少女は、軍内功績を挙げられる
「はぁ、ロバン。それならそうだと、扉に入ったときにでもいいから、先に言ってくれればいいのに」
目も表情もむすっとさせつつもカリアは、その丁寧な口調を既に変えていた。ロバンは頷きつつ、そのような言葉遣いに満足をしているみたいだ。
「あのさ、あたしは上に上がるつもりはない。一年前の番隊長に上がった時にも、そう念押しして言ったはずだが。というか、入隊するときもあたしは上に上がりたくないと言った」
カリアはむすっとしてロバンを睨みながら、ぼふんっと勢いよく音を響かせ総軍長室にある高級なソファへ座る。
カリアの座った勢いで、そのソファに置かれていた豪華なクッションたちは飛んでまた元に戻る。
「まぁ、そうなんだけどね」
ロバンはうんうん、と頷いている。
上には上がる気はない、そんなカリアの言葉をしっかりと記憶して、なおかつ総軍長であるロバンは理解はしているようだ。
「それに、あたしが学校と言うところを卒業してないから、今の一番隊隊長という立場にも反対しているものもいるんだ。知っているだろう?」
『アルベン・サンクルーレ』の世界では本来、学校というものは義務制となっている。
これは陽国として、『アルベン・サンクルーレ』の世界が統一され成立してからの制度ではあるが、今では二十歳以下の子供は皆学校へと行っている。
何故義務制であるかというと、二十歳までは魔法の知識を学ばないとなにが事故が起こってもいけないからである。
しかし例外は一応ではあるけれど存在しており、東の帝王や西の女王、双王の許可があるものはこの法律から除外される。
カリアは東軍に入隊してからようやく二年が経ったと言っても、まだ十八という若さである。本来であれば、まだまだ学校に入っており勉学に励んでいる歳だ。
けれど東軍総軍長であるロバンからカリアの学歴例外申請が出され、そして双王から許可がだされ、その例外許可となっているカリアであるが、その例外の法律があるというのを知らないもの、また双王の例外許可など出るはずがないと信じていないものがいる。
「それはカリアが例外許可が出ていると知っているはずの、【上層部】も言っておるの。儂からは双王の許可があるのだから気にしてはいけない、そう言っているが。
やはりどうにもまだまだ、隊員の出自や学歴、キャリアというものを重視する意識が高くてどうもいかんのー」
東軍総軍長であるロバンもまた、学校に出ていない者であるので、キャリアなど気にしていない。それに王族守護軍は王族や国民、そして国を守る意思のある者が進んで入る軍隊である。
―――まぁもっとも、このカリアの場合はロバンとある契約をしてこの部隊に入隊しているため、実は国を守りたいという意思は皆無だけれど。
「昔の、それもロバンの入った頃はそういう人がたくさんいたのでしょう?」
カリアはロバンに一度そんな話をきいたことがあったな、と思い出す。
「あの頃は、無差別攻撃をした魔族の力によって学校も壊されたところもいっぱいあったからね。皆が例外許可を貰っていたなぁ。けれど、カリアのなにがいけないのだろうね。
カリアの魔法や個別能力は学校に行かなくても儂と同等の軍長階級並みの力があるのだ。また魔法による精巧さも目を見張るものがある、どこにも非が無いのにな」
ロバンにはカリアがなぜ学校に行っていないといけないのか、それがどうにも納得がいかない様子である。
「一番の問題である、歴史や一般常識はあまりないけどね」
いけない理由を知っているカリアは、その理由を自分で笑いつつも言う。
「あぁ、そうだね。この陽国の知識が全くないっていうのには驚いたよ」
ロバンは苦笑しつつも、カリアの目をじっと見つめる。
カリアとロバンが出会ったとき、カリアには『アルベン・サンクルーレ』の全ての昔使われていた国字やその文字を読む教育、そして言語能力の理解はされてはいた。
しかし、幼いときに絶対に教わり習うはずの『アルベン・サンクルーレ』の歴史や一般知識であるルールなどを知らなかった。
「でもその理由は、カリアが幼いころから、あの暗黒森で暮らしていたんだから仕方ないよね。出自も確認できなかったことも、無戸籍であったことも、ここに入隊してからちゃんと証明されているし、現在はカリアの戸籍取得もできた。……まぁ、その話はいい。
それでさ、カリア。本題に戻るけれどさ、この話は一応だけれど了承してくれるね?」
急に、了承をしてくれる?なんてロバンから言われて黙っていられないカリア。
慌ててソファから立ち上がって移動し、ロバンの机に手を置き迫る。
「いや待って、ロバン!急に話を逸らすな。ここに書いてあるその業績というもの、あたしは全く何もしてないけど!」
ロバンの言葉に慌てて、カリアは西城女王候補の名が入った書簡の説明を求める。
「えぇ、逸らすなっていうけれどカリアが最初に逸らしたんでしょう?それに、業績って……。それはさ、カリア。まず、思い出してごらん。
カリアが、出張の時に西城守護軍の弓隊を効率よくさせたからだろ」
―――その話はいつか忘れたが、隊長の代わりに一番隊隊長として出張で、西城王族守護軍へ書簡を持っていき、見に行った時のことを言っているのであろう。
「ちょっと待て、あの件は不本意だろう。
あれは、東軍よりも動きが悪かったからで……、ついつい口を出しただけだ。それに、もし見たのがリド隊長であっても、しっかり効率よくさせているはずだ」
弓隊での配置や活動動線がいくつも絡み合っているのでは、せっかくの腕も落ちるのは当たり前だ。だからカリアは西城弓隊隊長へ動きの配置、さらには間隔や作戦などを伝えたのである。
それにより、西軍の弓隊の機能が急上昇し、その成果を西城総軍長より褒められたと聞いている。そして西軍の弓隊長はとてもお人よしな性格なため、この功績は全て東軍のカリアによるものだと伝えたらしい。
―――黙って自分のものにすれば良かったのに。
そう功績をたたえられたときにカリアが、思ったのは内緒である。
「それと、約半年前になるけれど。魔族に捕われた西城候補女王の友達を助けたんだろ?
……しかも、街中での通報から三十分も経たずに連れて帰ってきたし。君ってさ、その日って休みだったから、通報のことだって知らなかったはずなのに」
―――それは、カリアが珍しく気晴らしにと思って隣のシャイレン国に行っていた日のことだ。
目の前で真っ昼間から魔族が、人通りの多い街の中で歩いていた一人の女性を誘拐したところをカリアは目撃してしまったのだ。もちろん通報は周りの通行人が騒ぎながらもしてくれていたため、カリアはそのまま連れ去られた女性の後を追いかけた。
その魔族が、何故人が集中している昼間に、そして通報しやすい所でその人物を攫おうとしたのかは分からなかった。
が、とりあえずさっさと追いかけて、そして魔族を締め上げ、捕まえただけである。
ちなみにその魔族は人質を、とか訳の分からないことを言いつつ自爆していたので、誘拐の目的は最後までわからなかった。
「あれはシャイレイン国に行ったときに通りかかっただけ、それは本当に、本当に偶然だ。魔族が、目の前で誰かを連れ去っていたのが見えたんだよ」
―――そう、あれはあのおバカな魔族のせいだ。
そのおバカな魔族のせいで、西城女王候補から
「カリアさん、本当に助けてくださってありがとう!」
などと好ポイントを貰った、不可抗力である。
ちなみに、その友達である女性からも魔族からすぐに助けてくれたからと言われ、女性の家からたくさんの助けてくれたお礼として服や宝石、それ以外にも金銭面的援助が半年ほど続いた。
半年経ち、もう援助は充分なのでと言ってお断りさせてもらった。
あの魔族が自爆するとわかっていたなら、まず捕まえてからすぐに記憶を見たのに残念である。カリアにとって、色々と疲れる誘拐事件であった。
「あとさ。東軍と西軍の両方に届いていた呪い人形を処理していただろう。カリアは近づいちゃダメだ、危ないって儂、人形になっても言ったよね」
―――その半年中に起こったことだろう。
たしか、それは一番隊にいる人から
「カリア隊長、知ってますか?呪いは凍属性に弱いそうですよ」
そう話を聞いた一か月後に起こった事件だ。
それは、東軍にある魔法部隊へと贈られてきた差出し人不明で対応に困っていた謎の人形が発端であった。その人形は、突如空中を漂い、そして動き出し呪いの人形へと変貌したのだ。
その人形に触られた者は絶対に人形化(しかも可愛いフリルついたロリータ服の恰好になった可愛いお人形さん)にされるという摩訶不思議な呪いがかかるというものだった。
しかも厄介なことに、その呪いの人形は空中を浮かび素早く動き、更には物陰に隠れるというずる賢さを持っていたため、東城王族守護隊でも結構な人数が被害に遭った。
特に対処に困っていた人形の送り先であった魔法部隊は甚大な被害だったが、他でもあちらこちらで被害が多かった。
そのおかげかそのためか、あの期間(約一週間)は、いろんなところにロリータ人形(東軍では男が九割なので、必然的に男が被害者)がいたのだ。
ここにいる総軍長であるロバンも物陰で隠れていたその呪い人形が触ったことで被害者になった。しかし、その時はなんとまぁ、「快適、快適♬」だと言って黄色のフリル人形のまま、総軍長室で暇をしていた。
軍のトップである総軍長のロバンがロリータ人形化した際は、一番に被害が出たのは昼は副総軍長であるエリナレ副総軍長、夜はなぜかカリアだった。
―――もちろん、その理由は総軍長であるロバンが目を通すはずの書類の波に襲われたから。
被害にあった人形は動けなくても、人の時の意識はあるしどこから喋っているのかは分からなかったが、喋ることが出来ていたので、呪いを解くために集められた医務室は悲惨な現状であった。あちらこちらで、フリルの人形が野太い声でお互いを失笑し、また嘆きつつも互いの状況を話していた。
―――あれこそ呪いがかかった人形に見えた、そう言ってたのは女性隊員内での内緒である。
だが、自分の仲間に失笑され嘆いていた、そんな状態が続いたせいか呪いが解け元の姿に戻っても一か月くらい隊の活動に復帰できない者もいた。心に屈辱と言う名のトラウマが、その者たちに育まれてしまった。
医士隊曰く、『時間が直す薬』と言っていたため、病休申請が出されていた。
「ロバン。だから、なんども言った通り、あの人形が不気味に笑いながらあたしの前に向かってきたし。それに普通、あんなに殺気も付いてたから反応するだろ?
あと、凍らしたら呪いが停止すると聞いたから本当に出来るかどうか試してみたかったから、その人形を凍らして粉々にしただけだ。それにそのおかげで見事に人形は壊れ、皆が元に戻れたんだからいいじゃない」
一人だけ、そうこのロバンだけは人形でずっとおりたかった、と言っていたのを聞いたエリナレがすごく怒っていたので、カリアは何も言わない。
ちなみに、同時期に西軍でも起こった呪いの人形もカリアに駆除してほしいと頼まれ、粉々にしたのも記憶している。
―――西軍でも呪いがかかった人形という、野太い声で喋る人形がちょっとだけ恐ろしかった。
凍属性である魔法隊員は西軍にも1人いるのだが、その人はちょうどそのころ西軍範囲にある場所で、焔を吐くトカゲが暴れていたため、被害を食い止めるために出払っていていなかったようである。
―――むしろ、そっちを見てみたかった。
そう思ってしまったのはカリアだけの内緒である。