退却
遅くなりました。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
俺は鍵を使って1号室のドアを開ける。
「ただいま。お姉ちゃんいる?」
俺が玄関から呼ぶとお姉ちゃんがリビングのドアを開けてこっちに来る。
「おかえり。どうしたの、ずぶ濡れじゃん。あれ、友達?」
お姉ちゃんが一真と愛理の方を見る。思い返してみれば友達を家に連れてくるのはこれが初めてだ。こんな慌ただしい感じではなく、もっと準備をしてから呼びたかったが仕方がない。
俺は二人をお姉ちゃんに紹介する。
「うん。同じクラスの一真と愛理。いつも遊んでくれる。」
二人が前に出て自己紹介をする。
「はじめまして。斉藤一真です。よろしくお願いします。」
「石川愛理です。よろしくお願いします。」
お姉ちゃんが嬉しそうな顔をしている。
「神楽未来よ。弟と仲良くしてくれてありがとう。さ、上がって。拭くもの持ってくるわね。」
「「お邪魔します。」」
俺はお姉ちゃんについて行き、みんなの分のタオルを受け取った。
─────────────────────────
俺たちは濡れた体を拭いてリビングで休んだ。
一真と愛理は部屋を見渡している。
「霧刃くんの家って大きいね。」
俺がお茶とお菓子を準備してると愛理が話しかけてくる。
「そんなに大きい?」
確かに病室に比べれば大きいが、擬人之塔に比べたらそんなに大きくはないだろう。
「大きいよ。いいなー」
愛理が部屋にあるものを見ていると一真が心配そうな顔をする。
「勢いに任せて逃げてきたけど、大丈夫かな?」
俺は一真に自身を持って答える。
「大丈夫。どうせあいつらの親の力でもみ消される。」
火事を起こした原因の一端が柊にもあるとなれば、奴は親に頼んで間違いなく隠蔽しようとするだろう。
俺がそう言うとみんなが安心する。
「そういえばあいつらのリーダーの親って偉いんだもんな。いいよなー親が偉ければ何しても許されるんだからさー。」
一真がお菓子をつまみながらそんなことをぼやく。その理屈でいくとおばあちゃんが都市議長の俺は柊以上のクズって事になってしまうのだが。
「親が偉くても自分がそれに溺れてれば訳ないよ。俺のおばあちゃんも偉い人だけど、柊の家みたいになってないし。」
俺がお茶を飲んでいると一真が興味を持ったのか俺におばあちゃんのことを聞いてくる。
「霧刃のおばあちゃんって何してる人なの?」
「都市議長。」
俺はなんでもないように答える。特に言うなと口止めもされてないから大丈夫だろう。
俺の答えを聞いて一真と愛理が呆気に取られる。
「なんというか、こんな家に住んでるのが納得できたわ…」
「うん…うん?おばあちゃんが都市議長ってことは霧刃のお父さんは神楽中佐!?」
一真が急に我に返って問い詰めてくる。
「そうだよ?」
俺の返事を聞くと一真がフリーズしてしまった。
「一真、大丈夫か?」
「心配しなくていいわよ。一真くんは重度の神楽中佐ファンなの。」
そういえば一真がよく憧れの人だって言っていたのを思い出す。まさかここまでの衝撃を受けるとは思っていなかった。
「へぇー。お父さんのファンなんだ。なら武闘会で会えるかもね。」
お姉ちゃんもお菓子をつまみながら一真に声をかける。だが、一真はフリーズしたままだった。
固まった一真は置いておいて、そんな話をしながら放課後の時間を過ごした。
─────────────────────────
「ふん。この俺に怖気付いたか。まあいい。俺からは逃げられないからな。」
私は柊とその取り巻き3人と一緒に帰路に着いていた。
柊に付いてきたせいでさっきは散々な目に合った。私たちはみんな黒い煤にまみれている。私一人ならギフトを使えば逃げることができたが、後で面倒くさいことになるのでやめておいた。
他の四人と別れて自分のマンションに入る。帰る間も柊の相手をしなければいけないのでかなり疲れた。一番きついのはことあるごとに奴が体に触ってくるのだ。もう気持ち悪くて仕方がない。
さっきまでも最低の気分だったが、これからもっと嫌な気分になる。
私は鍵を使って扉を開ける。中からはお酒のアルコールの匂いが漂ってくる。
廊下を歩いて行き、リビングで飲んだくれている父親を見る。髭がの伸びており、身だしなみは最悪と言っていいだろう。その父親が顔をあげてこっちを見てくる。
「ただいま。」
私は必要最低限の言葉だけを発する。
「おお。ちゃんと柊のボンボンと仲良くしてきたか?お前はあいつと結婚するんだぞ。それがお前を犯したことを黙っている条件なんだからな。ちゃんと金をせびってこいよ?」
鬱陶しい父親だ。こいつは私が柊に犯されたときに慰謝料と一緒に無理やり結婚を取り決めた。私が柊と結婚すればあっちの家の金が流れてくると考えているのだろう。
どこまでも自分のことしか考えていない父親だ。慰謝料も全て酒に使ってなくなってしまった。
私はリビングを出てお風呂場に向かう。すると玄関が開いて母親が帰ってくる。
「ただいま。ああ、帰ってたの。ちゃんと柊さんの子と仲良くしてるのよね?お母さんの為にもお願いね。」
母親もこんな感じで毎日金のことしか考えていない。類は友を呼ぶと言うが、屑は惹かれあうのだろう。
「おかえり。大丈夫だよ。」
私は適当に返事をして洗面所の扉を閉める。
「ふう…」
やっと一人になれたことに安堵して、その場に座り込む。
だが、その平穏もつかの間で、リビングの方から両親の怒号が聞こえてくる。
「あんたまたこんなに酒ばっかり飲んで!誰が稼いだ金だと思ってるの!?」
「うるせえなあ!金なんてあいつが結婚すればいくらでも引き出せるようになるだろ!ちょっとくらい先に使ってもいいだろ!」
「ふざけんな!そんなこと言うなら少しは働いたらどうなんだ!?毎日誰のおかげで飯を食えてると思ってるんだ!」
「俺はもう働かねえ。あと数年すれば金の心配なんかしなくてよくなるんだ。その為にもお前とは絶対離婚しないからな!」
「最低よ!大体あんたのせいで────」
服を脱いだ私はおふろ場に入る。あんなに毎日毎日喧嘩していい加減飽きないのだろうか。
シャワーからお湯を出して体を洗い流す。カラカラに乾いた心に暖かいシャワーが染みわたる。
ボディソープやシャンプーを使って体を洗い流す。そして小さい湯舟に浸かる。
「…………」
ここは私の数少ない平穏な時間が過ごせる場所だ。こんな気分になれるのはお風呂以外だと自分のギフトの空間だけだ。
だが、最近は屋上もこの中に入ってきている。霧刃と過ごす時間はなんだかんだ言って楽しいのだ。彼は私の愚痴にいつも付き合ってくれる。今じゃ私のストレスを軽くしてくれる貴重な友達だ。なにより嬉しいのが霧刃は私のことをエロい目で見ないことだ。
霧刃以外の男と話しているときはいつも胸や尻ばっかり見られて嫌な気分になる。男の教師もクラスの男子も街ですれ違う知らない男もいつも私の体ばかり見てくる。バスに乗って立っているときは当たり前のように四方から体をまさぐられる。女子からは柊に取り入ろうとする金にがめつい奴として嫌われている。誰も私を見てくれない。柊も両親も私の体にしか価値を見出さない。
今までずっと独りぼっちで、屋上で毒を吐いて何とか心を安定させてきた。だが、もう限界だったのだ。毒を吐くうちに勝手に涙が流れてくるようになってしまい、どうやってもそれを止めることができなかった。
そんなときに現れたのが霧刃だった。彼は聞き上手というやつなのだろう。私が振った話の声色を感じ取っているのか、深掘りする話をうまく選んでくれる。暗すぎる話にはあまり触れずに、私が愚痴りたくて仕方がないことは熱心に聞き返してくれる。霧刃と話していて始めて人と話すのが楽しいと思えた。
(霧刃…普段は何してるのかな…明日聞いてみるか。)
ふとそんな疑問が頭をよぎる。今までは私が話すばかりで霧刃のことは碌に聞いてこなかった。
私は明日の昼に霧刃に会うことを心に決めて少し嬉しくなる。その気分のままお風呂を上がり、昨日自分で洗濯した部屋着に着替えた。
読んでいただきありがとうございました。




