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イリス、今度はあなたの味方  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第三章 宮廷遊戯

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画家の息子も矜持はある

オーランド・フォーマルハウト

 帝都はひっそりと、静まり返っていた。まるで息を顰めていれば、我が身は安全だと、市民は考えているかのように。


 城の中、地下にある歴代王の石像の前で、オーランドは剣を抜いた。この王たちの血が、一滴たりとも我が身に流れておらずとも、オーランドは彼らの前で頭を下げ、囁いた。


「どうか私に、力をお授けください」


 祈りは、石の間に吸い込まれていく。


 つい先程まで、嵐のような報告を受けていた。


 ディミトリオスが帝都付近の古い砦を拠点として、平原まで攻め込んでいる。

 帝国軍と諸侯からなる連合軍は圧倒的有利だ。

 アリア・ルトゥムを派遣した。

 ミア・クリステルを討ち取った。

 カイル・ナツィオーネを討ち取った。

 そうしてヘルからの援軍が到着した。だが――。


「陛下! タイラー・ガンが裏切りました! 奴ら、ディミトリオスに加勢しています!」


 それが、皮切りだった。事態は、怒涛のように悪転していく。


「アリア・ルトゥムが敵の手に落ちたと情報があります!」


 あり得ない。聖女が敵に捕らえられるなど。

 

「陛下! 上空に、巨大な魔法陣が出現し、帝国兵を崩しています! いかがされますか!」


 それはヘルに出現したものと同じだ。

 悪夢のようだった。その魔術はクロード・ヴァリとディミトリオスの力によって具現化されたものだ。だと言うことは――。


「クロード・ヴァリ聖密卿が加担しています!」


 司祭は政治不介入のはずだ。それさえも崩し、あの天才魔術師ヴァリが、ディミトリオス側に付いたのか。

 だが極めつけは、これだった。


「薔薇海峡に、スタンダリアが攻め込んできてきます! 植民地大陸におけるクリステル家の領地と引き換えに、ディミトリオスに加勢するよう、密約を交わしていたと思われます! ――陛下、いかがされますか!」


 いかがも何も、手の打ちようがないだろう。


 なぜ皆が、ディミトリオスの味方になる。なぜ奴に、こうも幸運が重なるのだ?

 いや、幸運ではない。奴が着実に積み上げてきた一手一手が、こちらが努力を重ねずあぐらをかいていた塔を崩しているだけの、当然の結果に過ぎないのだ。

 オーランドの気はおかしくなりそうだった。


 やがて貴族の男が、今にも死にそうな表情を浮かべ、広間に駆け込んできた。


「――陛下……。奴らが、帝都まで進軍しました。市街地で戦闘はありません! 市民は彼らを歓迎しています。奴こそが真の皇帝だと、ディミトリオスのあの目を見た者は、そう思い込んでしまうのです! 城まで来るのも、時間の問題です!」


 平原の争乱に、決着がついたのだ。彼らの勝ちだった。


「陛下、お逃げください。海を超え、レッドガルドまで行けば、条約が身を守ります」


 それは、ルカが囁いた言葉だ。

 常識的に考えて、それが最良の策だ。だがオーランドは首を横に振った。


「私は逃げない。逃げれば、未来永劫、あの男の影に怯えることになる。醜く逃げるくらいならば、誇り高き死を選ぶ」


「……死は、死です。そこに誇りなどない」 


「誇りはあるさ。たとえ画家の息子の死だとしてもな」


 オーランドは伯父に、それだけを答えた。


 


 ――今、オーランドは、リオンの石像を見つめていた。


「父上。私を憎んでおられるのでしょうか」


 父帝の石像は、まるですぐ目の前に敵がいるが如く、空間を鋭く睨みつけていた。


「私が二つにもならない頃に、あなたはお隠れになりました。私は今、それが病ではないのだと気付いています。ルカ・リオンテールが、家の秘密を守るために、あなたを葬り去ったのでしょう」

 

 リオンは何も答えない。


「ですがそれでも、私はあなたを、父として慕っておりました。今なお父として尊敬し、愛しております。それだけを、お伝えしたかったのです」


 一体、ボタンはどこでかけ違えてしまったのだろう。もつれた糸の始まりをどこに見つければいい。

 思い出すのは、初めてイリスを見た日のことだ。

 なんと可憐で美しく、そうして強い目をしている少女なのだろうと思った。彼女が生涯を共に歩んでくれるのならば、オーランドの空虚な胸の穴も、きっと塞がるだろうと。

 だが、求めれば求めるほどに、彼女は遠ざかる。彼女を、どう側に留めておけばよいのか、オーランドには、何も分からなかった。


 やがて、その報せが、届いた。


「……陛下。ディミトリオスが、城までやってきました」


「ああ、分かった」


 オーランドは、剣を握りしめた。


(……あの時、ディミトリオスは降伏を選んだ。生き延び、私に歯向かう道を選び取ったのだ)


 運命とは、正しい者に正しい選択をさせるものかもしれない。生き延びた小さなかがり火は、大火となって押し寄せた。


(降伏か、死か。選ぶしかないのは、今にあっては私の方か)


 静まり返った城内の廊下を、死地へと向かい進む最中、サーリがオーランドに縋り付く。母はひどい有様だ。髪を振り乱し、人目も憚らず泣いている。


「行ってはなりません、オーランド……! 殺されてしまいます!」


 オーランドは、静かに呟いた。


「母上、せめて最後くらい、笑顔で見送ってください」


「行ってはだめです、どうか――。愛しているのよ、オーランド……」


 愛こそが、オーランドの足を向かわせる。

 愛こそが、オーランドを縛り付ける。

 愛こそが、オーランドを苦しめた。

 

 縋る母の手を取ると、微笑みかけた。

 

「母上、行ってまいります。あなたの愛した息子の生が、間違っていなかったと証明するために」

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