母の過ち
彼女の妊娠が分かった後、僕の母親が彼女にお守りを送ってくれた。お守りといえば首から下げたり、日本だと神社で売られている形体が一般的だが、邪は足元から入ってくる。
どこから入ってくるかというと、左足からだ。そのため、母からのお守りは左の足首につけるようにと言われた。
僕が作ったわけではないから具体的にどういった守りかはわからないが、彼女には僕がつけた守りがすでにあって、きっとその力を高めてくれる守りには違いないだろう。
僕がつけた守りは母のように身につけるものではなく、両足の裏に分かりやすく言えば、
“まじない”を焼付け、右足の裏が痛むときは自分自身を守っているとき。左足の裏が痛むときは何者かが悪い目を向けているとき。と彼女自身が感じるようにしてある。
彼女に母からのお守りを渡したときに母の持つ力のことを聞かれた。
僕の母も普通の人間として産まれ、普通の人間として生活していた。もちろん、なんの力も持たなかった。ところが父と出会い黒魔術を使って結婚し、鬼の子(兄)を産み、僕らの異変に気づくまで黒魔術を使い続けていた。
だが、僕らが四歳のときを境に代々受け継がれた黒魔術は一冊の書物と共に祖父の手によって封印され、二度と使うことはできなくなった。
祖父が亡くなった今となっては誰ひとりとしてその書物の在りかはわからないが、一度興味本位で兄貴が力を使って探してみたことがあった。とても強烈な封印がかけてあるため、やはり探し出すことはできずに終わった。
あの書物を使えばこの世のだいたいのことは自分の意のままに操ることができるといっても過言ではないのだが、その代償はあまりに大きい。僕の人生がいい例だ・・・。やはり、そんな危険な物はこのまま封印されたまま隠されているのが一番ベストなのだろう。
黒魔術の本当の恐ろしさを知ったところで、どんなに悔いても全ては遅い。そこで母は自らが犯した罪の重さを受け入れ、やがて死が訪れるとき、少しでも許しを得るためにこれ以上罪を犯すまいと努めて生きてきた。
もちろん今現在もその想いは揺るぎない。しかし、受け入れなければならないのは罪の重さだけではない。僕らを腹に宿した時点で力の影響をモロに受けていたため、普通の人間とは少し違ってしまうことになった。
とは言ってもなにか特別な力を持ったわけではない。霊の声が聞こえたり、強い霊の場合、姿が見えるようになったりと霊感が強くなったことと、勘がよく働くようになった。それに、まじないが使えること。その程度だ。
だからこそ母は未だに息子の身体に二人がいることを知らない。遠く離れて暮らしているせいもあるだろうが、まったく気付く様子はない。いずれは話すつもりではいるが初めはまず信じないだろう。なんせガキの頃の異変がおさまった時点で全て終わったと思い込んでいる。僕や兄貴もへたに心配かけさせてはいけないと、鬼に関することを母に話さないようにしてきていた。
彼女は母になぜ全てを話さないのかと言った。どれだけ大変なことをしたのかを知るべきと・・・。
母を恨まないのかとも聞かれた。正直恨んだこともあった。普通の人間には計り知れない苦しみの中に僕たちはずっといる。父と母が鬼と契約を交わさなければこんなことにはならなかった。今まで何度もそう思った。しかし、親を憎み続けることはできなかった。憎む以上の愛情があったから。
だから僕はこの先も僕と兄貴二人の存在は認めてはもらいたいが、今までの苦労の全てを母に話すつもりはない。今更話したところで僕と兄貴は何も変わらない。母を余計に苦しめるだけだ。
起きてしまったことを恨むより、これからどう解決していくのかに時間をかけたほうが賢明だと僕は思う。なぜなら僕と兄貴は他の頭とは違う。完全な頭は決してその運命から逃れることはできないが、鬼がこの世の世界に来るためのドアとして創られた僕たちは完全な頭ではない。
不自然な僕たちだからこそ見えるほんの小さな出口を必死で探し続け、今ようやく見えかけてきたところだ。今が一番苦しいのか、これからもっと大きな苦しみが待っているのか、それはわからない。だが、やれるところまでやってみようと思う。ここで諦めたら本当に何もかも終わってしまうのだから。




