訪ねてきた者
よろしくお願いします。
(…ここは…家、か。)
私は周りを見回し、自分が羽毛の布団に寝かされていることを確認する。
(さっきのは、キリハが来るのが少しでも遅ければ死んでいたな。)
私は少し前の戦闘を思い出す。
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私は川で釣りをして日向ぼっこをしていた。無防備にボーっとしていた訳ではなく、周囲の警戒はしていた。
だが、その時は急に訪れた。頭上に影ができて上から熊が降って来た。
(こいつどこから…!う、動けない。)
先手を取られた私は回避が間に合わなかった。熊に体を押さえつけられ、身動きが取れなくなった。
拘束から抜け出すために融合を無理に使い、体を一時的に巨大化させた。
体長は2m程になり、下半身からは虫の外骨格のようなものが生えてくる。先端にいくほど細くなる黒い両足も作られ、歪だが人間に近い形になっていく。元々あった6本の黒い脚は根本が背中側まで来るほど巨大化し、背中から突き出した鋭い腕のようになっていた。
これは私が今まで融合で取り込んだ生き物を組み合わせて作った戦闘用の体だ。以前テクノを破壊したのもこの体だ。そこにキリハと一緒に倒した白銀鷲を追加し、足が鳥の形に変化する。
ただ私はこの体が嫌いだ。この体を使っているとどんどん人間から遠くなっていく気がするのだ。
元々下半身がなかった私は普通の体に憧れていた。この姿は本当はそんな思いを形にしたものだった。だが、できあがったのは到底人とは言えない化け物の姿だった。
なので私は普段は使わないようにしていた。腕だけでは移動に支障があるので仕方がなく脚だけはいつも使っていた。毎日の狩りでキリハの体を借りているのはこれが理由だった。
それに、キリハにはこの姿を見られたくなかった。
熊の胴体を足を使って思いっきり蹴とばす。そして、すかさず起き上がって攻撃を仕掛けていく。
こっちには近距離攻撃しかないので背中の6本の腕を防御用に残し、本来の2本の腕で殴り掛かる。相手がもしギフトを持っていて、遠距離攻撃をしてきたらこっちには反撃する手段がなかった。体格的に負けているがそれでも接近戦に持ち込むしかなかったのだ。
殴り掛かったこぶしは厚い毛皮によってほとんどダメージを与えられず、逆に鋭い爪の反撃を受けていてしまう。
「ぐらあああ!」
(打撃は効果が薄いか。なら刺して、貫く!)
切り裂かれた背中の腕の外皮を作り直し、傷を回復させる。魔力を使うが怪我をそのままにしておくよりマシだ。
今度は背中の腕で攻撃を仕掛ける。相手の体に向かって背中の腕が突き刺さる。しかし、一角うさぎのように貫通することはなく、受け止められてしまう。
(硬過ぎる…!)
再び爪を振り上げ、熊からの攻撃がくる。今回は両腕でしっかりとガードする。腕の振り自体はそれほど早くはないようだ。
体がだめならと次は足に攻撃を仕掛けていく。最初はあまり効果がなかったがだんだんと細かい傷が付き、遂に大きな一撃を入れる。
「ぐるああ!」
熊は足を切り裂かれ、叫び声をあげる。
(このまま削り倒す。)
そう思った時、熊が突進をして体をぶつけてきた。
大きな体からくる衝撃はかなりのもので、遠くに吹き飛ばされてしまう。
(くそ…こっちの魔力ももう少ないのに…)
折れた足やあらぬ方向に曲がった背中の腕を再生する。立ち上がろうとしたそのとき、熊がこちらに向けて突っ込んでくるような姿勢をとる。
(次は絶対かわす。)
そう思い構える。だが、熊は今までとは比較にならない程のスピードでこちらに突進してきた。
(何!?)
突進をくらってしまい、再び傷を負ってしまう。もう体を作り直すだけの魔力は残っていない。
私は戦闘用の体を解除する。折れた手足よりもまだ戦えるこっちの体を選んだのだ。しかし、そのせいで元々あった体格差がさらに開き、戦況はどんどん悪くなっていく。
素早く動けないこの体のせいで敵の攻撃をまともに避けられなくなり、これまでかと思った。大きく吹き飛ばされて倒れ込んだその時、彼が来てくれた。
「真白!大丈夫か!」
一度頷いた後、残った魔力をすべて使いすぐにキリハの体と融合する。
(よかった。ギリギリ足りた。)
融合状態の維持にはキリハの魔力が使えるので、これでなんとか戦うことができる。
その後は融合状態を解除しないように必死に意識をつなぎ止めるので精いっぱいだった。私はそんな状態だったが彼はあの赤い刀を使って、勝利を収めてくれた。
そして家に付いたときに限界に達し、私は意識を失った。
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私は起き上がってキリハの顔を覗き込む。
(また、命を救ってもらった。)
白銀鷲のときと今回の熊。どちらも彼なしでは絶対に切り抜けることはできなかっただろう。
私は彼の頭をなでなでする。キリハはどうして外にいるんだろう。人間は普通は都市という場所で暮らしているはずだ。なのにキリハは都市に戻ることも無く、私と一緒に暮らしてくれている。
(なんでなんだろ…も、もしかしてわたしのこと、す、好き、なのかな?)
私は魔力不足でボーっとしてる頭でとんでもない予想を立てる。だが、考えてみればそうだったとしてもおかしくない。
キリハと一緒に暮らしていてわかったことがある。彼はよく笑うのと優しいということだ。
最初は外を一緒に歩くだけで私に「楽しいね!」と笑いかけてくれた。あの時はよくわからなかったが、好きな私と一緒にいれて楽しいということなら理解できる。
(あれ?そう考えればキリハって、もしかしなくても本当に私のこと好きなんじゃないの?)
キリハは私の事が好き。その考えが私の頭の中を埋め尽くしていく。
普通に考えればこんな私を好きになってくれる男の人なんていないと思っていた。同じケージ内で過ごしたみんなと比べても私はおかしい部分が多かった。目が赤く、髪が白いのも私だけだった。胸も全然無いし、下半身が無いせいで足が長いとか以前の問題だった。
(キリハ…)
体が熱い。でも不思議と嫌な熱ではなかった。むしろもっとこの熱に体をまかせたいと思える程だ。
(キリハが私の事を好きなら私ももう我慢しなくていいよね…?)
そう思い私はキリハの顔に口を近づけていく。私の口が彼に触れようとしたそのとき、外に轟音が鳴り響いた。
(な、なに!?)
外の方を確認すると巨大な虫のようなものがこちらを見ている。それもすごい目つきだ。
その虫は絶対に逃げる事ができないと思える程すごいプレッシャーを放っていた。
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ドオオオンッ!!
まるで何かが爆発したんじゃないかと思えるくらい大きい音で俺は目を覚ました。
(なんだ!?何が起きた!?)
俺が目を開けるとなぜか真白が上に乗っていた。だが、真白の顔は外を向いていた。
「真白…?」
話しかけてもこちらに振り向こうともしない。なにかあるのかと思い、俺も外を見る。
「うそだ…」
俺は絶望した。そこにいたのはリュウグイヘビトンボだった。
リュウグイヘビトンボ──その名のとおり龍を食べると言われている巨大な虫。目撃例は極めて少なく高い山の山頂付近に生息しているのではないかと予想されている。目撃者の証言では体長は50mはあったそうだ。6本の巨大な足とどんなものでも食い千切る鋭い顎で狩りをするとされている。
(なんで、こんなところにこいつがいるんだ…)
確実に死ぬ。そう思ったその時、外から声がかかる。
「こんにちは。融合と魂喰の持ち主さん。少しお話したいのだけれど、いいかしら?」
俺の頭は再び機能停止する。
(人の声…外…?今、外から声がしたのか…?ッ!不味い!!)
俺は起き上がり外に向けて叫ぶ。
「おいあんた!今すぐ逃げろ!そこにいるのは人が勝てる相手じゃない!!」
少しの間をおいて外から笑い声が聞こえてくる。
「あははははっ。あなた、子供なのに優しいのね。大丈夫よ。この子は私のものだから。」
そう言って一人の女が出てくる。
長い黒髪をなびかせ、黒いドレスを着ている。それ以外に身に着けている物も全て黒色だ。胸が大きく、腰は細く、お尻も大きく、しなやかで綺麗な足をしている。
俺は碌に女の人に会ったことは無いが美人というのはこういう人を指すのだろうと思った。
「…お前は一体誰だ?」
女に向けて問いかける。こいつは外にいるにも関わらず、戦闘服を着ていない。つまり、都市防衛隊員ではないということだ。だが、リュウグイヘビトンボを支配しているなんて只者じゃない。それにまだこいつが敵ではないと確証が持てたわけでもない。
俺は少しずつ手を刀に伸ばしていく。
「中々用心深いわね。私は黒井綾女(クロイ アヤメ)よ。あなた達の名前を教えてもらってもいいかしら?」
「…俺は霧刃。神楽霧刃だ。こっちの白い髪のが真白だ。」
「答えてくれてありがとう。さて、単刀直入に言うわ。あなた達、私と一緒に来てくれない?」
(こいつは一体何を言っているんだ?)
綾女と名乗った女から俺は恐怖を感じていた。こんなでかいやつを連れてきて何がしたいんだ。
俺は素直に疑問をぶつけることにした。
「そいつ。リュウグイヘビトンボ、だよな?なんでそんな強い奴を連れてるんだ?」
綾女は振り向いてリュウグイヘビトンボの方を見る。
「ああ、この子が怖かったのね。大丈夫よ。ここに来るために背中に乗せてもらっただけだから。それに、二人を襲わないように命令してあるから。子供なのにあなた結構博識ね。霧刃と真白って呼んでもいいかしら?」
そう言って笑いかけてくる。
「それと、そろそろ警戒を解いてくれると嬉しいんだけど?」
俺は手に持った刀をゆっくりと地面に置く。真白はいつの間にか俺の背中に上がってきていた。
「それでかまわない。こっちはなんて呼べばいい?」
「綾女と呼んでくれると嬉しいわ。」
「わかった。綾女は俺達をどうするつもりなんだ?」
この質問の返答次第では即戦闘になるのを覚悟しなければいけない。一度は刀を置いたが、それは十分手が届く範囲に、だ。
「別に?私の家に来てほしいだけよ?」
「…なんで来てほしいんだ?」
再度質問をする。俺の腕は恐怖で震えていた。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。真白だけはなんとしても守らなければならない。
「簡単よ。あなた達が気になったから。それだけよ。」
「綾女の家に行っても俺達を…真白を攻撃しないか?」
俺は一番重要な質問をぶつける。
「子供相手に手をあげるようなことはしないわよ。約束してあげる。」
俺は少し間を置き真白に聞く。いや、選択肢なんか最初から一つしかないのだが。確認のために一応だ。
「真白、それでいいか?」
真白は少し遅れてコクリと頷いた。
「決まりね。さあ、二人ともクイちゃんに乗って。」
俺は真白を背負ったままリュウグイヘビトンボと綾女に近づいていく。綾女が先に乗り込み、手を差し伸べてくる。
「掴まって。」
「…ありがとう。助かる。」
そう言って手を取り、俺達もリュウグイヘビトンボの背に乗る。
「どういたしまして。さあ、行くわよ。私にしかっり掴まって。」
俺は落とされないように綾女の腕に掴まる。リュウグイヘビトンボは無数の羽を羽ばたかせ、空を飛んでいく。
「うわあああああああ!!」
ブウウウウウウンという羽音が鳴り響く。俺は怖くて必死に綾女の体に掴まる。真白と一緒に飛んだときは全然怖くなかったのに、今は死ぬほど怖かった。
「やっぱりまだ子供ね。大丈夫よ。すぐに着くから。」
飛んでいる間、俺はほとんど目を開けることができなかった。
読んでいただきありがとうございました。




