1 ある日の事
僕はなんでここにいるんだろう。
そんなことを考えるのは何度目だろうか、近所の鐵工所に勤めて7年、自分の理想通りに人生を歩めたなら、今頃どこかのライブハウスか、または運良く売れてドームツアーなんかしてたんだろうな、
それは理想で妄想で、現実は20歳でアル中になり、稼いだ金を腹に入れ大地に吐き出す、今に至る、25歳。
ジョロロロロー、カッカッ。
簡易水洗だ。
近所の爺さんがまた用を足している。
「爺さん、ノイズが入るじゃないか、もう少し抑えてくれないか。」
僕はまだ諦めてはいなかった。
その日もまた、飽きもせず音を重ね、下手な歌を歌う僕だった。
2016年。
2016年には何があっただろう?思い出せない。(思い出せない僕は32歳の僕である。)
なぜか、高校を卒業する時の事を思い出した。
2009年、まだ僕は無邪気で、何も疑わず、目に映るものを見て、触り、感触を感じ、思った事を口にしていた。
怖いものなんてなかった。
「2009年。」と僕は口に出した。18歳。高校3年。
ネット記事を引用、
厚生労働省は5月○日、カナダから米国経由で帰国した大阪府立校正ら3人が新型インフルエンザに感染したと発表。
それから○○市の高校生が8人感染、その年の8月には死者がでた。
最終的な死亡者の数は100人を超えた。(かなり省略)
その14年後に、累計約7万人(2023.4月)を超えるパンデミックが起こるなんて、誰も思わない。
当時の僕はその新型インフルエンザのニュースで震えたものだ。高校3年なんてまだまだ子供だ、僕はその中でももっと子供だった。
怖い話なんかも信じたし、アニメやフィクションのドラマだって本当の事だと思っていた。
だから他の人よりも臆病だった。
実際、学校帰りの電車の中でゲロを吐いた時は焦った、高熱も出ていて頭に浮かぶのはマイナスなことばかりだった、
「ああ、もう死ぬんだ。」
後日、診察結果ではノロウイルスだった。丸1週間休んだだろうか、久しぶりの登校でついたあだ名は「ノロ」それまでのあだ名が「エロ」だったのでそれよりは少しはマシかと喜んだものだ。
(覚えたばかりの性的な事をただ純粋に口に出してしまっていただけだ、純粋だったのだ、それだけでエロというあだ名をつけられていた)
純粋ゆえに。
僕は純粋だった。
僕は何でここにいるんだろう。
なんで昔の事なんか思い出したのだろう、今までそんなことはなかったのに。
過去は振り返らない。とよく言う人がいるが、僕はそんなものではなかった。
昨日のことなどというレベルではなく、すぎた事はすべて考えないようにしていた。
目の前で起こる事だけを見ていた。
そのせいか、よくわからない理由で彼女に振られたり、仲の良かった同級生をうしなったものだ。
本当はあの時こんなことがあって、あいつがこうして、とか、、、
そんな感じで思い出話に花を咲かせるのが普通なのだろう。
僕は世間と少しずれているのだ。
友達、彼女、職場の人間、その中で僕は確実に浮いていた。
自分でもわかっていた。
ネガティブな考えはやめよう。
考え直して僕は近所のドラックストアに行った、350のビールを1本、ハイボール缶、冷食の唐揚げに、納豆、モズク。
酒は飲むが体のことは考えているのだ。一応。
家に帰り買ったものを冷蔵庫に整理し、ビールを1本開けた、まだ午前11時だがいいのだ、今日は土曜日で、明日は日曜日なのだ、安息日なのだ。
でも日曜日は大体二日酔いで儀式など行う気力はない。
ジョロロロロロー。カッ!
近所の爺さんがまた用を足している。
「いいんだ、爺さん、頻度なんか関係ない、人は誰だって用を足す、回数は関係ないんだ。」
と、僕は口に出してみた。
なんだか自分がすごくいやになった。
そんなくだらないことをしているうちに、ほろ酔いになってきた、そして始まる、僕だけのロックンロールショー。
僕はリズムパターンの決まったドラム音源をループで鳴らし、それに合わせてただ我武者羅にギターを奏でる、それでいいのだ、ただそれだけで日頃のストレスなどが少し薄れていくのだ。
演奏が終わると必ず言うセリフがある。
「センキュー!ありがとう!」
少しダサいがこれがちょうどいいのだ。
実家に住んでいた頃はよく変な目で見られたものだ。
いいじゃないか、これが僕の世界なのだ。
そんな感じで日々を過ごす、しょうもない、25歳。
「僕」はなんなのだ。
一体、なにがしたいのだ?いや、「僕」とはなんなのだ?
毎日そんな事を考えて過ごした。
しかし、何気ない日常ほど崩れる。
それは突然訪れる。
眠る時に見る夢、それがリアルすぎて、夢と現実の区別もつかなくなる。
部屋でぼーっとしていると、影が見える、それが迫ってくるのだ、目を閉じてそれを見ないようにすると、声が聞こえるのだ、幻聴だ。
過去の人物(もう会うこともないだろう人物)が僕の名前を呼ぶのだ。
皿洗いをしているとき、トイレをしているとき、
「やめてくれ!」
と、声に出したところでそれは消えない。
伝えたいことがあるならその内容を事を言ってくれ、しかし彼、彼女たちは僕の名前を呼ぶだけだった。