交渉
よろしくお願いします。
柊たちから逃げ切った俺たちはミーシャさんがいる部屋で休んでいた。マントを脱いで、真白を膝にのせて焼き鳥を食べている。
俺は串の一番上の肉を真白に食べさせて、その次の肉を俺が食べる。味付けが塩コショウなのもあって、あの時の生活を思い出す。なんだか懐かしい気分だ。
セラが真白を興味深そうに見ながら口を開く。
「それにしても真白ちゃんがそんな体だったとはねー。昨日試合見てる時は気づかなかったよ。」
俺は串の最後の肉を真白に食べさせて頭を撫でる。
「まあ、真白は元からこうだからね。それにしてもセラとミーシャさんって真白の体を見ても驚かないね。」
俺が不思議に思って二人に質問する。
「ああ、うちらは人体実験の見学の時に見慣れてるから────」
「セラ。食事中にそういうこと話さない。」
ミーシャさんが注意をする。人体実験とかもやっぱり中央都市はやっているんだと考える。中央都市に居た守護者の中には明らかに人の形から外れた奴もいた。
そんなことを考えてるとメッセージが届く。
リンクのメッセージアプリを開いて誰からのものか確認する。差出人は春夏だった。
『さっきは悪かったな。今時間あるか?』
特に忙しくもないし俺はすらすらと返事をする。
『別にいいよ。それで何かあった?』
春夏からの返事はすぐに来た。あいつは今柊の相手をしている筈だが、もう解散したのだろうか。
『直接会いたい。お前が入っていった通路の近くで落ち合おう。』
俺は行くとは一言も言ってないのだがいつの間にか会うことが決まっていた。
「みんなごめん。ちょっと呼ばれたから行ってくる。すぐに戻ってくるから。」
俺は真白を針理に預けて立ち上がる。針理が手を振ってくれる。
「わかった。いってらっしゃい。」
セラとミーシャさんも見送ってくれる。
「いってらー。」
「いってらっしゃい。試合前には戻ってくれると嬉しいわ。」
「わかりました。なるべく急ぎます。」
俺は二人に頷いて扉を開けて通路に出る。俺は来た道を歩いて戻る。最早顔見知りになってしまった警備員さんに挨拶する。
「お疲れ様です。」
「ああ、君か。実は君に謝らなければいけないことがあるんだ。あのジュースなんだけど、あの後来た女の子にあげちゃったんだ。」
警備員さんが謝ってくる。女の子とは誰だろうか。
まあ、すでにあげたものなのでどうしようと警備員さんの自由だ。
「あれはあげたものなので自由にしていただいて構いませんよ。」
警備員さんが笑顔になる。
「そう言ってくれると助かるよ。」
俺は通路を出ると藍色の髪を探す。春夏はすぐに見つかった。壁にもたれかかって待っていた。
「お待たせ。」
「んーん。今来たとこ。ここだとあのバカが来るかもしれない。こっちに来て。」
俺たちは通路を歩いて行き奥の方にある休憩室に行く。試合の開始まで時間ないのもあって人は殆どいない。
俺と春夏はベンチに並んで座る。
「それで、何の用だっけ?」
俺が問いかけるが春夏は下を向いたままこっちを見ようとしない。なんだか様子がおかしい。もしかして柊に何かされたのだろうか。視線はちらちら向けてくるので何か話し出すきっかけが欲しいようにも見える。
「まあ、なんだ。嫌なことがあったなら話くらいは聞くぞ。解決できるかはわからんけど。」
俺がそう言うと春夏はポツリポツリと話し始める。
「…実は頼みがあるんだ。」
「珍しいな。春夏から頼みなんて。」
背もたれに寄りかかってぼーっと考えていると、いきなり春夏が手を握ってくる。
「春夏?」
「…一生の頼みだ。俺を、いや、俺も外に連れてってくれ!」
なんでその話が、いやもう呼び出された時点で薄々気付いていた。俺は目を閉じて上を向く。
「セラの言葉からそこまで推し量ったのか。」
「あの金髪の女の子が霧刃と外に行くと言っていたのが忘れられなくてな。一度でいいんだ。俺を外に連れていってほしい。もちろんお礼はするから。」
どうしたものか。面倒ごとが面倒ごとを呼ぶとはなんともついてない。
ここは断るべきかどうか俺は悩む。春夏は俺が外に出れるということをすでに知っている。ここでこの要求を呑まなかったらそれをバラされるかもしれない。中でも絶対に柊にだけは知られたくない。更なる面倒ごとが舞い込むのは火を見るよりも明らかだ。
「頼む…!」
おまけにこの必死さだ。ここで友達の頼みをバッサリ斬れる程、俺は大人ではなかった。
「…いくつか条件がある。それを全て呑めるのなら、連れて行ってやる。」
「本当か?本当の本当に連れて行ってくれるのか?やったーっ!いよっしゃあああ!」
春夏は叫びながら俺を抱きしめてくる。俺は朝のトラウマがフラッシュバックしてすぐに春夏の腕の中から脱出する。あんな経験は一度で十分だ。
「こっちの条件を絶対に守るんだぞ。絶対に約束だからな!」
「ああわかった。男と男の約束だ。本当にありがとう霧刃!」
お前は女だろと言いたかったが喜んでいる春夏に水を差すのは悪い。とりあえず今言っておかなければいけないことを考える。
「それで条件だけど、まずは俺が外に出れることを絶対に口外しないこと。あと…春夏のギフト教えて。あとは…戦闘訓練もしておくこと。今はこれくらいかな。他のはまた後日に言うよ。」
この三つ以外はすぐには思いつかなかったので言葉を濁した。
「わかった。じゃあ俺のギフト、特別に教えるよ。”終末世界”っていうギフト。なんにもない真っ黒な空間を使って色々できるんだ。屋上への移動もこの終末世界を経由してたんだ。」
一回だけ見たことがあったが、やはりあの黒い空間が春夏のギフトだったようだ。
「なんか名前が強そう。」
「なんだよその感想。それでお礼なんだけど、霧刃をこの終末世界に入れるようにする。俺に差し出せるものなんてそれくらいしかないんだ。手を繋いでくれ。」
俺は言われた通りに春夏の手を取って、目の前に出現した黒い空間に一緒に入っていく。黒い空間の中は本当に何もなく、入口の部分が無ければ上下の感覚もおかしくなりそうだった。
「これは、なんというか不思議な感覚だな。何もないのに特に悲しくなったり、寂しくなったりはしない。まるで元からここに居たみたいに落ち着く。」
宙を歩くというなんとも不思議な体験をしながら俺はぼやく。本当に不思議な場所だ。
「いいところだろ。本当に耐えきれないくらいきつい時はここで休むんだ。ここが一番落ち着くからな…これでよしっと。もう手を離しても大丈夫だぞ。」
俺は春夏との手を離す。
「ここって誰でも来れるのか?」
「今は俺と霧刃しか入れないし出られない。もし強引に入ってきても俺が耐性を与えてない存在は時間と共に消滅する。一生この中で消えるのを待つしかなくなるんだ。」
(もしかしてこのギフトめちゃくちゃ強いんじゃないか?)
敵が来たらとりあえずこの中に放り込めばいい。消えてしまうから魔石などを回収することはできないが、それを差し引いても有り余るメリットだ。どんな強い敵でもここに容れるだけで勝ちなのだ。
「すごいギフトだな。」
「いや、そんなにすごくはないんだ。このギフトには制限があって、一日に開けるゲートの回数は三回までなんだ。ここに入るのに一回。ここから出るのに一回ってな感じだ。今は入って来たゲートを閉じてないから、あそこから出るなら回数は一回しか消費しない。あと大きさもせいぜい2mまでの大きさのゲートしか開けない。」
そういえば制限のことを全然考えてなかった。針理の時之番人も一日一度の制限がある。強力なギフトには制限がつきものだ。
「なるほどな。なんとなくだが、このギフトについてわかったよ。じゃあ、そろそろ出るか。」
俺たちが入って来た入口から出ようとすると、入口が閉じられる。そして、春夏に急に後ろから抱きしめられる。
「春夏!?」
春夏は俺の背中に頭を擦り付けてくる。やっぱり今日は様子がおかしい。だが、さっきと違って力が弱くなってる。
「ちょっとだけ…ちょっとだけでいいから私の為にここに居て…」
声が震えている。ここから出るには春夏の許可がないと出ることができない。朝の針理のように締め上げられる程の力も入っていない。俺は春夏の手を少しだけ振りほどいて春夏と向き合う。春夏が泣きそうな顔をしているのを見て、今度はこちらから抱きしめる。
「!?」
「これでいいのか?」
何もない終末世界に沈黙が流れる。抱きしめた春夏は泣いているようだった。少しすると春夏がすすり泣く声が聞こえてくる。こんなに涙もろいやつではなかったと思うのだが、多分疲れているのだろう。
俺は春夏の頭をゆっくり撫でる。相手を刺激しないように、注意を払って少しずつ落ち着けていく。
「大丈夫。大丈夫だ。」
俺は春夏が泣きやむのをひたすら待った。
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俺は自分の膝の上に春夏の頭をのせて頭を撫でる。以前針理にやってもらった膝枕というやつだ。こんなに泣くなんてどれ程のストレスを抱えていたのか想像もできない。
普段は柊と親のせいで休まるところがここしかなかったのだろう。そして、そこに初めて友達がやって来た。その結果誰にも向けれなかった感情が涙になって溢れ出したのだろう。
俺が頭を撫でていると春夏が目を覚ます。
「大丈夫か?もう現実に戻れそうか?」
普段よりも穏やかな目つきをしている。だが、なんだか暗い雰囲気がある。
「ん…ごめんね。ちょっと待っててね。今、ゲート開く。」
春夏が立ち上がり、こちらに背を向けて手を前に突き出す。すると、俺たちが元々いた休憩室の風景が出現する。
「これで出れるぞ。さっきは泣いちゃって悪かったな。」
「別にいいよ。泣くのは子供の仕事らしいから、もっと泣いても問題ないぞ。」
俺は綾女と透蜜に言われた言葉を思い出す。擬人之塔に居た時に比べれば俺も泣かなくなったので、忘れかけていた言葉だ。
「なんだそれ。まあ、一応覚えとくよ。」
春夏の顔が少しだけ笑顔になる。少しは元気になってくれたみたいだ。
「じゃあ、外に出る日は追って伝えるから。またね。」
「ああ。またな。」
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俺は霧刃が出ていったゲートを閉じる。
「ほらな。いい奴だろ?年下なのにそこら辺の大人よりよっぽど頼りになるぜ。」
俺は誰も居ない空間でそうつぶやく。今回のことで俺は霧刃を完全に信用した。そして一つの目標を見つけた。
霧刃とずっと一緒にいる。
霧刃はやっぱりただの子供じゃない。彼は特別な何かを持ってるんだ。
彼と一緒に居れたなら、肉便器としてしか価値が無いこの人生を変えることができるかもしれない。
彼は外に出ることができる。つまり、彼といるにはかなりの強さが必要になる。
俺はやるべきことを考える。このギフトをもっと生かすには転移、終末世界への隔離、隔離した対象の時間経過での消滅以外にも何か使い方を覚えなければいけない。
やることべきことはたくさんある。ギフトを使った戦闘訓練も必要だ。
俺は目標ができたことを喜んでゲートを開いて入れ替わる。
私はゲートをくぐって現実に戻ってくる。
建物の奥から柊の声が聞こえてくる。向こうがこちらを見つけて近寄ってくる。
「春夏!遅かったな。何かあったのか?」
そう言いながら視線は胸に行き、横に並んできて手を腰に当ててくる。
頭痛で頭が割れそうになるのを我慢して笑顔で返事する。
「人が多くって迷っちゃったんだ。さっき警備員に道を聞いてやっと戻って来れたんだ。はじめくんと離れちゃって心細かったよ。」
(我慢だ。霧刃に付いていければこの生活ともおさらばできる。だから、我慢だ。絶対に霧刃について行くんだ。)
私はいつも以上に感情を押し殺してその日を過ごした。
読んでいただきありがとうございました。




