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07合縁奇縁



「おやっさんって本当は帝国のお偉いさんだったりしない? 前皇帝の参謀だったとか、領主直属の執行官だとか」


 ミツカ村ですれ違う人たちがみんなグラージオに声をかけていく。

 何なんだこの人は。


「はっはっはっ。そんな大層なもんじゃないさ。この村では顔が利くというだけじゃ。中央市の商業ギルドでは役員をやっておったこともあるが、まぁその程度じゃよ」


 貴族というわけではないがかなり大きな商店のご隠居というのは間違いないらしい。

 中央市にあるという食料品店はどんだけ儲かっているんだろう…。


「そういえば交易都市に野菜を運んでいた時、どうしてアイテムポーチを使ってなかったんですか? ポーチに入れたらもっと積めたんじゃないですか? 帰りの荷物は羊だったから、ポーチに入れられないのはわかるんですけど…」


「ハハハ、野菜を運ぶのにポーチを使わないのが不思議に見えたか?」


 俺の問いかけにグラージオは嬉しそうに笑って答えた。


「ポーチを使わない一番の理由は味の変質じゃな。ナマモノをポーチに入れると水分が出てしまったり、食感が固くなったり、苦味が増したりすることがよくあるんじゃが、特に葉物野菜はその影響が出やすいんじゃ」


「あぁ、なるほど。いつもみんなが持ち歩いてる薬草が苦いなって感じてたのもポーチが原因だったのかぁ」


「お前さんの出してくれたポーションはかなり新鮮な素材で作ったんじゃろう? 青臭さも苦さもほとんど感じられないスッキリとした味わいじゃったよ」


 あのときのポーションは飛竜の巣で素材を採ってすぐに調合したから、新鮮さはピカイチだったろうな。


「乾燥させた薬草でポーションを作るほうが魔力量の調整も楽ですからね。俺もあんな風に追い込まれてなかったら生の薬草でポーションを作ろうなんて思わなかったですよ」


 ポーションの味なんて気にもしなかったな。

 飲めないほど苦いってわけでもないし…。


「逆に水分が抜けることで価値が上がるものもある。穀物や薪などじゃな。アイテムポーチができて一番儲かったのが薪業者という説もあるほどじゃ」


 俺のユニークスキルであるアイテムボックスでは中に入れた物の水分が抜けたりするのを見たことがないから、魔導具のアイテムポーチには特有の作用があるんだろうな…。

 

「保冷、保温、そして保湿ができるポーチが安価になるまでは、こうして保冷機能付きの荷車で運び続けようと思っておるよ。少々高くついても美味いほうが良いと、喜んでくれるお客様もおるでな。さっきの門番の男もうちの高級フルーツのファンじゃし、うちの馬丁も新鮮野菜を与えると馬たちの食いつきがいいと言っておるでな」


 馬小屋からグラージオと同じ歳ごろのご老人が顔をだす。


「おやおや、お早いお帰りですなぁ、会長。何か問題でもあったかね?」


「荷物には何の問題もなしじゃ。今日は一人、活きの良いやつを拾ってな。それで急ぎ帰ってきたんじゃ。まずはこの子羊たちを牧場に回してやってくれ」


「おぉ、よしよし、いい毛並みの子たちばかりだ。そちらの御仁も会長が直接引き抜いて来られたんですかな? ふむ、いい体つきだ。冒険者の方ですなぁ」


 馬丁のご老人は棒一本でたくみに羊たちを操りながら俺の手を握ってきた。

 力強い握手だった。


「薬草作りを手伝うことになったアッシュ・グレイソンです。どうぞよろしく」


「わしはデュカリだ。そこの大会長様のお馬番をしている、ただの爺さんだ。会長の手伝いをよろしく頼んだよ」


「何がただの馬番の爺さんじゃい。兄さんがこの村の村長じゃろうが」


「兄弟!? あぁ、確かに目鼻立ちが似てる」


 村のまとめ役なら顔が利いて当たり前だな。

 食料品店にこの村で取れたものを売りに出してるってことかな。


「それではアッシュ君、ワシはここで荷物や書類の整理をせんといかんから、お前さんはは冒険者ギルドに行って登録と魔力紋の鑑定をしてくるといいじゃろう。それから登録のついでに二・三日ほど中央市の観光でもしてきたらどうじゃ?」


 そう言うとグラージオは結構な量の棒銀貨を渡してきた。

 何かの買い出しを頼まれるのかと思ったが、これは俺へのご祝儀だと言う。


「えっと、こんなにいいんですか? まだ何も仕事してないのに?」


「先行投資、必要経費じゃ。中央市での登録や再鑑定はすぐ終わるじゃろうが、村への馬車は朝出発のものしかないからのう。どうせ泊まるなら観光もしたくはないかのう?」


 袋の中には二食付きの宿でもひと月ほど暮らせてしまう額が入っている。

 二・三日の観光で使い切る額ではない。


「それにしたって多くないですか?」


「お前さんに気持ちよく働いてもらうための投資じゃよ。多すぎると思うなら、その銭を使ってポーションを樽で納品しちゃくれんかの。価格はギルドの販売価格と同程度で買い取ろう。ハチミツ酒のボトルも一緒に納品してくれたら、追加でボーナスも支払おう。そうための資金だと思うのはどうじゃな?」


「その契約乗りました。ハチミツ酒も期待してていいですよ」


 俺はポーションとハチミツ酒を納品すると約束して、手付金として多すぎるお金をもらうことにした。

 樽単位の薬草を手に入れるのもそんなに難しいことじゃない。

 それでもやっぱり報酬が多すぎるような気がするから、なるべく質のいいポーションを作って納品することにしよう。


「こんな大金いいのかな。樽とか必要なものを買うにしてもめちゃくちゃ余るよな。観光もしたついでに量産型の剣あたりも買えちゃうよな…」



 期待と不安を抱えながら馬車に揺られて、俺は中央市へと向かった。

 昼食を食べた後の出発だったが日が落ちる前には到着するだろう。

 やるべきこと、やりたいことで頭がいっぱいだった。

 嫌なことがあって逃げてきたなんてすっかり忘れてしまうほどだ。

 長い時間馬車に揺られていたが、ずっと興奮していてワクワクが抑えられなかった。


「やばい、緊張してきたな」


 馬車から降りるとまだ体が揺れているようで足が震えた。

 凝り固まってしまった体を大きく伸びをしてほぐす。

 昼食を取ってからだいぶ経っているので少しお腹が減っているが、先に登録を済ませてしまおう。

 中央市を楽しむのはそれからだ。


「知らない街で一からの出直しだ。気合入れていくぞ」


 大きく深呼吸して胸を叩いて気合を入れ直してから、冒険者ギルドに足を踏み入れた。


「王国のギルドと雰囲気は変わらないんだな」


 酒場のような広いフロアに依頼を張り出した掲示板。

 仮りの事務所だというが書類や備品を置きっぱなしにしてる様子もなくきれいに整っていた。


「ようこそ冒険者ギルド、中央市ハガタノーツ支部へ。依頼を出したい場合はこちらの窓口を、依頼を受けたい場合にはあちらの奥の窓口をご利用ください」


 制服を着たギルド職員のひとりが気さくに声をかけてくれた。


「新規登録と魔力紋の再鑑定をお願いしたいんですけど…」


「登録もこちらの窓口でお伺いしております。ではどうぞ」


 帝国式の冒険者ギルドと言ってもやることは王国のギルドと変わらない。

 一番の違いは事務仕事が組織化されていて、とにかく処理が早いことだろうか。

 名前や所持スキルなどを書類に書いて、血と魔力を転送石に登録する。

 銀貨を数枚支払って、窓口の指示に従っているだけで冒険者登録がすぐに終わった。


「えっ? もう終わりですか?」


「はい。こちらがアッシュさまの登録証になります。魔力紋の再鑑定の準備も出来ておりますので、あちらの奥の部屋へどうぞ」


 金属のプレートを受け取り、そのまま待ち時間もなく鑑定の部屋へと案内された。


「では、こちらに手をかざして、魔力を流してお待ち下さい」


 魔力紋の鑑定もあっさりとしたものだった。

 流れ作業すぎて理解が追いつかなかった。

 職員の言われるがままに動くだけ。

 磨かれた水晶玉で作った魔導具に手のひらを乗せて魔力を込めることしかしていない。

 水晶が光りを放ち、俺に適正のある魔力紋が映し出される。


「アッシュさまの適正の中で一番強い反応が出たのは、現在の紋様と同じ図柄ですね。これはえぇと…はい、ありました。《錬金術師》の魔力紋のようですね。続けて適正のある魔力紋は薬師、細工師…」


「えっと、錬金術師? 今、錬金術師って言いました?」


 王国では正体不明だったレアな魔力紋が、あっさり判明して軽く流されそうになった。

 あまりの軽さに俺は二度見ならぬ二度聞きをしてしまった。


「これってレアな魔力紋じゃないんですか?」


「そうですね。大変珍しい魔力紋だと思われます。冒険者ギルドの登録記録によれば過去二百年は現れていないようですね」


「二百年って旧帝国時代じゃないですか。やっぱりまともな記録ってないんですか? スキルは…戦闘系のスキルは覚えられるんでしょうか?」


「錬金術師の詳細については、二階の蔵書室にて司書にお尋ねください」


 職員による組織化された流れ作業はここまでのようだ。

 さすがに二階へ行って詳しく調べるのは司書に聞いてくれ、という感じらしい。

 頭がおいついてこない。

 俺の魔力紋は《錬金術師》らしい。

 錬金術師ってなんだろう…。

 術師って言ってるのに《調合》しか使えないのはおかしいよな?

 魔術師系だったりするのかな?


 俺はそろそろ日暮れだというのにまだまだ賑わっているフロアを横目にしながら、二階の蔵書室へ向かった。


「正体不明だった俺の魔力紋の詳細がやっとわかるのか。とりあえずは一歩前進だ。レアなのは間違いないようだし、新しいスキルのヒントとかあったりしないかな…」


 ひとりニヤニヤしていた俺に職員の一人が声をかけてきた。


「待ちたまえサンプルA氏!」


 俺は蔵書室に入ったところで後ろから呼び止められた。

 ボサボサの髪で何日も体を洗っていないような酸っぱい臭いがする男だ。

 制服を着ているから冒険者ギルドの職員なのだとは思うが…。


「やぁやぁはじめまして。私は魔力紋の研究員ドクトル・ヒルカー。キミが魔力紋の再鑑定をして《錬金術師》の判定を受けたというサンプルA氏で間違いないな?」


「サンプルA?」


「帝国冒険者ギルドにおける《錬金術師》の登録者第一号ということだ。さぁ、キミの魔力紋を私に見せてくれたまえ!」


 静かな蔵書室で大声を出す浮浪者のような職員にちょっと引いた。

 不審者すぎるのに誰も気にも留めていない。

 こちらに視線を向けるものもいたが、すぐに視線を本に戻していた。

 ここではいつものことなのか…?


「どうしたのだ? そう身構えることはない。私はキミの魔力紋を解析したいだけだ」


「いえ、ちょっとテンションと臭いに戸惑っただけです。あの…失礼かも知れないですけど、このニオイ消し使ってもらえますか…? あともう少し静かに…」


「静かにするのは難しいな。未知のものに光を当てるチャンスが目の前にあるのだぞ? 興奮が抑えられようはずもない! ふむ、これがニオイ消しかね? もしやキミが錬金術で作ったのか? こんな貴重なサンプルを使ってしまうのはもったいないな。あとでもう一杯、タダで渡すから今すぐに使ってくれ? ならば仕方ない。使うとしよう! それでは、魔力紋を見せてもらえるかな」


 ヒルカーと名乗った職員のお喋りは止まることなく続いた。

 ニオイ消しをかけてくれたので臭さは気にならなくなったが、俺の手の甲に浮かび上がる魔力紋を舐めるように見つめてくる。

 ちょっと距離がおかしい。


「おぉっ、これは…。たしかにあのスケッチと同じ魔力紋だ。素晴らしい!」


「あのう…錬金術師がどんなスキルが使えるようになるのか知りたいんですけど…?」


「ふむ、その答えは簡単だ。《錬金術師》は《調合》スキルしか使えん」


「え?」


「聞こえなかったかね? 私は《錬金術師》は《調合》スキルしか使えんと、そう言ったのだ」


 ヒルカーの言っていることがさっぱりわからなかった。

 いや、理解したくなかった。

 俺はただ《錬金術師》がどんなスキルを覚えるのか、特に戦闘に使えるスキルを覚えるのかどうか、そういう話を聞きたかったのに…。



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