嘘
人間には人生を歩む道が存在している。
それは一本道ではなく何股にも分かれている。人はそれぞれ自ら選んだ道を歩き、選んだ道の先にはまた道が広がっている。
しかし僕と彼女に道はない。二人でひとつの命である以上、お互いに半分生きているが半分は死んでいる。
彼女にも僕が命を分けるまでは人生の道があった。しかし彼女は二十四で死ぬ道を自ら選んで歩んできた。今現在、彼女がこの世に存在していること自体が不自然なことなのだ。
そんな半透明な彼女と僕が歩むのは己で作った道しかない。しかし今のままの彼女では僕たちは確実に破滅へと向かうだろう。そして、今のままの僕ではとんでもない苦労が彼女を襲うだろう。
僕が一番望んでいることは七つの鬼の頭から外れ、普通の人間として普通の幸せを得ることだ。そのためには、やはり天使の子供が絶対に必要だった。
前述にも書いた通り、普通の人間に天使を産むことは絶対にできない。まして彼女は運命に逆らってこの世に存在している人間。普通の子供すら授かることはできない。死人に子供を産むことは無理な話なのだから。
では、どうやって彼女に天使を産ませるのか?こう言っては何だが前の彼女との失敗で得たことは大きく、元々白い人間ではなく黒寄りの人間が白い人間になれたときに産むことができるということがわかった。すなわち彼女が白い人間になれれば授かることができるということだ。
しかし、白いものを染めることは簡単だが、黒いものを白にすることほど難しいことはない。ここからが本当に僕を悩ますことになる。
彼女はとにかく口が達者な女で、よく嘘をついた。初めは彼女のことを信じていた僕だったが、度重なる嘘にとうとう信用できなくなっていった。
彼女がつく嘘とは一体どんなことか。
僕と彼女はお互いの携帯から異性のメモリーを全て消去したのだが、彼女はメモをとり隠し持っていた。他にも、昔の男に関わる物を全て処分したと言っていたにもかかわらず、まったく処分していなかったり、家にいると言いつつ友人と遊んでいたり、とにかく本当にありとあらゆる嘘をついてくれたのだ。
それに彼女は嘘だけでなく内緒事もよくした。彼女は当時美容師をしていたのだが、男性客から遊びに誘われたことなどを僕に黙っていた。これを読んで
「遊びに行ってないんだから別に絶対言わなきゃいけないなんてことはないんじゃない?」
と感じた人は結構いると思う。実際彼女も僕に黙っていたのは、喧嘩の元になりそうなら知らなくていいこともあると思ったからだそうだ。
だが、そもそも“知らなくていいこと”をしなければいいのではないだろうか。遊びに誘われたことも隠すから怪しくなるのだ。
例えば「今日はお昼に昨日の残り物を食べた」と言って実は寿司を食べたとする。五万円のバッグを五千円で買ったと言う。この嘘はささいなことであって罪にはならないだろうか?
では、家族に内緒で金融業者に借金をしていたらどうだろう?妻に隠れて浮気をしていたらどうだろうか?飯やバッグの話とは嘘の度合いが違うから罪の大きさも変わってくるのだろうか?
そう感じるのならば、それは大きな間違いだ。どんな嘘も嘘に変わりがない。たとえそれがほんの少しの小さな嘘であったとしても、つかれた方にしてみれば(この人は平気で嘘がつける人なんだ)と感じてしまう。そして、また嘘をついているのではないかという疑心感を常に抱いてしまうことになる。
そもそも嘘つきな人間に強い人間などいない。イコール白の人間は嘘などつかない。
彼女も同様で、ほんのささいな嘘で自分だけを守ろうとしていた。どんなに正そうとしても変わることはなかった。それだけ彼女は弱すぎる人間だったのだ。世の中に流され、本当に正しいことが何かを完全に見失っていた。
そんな彼女に対し、僕は序々に愛想を尽かし始めていった。
嘘や内緒事がばれる度、彼女に上手く言いくるめられ、今度こそ信じてみようかという気になるとまたやる。その繰り返しだった。
僕は今が全てを話すときだと感じた。すべてを話すことで彼女自身が今の自分を本気で変えたいと思うのならばもう少し待ってみようと思った。逆に、こんな僕が嫌で自分自身の背負っている運命を受け入れることができないというならば、今後どうなろうともそこで僕たちは終わりだ。
僕は彼女を車に乗せ、車中で話すことにした。面と向かって話す勇気がなかったからだ。
彼女は黙って僕の話を聞いていた。僕の正体から前の彼女との間にできた天使の子のこと。さらに、この先いくら子供を望んだとしても授かることは不可能だということ。
どうしても子供を望むのならば今の自分自身を変え、天使の子供を授かるほかないということ。いずれ彼女が知らなくてはいけないことを一気に話した。
中でも彼女が一番反応したのはやはり子供のことで、他はあまり頭に入っていない様子だった。
そして彼女が出した結論は、僕に対する気持ちに変わりはない、天使の子供が授かれるようにがんばるということだった。
正直何も変わる気配のない彼女に僕は疲れていた。しかし、今ほんの少しだとしても彼女自身本気で「変わりたい」と思っているのは確かに感じれる。もう少しがんばってみることにしよう。僕の努力が無駄にならないことを願って。




