覚醒
“ガッ!”
・・・・・・ここはどこだ?消毒の臭い、薄汚い天井。「痛っ!」頭が痛い。一体なにが起きたんだ?
とりあえず辺りを見渡してみて、ここは病院なのだということは把握できた。だが後のことはまったくわからない。なぜ“僕が”ここにいるのかも・・・。
「先生!意識が戻られたようです。」
「ご気分はいかがですか?」
「・・・なぜ僕はここにいるんですか?」
「君は何者かに頭を殴られたようでね、倒れている君を通りかかった人が発見して、ここに運ばれたんだよ。」
確かに後頭部が割れそうに痛い・・・。
「なんせ発見されたのが早朝だったから夜間に襲われたのかもしれんな。君の勤め先の裏口で倒れていたそうだ。帰宅しようと外へ出た時にやられたんだろう。何か覚えてないのかい?」
「・・・・何も。僕は何の仕事をしているんですか?」
記憶のない俺に医者は名前と生年月日を尋ねた。
「殴られたショックで少し記憶がとんでいるのかもしれんな。きっと少しずつ思い出してくだろう。心配しなくていい。自分の名前と生年月日がわかっているんだ。大丈夫だ。」
そう言うと医者は病室から出て行った。
誰かに殴られたかどうかなんて僕にはどうだってよかった。問題はなぜ僕がこの世界にいるかだ。
二十六年目にしてついに出てこられた!この世に来ることなんて絶対にないと、そう思いこんでいた。きっと殴られた衝撃で偶然だかなんだかわからないが出てこられたんだろう。殴った奴にむしろ感謝したいぐらいだ。
そう、僕は“消されたはず”の双子の弟。僕の存在を知る者は誰一人いない。この身体にずっと入っていた兄貴ですら僕は消されていると思い続けているはずだ。鬼も兄貴にそう話していたし、現に僕はずっと隠されて眠らされていた。
だがやっと、やっと僕は出てこれたんだ。
だが一つ問題があった。僕には記憶がない。とりあえず記憶をもらう必要があった。
「兄貴、兄貴、僕だよ。わかるか?」
(お前は・・・・生きてたのか?)
僕の波長で兄弟だとすぐにわかったようだ。やはり兄貴は僕の存在を知らずにいた。なぜ鬼は僕の存在を隠していたのかは定かではないが、兄貴は僕の存在を知ることで一つの疑問が解けたという。
まだ身体にいた頃、頭で何か考えたときにどこからか返事がきたり、頭の中で“誰か“と会話できたりすることをずっと不思議に思っていたらしい。その会話の相手は僕だった。
それは子供の頃からのことで、自分に話しかけているようだったから返事をしてみた。そしたらまた返事がきた。それ以降、声が聞こえるたびに僕たちは会話をしてきていた。子供の頃からのことだったから兄貴にとってそれは不思議だけどこういうものなのだという感じに捉えていたようだった。
だが、今はお互いが入れ代わった状態にある。こうなった以上、兄貴も今までのこの世の生活の記憶を僕に移すほかなく、僕はどうにか記憶を持てたのだが、一年前から今現在の間の記憶がどうもおかしい。
僕が襲われた場所、すなわち現職場で兄貴が働いた覚えはないという。しかし兄貴の記憶の中にはそこで働いている姿が断片的にだが、なぜだか存在している。
それに兄貴はこの一年眠り続けていて、一度だってこの身体に戻れたことはない。そうなると一体誰がこの身体に入っていたのか・・・?
あくまで推測でしかないが、兄貴が眠りについた後、この身体を維持する為に鬼は僕を身体に入れていたのではないだろうか・・・?僕を起こすことなく、まるで操り人形のごとく動かしていたのではないだろうか?ところが暴行を受けた拍子に僕が目覚めてしまった・・・。
真実は未だ謎だが、そう考えるのが一番自然だった。仮に誰か他の魂が入っていたとすれば兄貴の記憶に残ることはないからだ。