完敗
よろしくお願いします。
朝食を食べた俺達は紅茶を飲みながら一息ついていた。
「今日の朝食も美味しかったわね。さて、仕事をしましょうか。」
綾女が話し始める。俺は仕事と聞いて何をすればいいのかと身構える。
「私達はちょっと見回りをしてくるから。二人は家の中で遊んでいなさい。」
「…え?」
何を言ってるのかよくわからなかった。
(俺達に何かさせたいんじゃなかったのか?)
「遊ぶって何をすればいいんだ…」
俺は碌に遊んだことが無い。病院では動画を見ていたり、寝ていることが殆どだった。外に出てからは毎日を生きるのに必死だった。いきなり遊べと言われても何をすればいいのかわからない。
「なんでもいいんですよ。生き物を捕まえて遊ぶとか。二人でここを探検するとか。」
透蜜が指を折りながらここでできる遊びを挙げていく。
「昨日透蜜と話したんだけどね。あなた達はまだまだ子供過ぎるのよ。だから、私たちの手伝いはまだいいわ。」
何をするかはまだわからないが、とりあえず当面は時間ができたようだ。俺はやらなければいけないことを考える。
「なら俺達に戦い方を教えてほしい。」
さっきまで微笑んでいた二人の表情が曇る。
「それはさすがに…」
「私は遊んでいないさいって言ったのだけど?」
綾女の方は少し怒っているようだった。自分の指示を聞いてもらえなかったからだろう。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。俺は覚悟を決めて綾女に交渉する。
「俺は一刻も早く強くならなければいけないんだ。真白を守るために、もう二度とあんな目にあわせないようにするために、俺はもっと強くなりたいんだ。頼むこの通りだ。俺を、鍛えてほしい。」
俺は立ち上がり二人に頭を下げる。下を向いている為二人がどんな表情をしているのかはわからない。
少しの間沈黙が流れる。
「…どうしても強くなりたいのね?」
綾女に念を押して確認される。俺はそれに迷わず答える。
「強くなりたい。自分を通すためには力がいるんだ。頼む。」
「…いいんじゃないですか?」
「!」
透蜜から声がかかる。顔を上げると透蜜はどこか遠くを見るような目をしていた。
「自分を通すためには力がいる。懐かしいセリフです。まさか霧刃からそれを聞くことになるなんて。やっぱり、似た者同士ですね。」
(…一体、誰の話だ?)
透蜜は話を進めていくごとにその瞳に僅かに涙を浮かべていく。何か悲しいことを思い出したんだろうか。
「綾女。霧刃を止めることはできないと思いますよ。あの目を見ればわかるでしょう?」
綾女がこちらを見た後に小さいため息をつく。
「…はぁ。もう仕方がないわね。なら透蜜に相手をしてもらいなさい。文字通り手も足も出ないと思うわよ。」
「綾女!ありがとう!」
俺は綾女にお礼を言う。喜ぶ俺に綾女が真顔で話してくる。
「いい?これはあなたを諦めさせる為に許可するのよ。どれだけ自分が弱いのか、現実に潰されれて来なさい。」
現実に潰される。
恐ろしい言葉だ。でも、それに怯えるのはもうやめだ。怖いけど、強くなるためにはもう止まっている暇なんて無いんだ。
「二人とも、武器を持ってきてください。戻ってきたら訓練室に案内します。」
「私はお昼までコントロール室にいるから。用があったらそこに来るのよ。場所は透蜜に聞きなさい。」
二人がそれぞれ行動し始める。透蜜はキッチンで既に洗浄された皿を片付けている。綾女は移動する為に歩き出す。
「綾女。いってらっしゃい。」
「!」
俺の言葉に反応して綾女が食堂の入り口付近で振り返る。
「ええ、いってくるわ。」
そう言って微笑んで綾女は食堂を後にした。
「真白。俺達も行こう。」
真白が頷き、背中に掴まる。俺は刀を取りに行く為に自分の部屋に戻るのだった。
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「ここですよ。」
俺は透蜜に連れられて大きな部屋に来た。ここが訓練室という所らしい。天井がすごく高く、正方形の模様が壁、床、天井を覆い尽くしている。
「大きい…」
「ここは大抵の戦闘訓練ならできますよ。さて、霧刃と真白にもこれを渡しておきますね。私達とお揃いですよ。」
透蜜の手には綾女が朝使っていたのと同じ情報デバイスが二つあった。俺は二つを受け取り、一つを真白に渡す。
「ありがとう。大事にするよ。」
お礼を言って、情報デバイスのロックを解除し、首に付ける。
「これって確か”リンク”だったっけ?」
リンク──人類の電子工学の粋と魔力を電気に変換するレガシィの解析データを基に作られたアイテム。何代にも渡って改良がされており、今は消費魔力が極限まで抑えられている。都市の住民は全員所持している。
「よく知っていますね。正解です。どうやら霧刃は大体の操作は分かりそうですね。真白は私の真似をして装着してください。」
透蜜が首に付けっているリンクを外し、真白に付け方を教える。俺がやったようにロックを外して首に付ける。
俺も実際にリンクの操作をするのはこれが初めてだ。病室では俺も付けていたが、腕が動かなかったので操作できなかった。俺の体調の管理の為に付けているだけで、邪魔だとすら思っていた。だが、こうして操作できると分かれば不思議とわくわくしてくるものだ。
「じゃあ、右側の赤いところを押してください。それで電子モニターの出し入れができますよ。最初はいくつか出てくると思いますが、”仮想戦闘システム”のモニターの”接続”に触れてください。」
俺は言われた通りにスイッチに触れてモニターを出す。いくつか出たモニターの中にある、仮想戦闘システムのモニターの”接続”に触れる。
俺の顔の少し上に更にモニターが出現する。真白のリンクから表示されているものだろう。
「仮想戦闘システム起動。訓練施設への接続を開始。完了。施設内の戦闘データを受信。仮想戦闘開始。以後、環境の設定と終了はモニターから行ってください。」
「な、なんだ!?」
いきなりリンクが喋り出してびっくりした。これが喋っているところなんて初めて見た。
「リンクの中にあるAIですよ。会話を振ってあげれば返してくれるとても賢い子です。普段の生活も含めてサポートしてくれるのでちゃんと仲良くしてあげてくださいね。」
(機械と仲良く、か。考えたことも無かったな。)
試しに少し話しかけてみる。
「今日からよろしく。」
「よろしくお願いします。」
「おお。」
俺は思わず驚きの声を上げてしまう。なんか不思議な感覚だ。誰もいないのにそこに誰かいるみたいだ。
真白の方からも接続完了の音声が流れる。どうやらうまく操作できているようだ。
「準備できたみたいですね。私のはもう環境設定してあるので、同じものを二人に送りますね。」
透蜜の方からデータ受信のアイコンが表示される。それを押してダウンロードする。すると、訓練環境が勝手に設定される。
「すごい便利だ。」
真白も俺の真似をして設定を終える。感心している俺をよそに、運動用の白のスポーツウェアとレギンスに着替えた透蜜が距離を取る。
「さあ、準備は終わりです。ここでは全て仮想なのでどれだけ全力を出しても大丈夫ですよ。始めましょうか。いつでも仕掛けてきていいですよ。」
「!」
俺は透蜜から凄まじいプレッシャーを感じて、急いで身構える。だが、待っていても透蜜からの攻撃は来なかった。
「ああ、言い忘れていましたが私からは攻撃しませんから安心してくださいね。」
(攻撃をしないだと?)
いくら強いからと言ってもそれで勝てるのだろうか。俺は透蜜からのプレッシャーに耐えながら考える。
「真白、融合してくれ。最初から全力で行く。」
そう言うと真白が素早く融合を発動する。体中に力が漲り、俺の左手と左目が再生する。
俺はゴーグルを付けて刀を抜いて上段に構える。そして、加速を使って全力で透蜜に切りかかる。最初からあの熊を倒した時と同じぐらいの力と速さで刀を振る。
俺が走りだしても透蜜は動かない。訝しく思ったが、俺は気にせず一気に透蜜との距離を詰める。刀を振り上げる。まだ動かない。勢いよく刀を振り下ろす。まだ動かない。
遂に刃が透蜜の胸に当たるすれすれまで来る。
(取った…!)
そう思った瞬間、透蜜は僅かに右側に体を反らして回避する。
「何!?」
(あそこから避けるなんてどんな身のこなしだ!?)
動揺しながらも俺はすかさずその場でもう一歩踏み込み、下から切り返して攻撃を試みる。またも刃が当たる直前で僅かに後ろに下がられて当たらない。
「くそっ!!」
俺は透蜜から距離を取る。なんて無駄の無い回避なんだ。
強すぎる。
(たった2回の攻撃でここまで差を見せつけられるとは…)
コントロールできるギリギリのところまで加速を使っているのに全然当たる気がしない。今の切り結びでそもそもの速さが全く足りていないのがわかった。当てる為には何とかしてもっと早くする必要がある。防御されていないから予測になるがおそらくパワーも全く足りていないだろう。
「現実に潰されれて来なさい。」
朝に綾女から言われた言葉を思い出す。正に今、俺は潰されそうになっていた。
だが、これは俺が強くなる第一歩だ。あの全く隙がない透蜜に何としても一撃を入れなくてはならない。
諦めるのはまだ早い。透蜜の前では刀の能力はまだ見せていない。それにもう一つのギフトもまだだ。
(真白。真白の脚を透蜜みたいに背中側に寄せる事ってできる?)
肯定の意思が返ってきて体が変形していく。自分の体が作り替わるのは変な感じだが、今は気にすることじゃない。黒い6本の脚は背中の下の方に移動する。
(これで準備はできた。後はタイミングの勝負だ。)
俺は姿勢を低くして自分の足と真白の脚で地面を踏みしめる。
「準備は出来ましたか?」
「ああ。待ってくれてありがとう。次で最後だ。」
「早々に諦めが付いたようですね。分かりました。いつでもどうぞ。」
俺と透蜜は短く言葉を交わす。
「ふぅー。」
俺は静かに息を呑む。チャンスは1度きりだ。さっきみたいに切り返したりはできない。これは最初の1撃だから意味がある。更に姿勢を下げて限界まで足に力を入れる。
そして、加速ともう一つのギフトを使って、俺は透蜜に切りかかった。
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「神楽霧刃だ。」
そう名乗った少年の手は震えていた。だが、手が震えそうだったのは私の方だった。
私は最初、霧刃のことを警戒していた。綾女から魂喰の持ち主だと聞いたからだ。
ギフトは自分の根源と結びついている。彼の心の中には魂喰の持ち主として相応しい何かがあったということだ。私はそれを魂喰のように他者から奪うことしか頭にないことだと思っていた。事実、前の持ち主はそうだった。それ故、彼を警戒した。
霧刃が名乗った後に、彼の後ろから白い何かが出てくる。それが真白だった。
(なんで…どうやって殺人衝動を抑え込んでいるの?)
強力な一部の器は何かしらのデメリットを持っている。霧刃は他の魂が欲しくて仕方がない筈だ。人の魂を喰えばその力がなんであれ使うことができる。そんな強力な力だ。デメリットもかなりのものになる。
「私のこれは人を殺したくて仕方ないんだ。私自身も新しい力が欲しから、それを止めたいとも思わない。このギフトを持つっていうのはそうゆうことなんだ。」
かつて聞いた彼の言葉が私の脳裏をよぎる。彼は殺人衝動を抑えきれず、自分がいた部隊ごと全ての敵を殲滅した。その後はどこかで中央都市の守護者に処刑されたと聞いた。
(霧刃は自分の殺人衝動をコントロールできているの?こんな子供なのに?)
霧刃はお菓子を食べている時も、ここに住むと決まった時も普通の子供そのものだった。普通に笑って、お礼も言えて、頭も下げれて、少し出来すぎなくらいだった。家族を思って泣くこともできる。私は霧刃は彼とは違うと確信した。
だから、甘く見ていた。彼は只の子供だと、心のどこかで勝手に侮っていたのかもしれない。
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俺は地面を蹴り上げる瞬間に加速と跳躍を使う。8本全ての足にとてつもない負荷がかかる。
「ぐうぅっ!」
これ程の負担がかかるとは考えていなかった。だが、ここでやめるわけにはいかない。俺は反動に見合う今までとは比較にならない速さでもって透蜜に肉薄する。俺は体中の力を振り絞って刀を上段に構える。
(落ち着け。落ち着け。あの熊の時と、一緒だ。最後に、タイミングを、合わせるだけだ!!)
俺は刀を振り下ろすと同時に腕に加速を使い、刀に魔力を流す。腕を振り下ろす速さが更に上がり、同時に刃が伸びる。
さっきの攻撃の時と同じで最後まで透蜜は動かない。だが、さっきと違うことが一つあった。
(俺の目を、いや、”俺”を見ている。)
透蜜は正面からこちらを見ていた。それこそ、この視線だけで人が殺せそうな冷たさがあった。
俺の一撃は、この視線を引き出せるだけの価値はあったようだ。
俺の振り下ろした刀は空を再び切り、俺は着地に失敗して地面を転がる。
「…俺の、負けだ……」
俺はその言葉をすんなり口にできた。完敗だ。
何もできなかった。防御すらしてもらえなかった。なんて強さなんだろう。たった3回攻撃を避けられただけで、勝てないと悟った。
俺は人生で初めて敗北を経験した。
読んでいただきありがとうございました。




