。ぼくはイリスみたいにぶりっこできないし」
「失礼ね、処世術って呼んでよ? 大人って大変なの。世間を生き抜くには、多少の演技力は必要だわ」
肩をすくめるディマの仕草はお父さまそっくりだ。意図的か無意識か、ディマはこのところ、いずれ継ぐであろう父の真似をよくする。
「本当はイリスは何歳で死んじゃったの?」
「お母さまとお父さまと同じ年くらいよ。結構大人でびっくりした?」
そういえば、ディマに自分の年齢を伝えたのは初めてだったなと思いながら答えたけど、彼に驚いた様子はなかった。
「別に、イリスが百歳だって五十歳だって、本当に六歳だったとしても、関係ないよ。だってぼくの妹だ。変わらず大事だよ」
まあ! 抱きしめてキスしたいくらい可愛い。
「わたしは大人だから、パーティでディマが困っていたら助けるわ。だから心配せずに楽しみましょう?」
わたしに前世があるという話も、ディマと二人だけの秘密だった。
詳細は話していないし、この世界が小説の中の話だということも、話していなかったけど。
賢いディマがどこまで信じているのか分からない。妹の遊びに付き合ってくれているだけなのかもしれない。彼は笑って、壁に掛けられた鏡を指さした。
「見た目はどこからどう見ても、小さな女の子だよ」
鏡の中からは、年相応の幼い女の子が見つめ返している。最近お菓子を食べすぎて、頬がぷにぷにしてきているほどに健康体。
「変な奴に絡まれないように、ぼくがイリスを守るから」
ディマは、驚くほど真人間に成長していた。
こんな子が、どうやったらあの悪役ディミトリオスになるのか、全く以て分からない。小説の中だと、初めから彼は野望を抱いていたから。
◇◆◇
パーティの準備は、お母さまが率先して行った。
お嬢様育ちの彼女はパーティに慣れているらしく手際がよく、料理の手配から屋敷の飾り付け、当日の段取りまで、お父さまが口を挟む暇もないほど完璧に手配する。
わたしたちもドレスを新調し、お父さまが言い出してからわずか数週間後に、パーティは開催されることになった。
わたしはすっかり安心し切っていた。
家族仲は驚くほどに良好で、ディミトリオスも良い子すぎるほど良い子で、聖女を探す誰かもいなかった。だから、わたしたちが悪役一家になるなんて、ありえないことのように思っていたのだ。




