08生産系最上位スキル
「まぁ待て、慌てるなサンプルA氏よ。《錬金術師》は素晴らしい魔力紋なのだぞ?」
そう言うと、ヒルカーは再び身を乗り出してきて魔力紋に顔を寄せたかと思ったら、今度はふっと顔を上げて急に真面目なトーンで語り始めた。
「帝国史よりもさらに昔の話になるが《錬金術師》だと思われるものが三名ほどいた。虹色の合金を生み出したドーヤキン。薬師の祖とも呼ばれているグラス。そして、火薬筒の改良を施したランデルだ」
全然聞いたことがない。
かろうじて分かるのは薬師の教本に名前が出ていたグラスくらいだ。
合金はなんとなくわかるが虹色の合金なんて知らないし、ランデルなんて人も聞いたことがない。
「特にランデルは《錬金術師》を自称していて、自身の魔力紋をスケッチした絵や《調合》した物のリストを残していたのだ。二百年も前の素晴らしい研究者だ」
「グラスはポーション作りの教本に出てくるからなんとなく知ってますけど、他二人は初めて聞く名前ですよ。有名な錬金術師だったんですか?」
「錬金術師としての活動が記録に残っているのはランデルのみだ。彼の残したリストの中には多色の合金やグラスしか作れなかった特殊なポーションもあるのだが、同じ魔力紋を持ったものがいないためにスキルの検証をしようがなかった…のだが!! そこにキミが登場したんだよサンプルA氏!」
「そのサンプルっていうのやめてもらえませんかね。アッシュって親からもらった名前があるんで…」
「それはすまなかったな、アッシュ氏。ランデルのスケッチと同じ魔力紋を持つキミは、大変に貴重で、重要な唯一のサンプルであるから、研究に協力してはくれまいか?」
「えぇと、それってつまりどういうことです? ランデルって人と同じ魔力紋だというのはなんとなくわかったんですけど…。仕事になるなら協力するのも構わないんですけど、結局のところ俺は、っていうか《錬金術師》は《調合》スキルしか使えないんですか?」
「さっきもそう言ったろう? キミは耳が悪いのか? それとも記憶に問題が?」
「いや、そうじゃなくて…。もっと他にもスキルが欲しくなって当然じゃないですか。ひとつしかスキルを覚えない魔力紋なんてありえないですよ」
「何を憂いているのだ? キミのように他のスキルをまったく覚えないという、不憫に見える奇特な魔力紋を持った者がごくまれに現れる。だが、それを悲観する必要は一切ないのだぞ?」
「そうは言っても…」
「その手の魔力紋が覚えるのは、大抵の場合、複合的な働きをする上位互換の優秀なスキルなのだから、むしろ喜ぶべきなのだ!」
「上位互換ですか」
「まぁ、平たく言うのならば『色んなスキルが一つになったすごいやばいやつ』と言ったところだな」
ヒルカーはきわめて真面目な表情をしている。
嘘や冗談ではないようだ。
「例えば《薬師》がポーションを作るためには《粉砕》《混合》《抽出》などの複数のスキルが必要なのに対して、上位の魔力紋である《医師》は《製薬》スキルのみでポーションを作ることができる。キミも《調合》のみでポーションを作れるのではないかな?」
他の人がどうやってポーションを作っているかなんて意識したことがなかったな。
今思い返して見れば、ポーションの教本にはそれぞれの工程でそれぞれに適したスキルを使うよう書かれていた気がする。
全部《調合》でやれてしまうから気にも留めてなかった。
「でも《医師》は《診察》や《治療》のスキルも使えるじゃないですか。錬金術師にはそういった《調合》以外のスキルはないんですか?」
「ランデルの残した記録には《調合》以外のことは記されていない。他のスキルを覚えるかも知れないし、覚えないかも知れない。たとえ覚えないとしても落ち込むことはない。ランデルの記録が確かならば、《錬金術師》はありとあらゆる物を生み出せる生産系魔力紋の頂点に君臨する、至高の魔力紋なのだからな!!」
ヒルカーの興奮したテンションにはいまひとつついていけなかったが、《調合》スキルがなんでもできるすごいスキルなのかもしれないということで、少しだけプライドが慰められたような気がした。
「《調合》スキルが複合的な要素を持つというのは理解できたかね? それではこの本を持っていきなさい。そしてこれはサンプルA氏…いや、アッシュ氏への指名依頼だ!」
押し付けるようにして二冊の調合書を持たされた。
ポーション作りの教本でもある薬師の調合書と火薬やろうそくなどの雑多なレシピが載せられた職人の調合書だった。
さらに追加で白紙の本も渡された。
合計で三冊。
「指名依頼って? この本で何をしろと?」
「この調合書に書かれているレシピを出来うる限り作製して、キミだけの新たな調合書を作り出してくれ! 1レシピ作るごとに銀貨100枚! 期限はなしだ! キミがアイテムを作れば作るほどランデルの記録との共通点が明らかとなり、《錬金術師》の研究がひとつひとつ前へと進む! グラスやドーヤキンとの共通点がわかれば更に研究が進む!! 心して取り掛かってくれ!」
依頼を受けるともなんとも言ってないのにヒルカーは高笑いをして去っていってしまった。
「期限なしって言ってたし、まぁいいか…」
調合書はありがたくもらっておくことにした。
新しい調合書を提出するかしないかはまた後日改めて考えよう。
「あ、あのう…」
ヒルカーが去った後に別の職員が声をかけてくる。
髪を三つ編みにしてまとめた気弱そうな子だった。
「うるさかったですよね。すいません」
「いえ、大丈夫ですよ。あの人が騒がしいのは有名ですから…。それより再鑑定をされたアッシュさんですよね? 本日《錬金術師》のスキルの説明をさせていただきます司書の…」
「えっ!? ちょっと待って、さっきの人が司書じゃないの!? えっ、怖っ!」
「お察しします。ちょっと勢いが怖いですよね、あの人。本当は魔導具の管理部の人で、とても優秀な方なんですよ。説明に使おうと思ったこの魔力紋の全集の編纂にも参加されてて知識が幅広くて…。これから説明するはずだったことも、だいたいのことはヒルカーさんが話してしまったのですけど、私の説明って…必要ですか?」
あぁ、なんか仕事奪われて凹んじゃってるじゃないか。
こういうときは必要ですって言っておいたほうがいいよな。
説明し忘れてることもあるかもしれないし…。
「もちろん聞かせてくださいよ。司書さんの説明をちゃんと聞いておきたいですから」
司書さんはほっと一息ついて安心してくれたようだ。
「ではこちらの席へどうぞ。《錬金術師》のスキルについてご説明いたしますね。先ほどヒルカーさんもおっしゃってましたが、《錬金術師》の魔力紋が力を発揮するのは《調合》スキルのみだと言われています。また《調合》スキルには二種類の説があって…」
司書さんの声が急に明るくなったのでこっちも妙に嬉しくなってしまった。
誰かに頼られるって嬉しいよな。
俺には《調合》スキルがあって、それは人の役に立つものだ。
《剣術》スキルがなくても剣技は磨ける。
今までスキル無しで戦ってきたんだ。
これからもやっていける。
「あのー、聞いてくれてますか?」
「あぁ、ごめんなさい。司書さんの声を聞いてたらモヤモヤ考えてたのがすっ飛んで、気分良くなってきちゃって…。今《調合》には二種類の説があるってとこでしたよね」
「ちゃんと聞いてくださいね? 二種類の説なんですけど…」
司書さんの話と全集に書かれた内容によれば《調合》スキルには、
・魔術の適正と同じく互いに干渉しあう『木・火・土・金・水』の五つの元素を操る説。
・物体を変化させる『乾湿、油水、気液、冷熱』の四つ状態を操る説。
の二種類があるようだ
「アッシュさんの天啓はどちらが正しいと言っていますか?」
「あぁ、なんだかどっちもわかるような気がします。両方とも間違いじゃないって直感が囁いてるので、五元素も四要素も両方絡みあってるんだと思います」
「なるほど…それは興味深い話ですね。ヒルカーさんなら実証実験をしたいといい出すところでしょうね」
「できれば遠慮したいところですね」
あの人に直接来られたらダメと言えない圧力で押し切られそうだからなぁ。
「それでは調合書の方に記述しておいて後で報告する、という形にしておいたほうがいいかも知れませんね。アッシュさんの経験や気が付いたことが後々の研究の資料になりますので、今後も何か天啓の囁きがあれば逐一メモをしていだければと思います」
「自分の経験が後になって誰かの役に立つかもしれないって考えるとなんだかワクワクしますね」
「えぇ、がんばってくださいね」
司書さんはふわりと笑って応援してくれた。
それから《調合》に使えそうな植物や鉱物の分布図が載っている素材本を探してもらって、この場を後にした。
「本の複製をお願いしたいんですけど…」
蔵書室を出る前にカウンターに寄って、ヒルカーから渡された調合書と司書さんに探してもらった植物と鉱物の素材本の複製を頼んだ。
「こっちの調合書は二冊とも複製品だからこのまま持ち出せるよ? 転写するのはこっちの持ち出し不可の素材本、二冊だけいいね?」
「調合書はあの人が複製してくれてたんですね。それじゃ素材の本だけでお願いします」
ヒルカーのくれた本は自腹で購入したもののようだった。
「変な人だったけど、もうちょっと信頼してあげてもよかったな…」
反省しつつ転写し終わるのを待つ。
ただ待っているのも暇なのでカウンターで作業している職員に転写スキルのコツを聞いてみると、スキルの使用感を言葉にするのは難しいよ、と苦笑されてしまった。
「インクの乗っている部分は魔力の通りが微妙に違うので、それを感知してモヤモヤっと魔力で覆って型を作って、インクを吸い取って…こうやってシュバッと!」
説明の後半部分は完全に感覚的すぎて面白かった。
こういう言語化しにくい技術をスキルなしで覚えるためには、何度も何度も繰り返して経験値を貯めていかないとダメなんだろうな。
「はいよ、出来上がり。2,000ゼニー、棒銀貨二枚ね」
「本当に一冊を複製するのに棒銀貨一本でいいの? 紙の値段込みだよね?」
「転写はギルド員価格で割り引いてるけど、紙はどこも似たような値段じゃないかな?」
二・三日分の食費で本が買えてしまう帝国の進歩に驚いてしまった。
話のお礼をしつつ支払いを済ませて冒険者ギルドを出ると、もう日が暮れ始めていた。
中央市も夜遅くまで営業する店が多いわけじゃないみたいだけど、それでも活気はある方だと思う。
大通りに面した店のランプの灯がとても明るくて夜道でも歩けそうだった。
「ギルドでおすすめされた宿ってどんなとこかな? 宿代が安い気がするけど、大丈夫かなぁ。ボア肉が美味いって話だけど…」
俺は小走りで宿屋に向かったのだが、心配する必要はなかった。
十室以上ある立派な宿で食堂も広く清潔そうだった。
「すみません。今日と明日、泊まりたいんですけど…。食事付きで」
「朝夜の食事付きで2,000ゼニーだよ。はい、ごゆっくり~」
鍵を受け取って部屋を確かめたらすぐに食堂に降りた。
アイテムボックスがある俺は荷物の整理なんて特に必要ないからな。
「さてと冒険者ギルドおすすめの宿の食事はどんなものかな。おおっ、これは期待できるな!」
俺の前に出て来た料理はかなり豪華な物だった。
まずはスープだが野菜がたっぷり入っているし、肉もよく煮込んである。
この辺りの名物のレッドボアを丸ごと使った煮込みらしく、肉の旨味が染み出しているのだ。
「パンと一緒に食うとやばいな。肉のエキスが染みて美味すぎる…」
パンにはチーズを乗せて焼いたものがついてきたが、これと一緒に煮込みの肉を食べるとたまらなく美味かった。
さらにボア肉を一口サイズに切り揃えたカットステーキも付いている。
酸味の強い果実のソースがかけられていて、これがまた食欲を刺激した。
煮込みとステーキで二食分出されたのかと勘違いしたが、店員に聞いてみるとどうやらこれがこの宿の通常料理らしい。
「朝はスープとパンだけだから。そんなに期待しないでね」
店員も明るい対応をしてくれていい宿だ。
最後にお茶を飲みつつデザートにリンゴのような果物を食べて大満足。
「この店、かなりいいんじゃないか? ここを拠点にしてしばらく滞在したいくらいだ」
満腹になって幸せな気分に浸りながら、冒険者として依頼を受けるときはこの宿を使おうと心に決めた。
「明日はちょっと探索エリアに入って薬草やハチミツを探そうかな。あぁ、やっぱり先に剣を見ておきたいな。調合書のリストにも目を通しておきたいし…」
ベッドでやりたいことを考えていたらいつの間にか寝落ちてしまっていた。
次の日の朝。
俺は早速朝食を食べに一階の酒場に降りていった。
食堂に入ると妙に浮いている客がいて気になった。
宿の雰囲気とはまるで違う、社交界にいるような女がカウンター席に座っていたのだ。
その女が俺を見て席を立った。
「朝一からここに来て待ってたのよ。ユニークスキル持ちのアッシュ・グレイソン」
立ち振る舞いに隙が見えない。
ただのお嬢様ではなさそうだった。