06†クラン火竜の牙
《火竜の牙》新人歓迎会にて。(新人視点)
「さぁ、新人諸君。《火竜の牙》のクランハウスへようこそ。今日からお前たちもこのクランハウスで暮らす、A級クランの一員だ。オレみたいに派手に稼いで派手に使えるようになりたきゃ、おおいに飲んで食って体を内側からも鍛えろよな! さぁ騒げ! 今日は全部オレ様の奢りだ!!」
「感謝しな。お前たちのために新酒を樽で用意してやったんだからね!」
「御託はいい。さっさと飲むぞ! ほら、乾杯だ、乾杯ッ!」
クランハウスの食堂で樽酒の栓を開けて盛大な歓迎会が始まった。
料理は近くの酒場からわざわざ運ばせたという贅沢っぷりだ。
「それじゃあ改めてA級昇格と新人の加入を祝って、乾杯だオラッ!!」
中央で乾杯の音頭を取っている彼らが《火竜の牙》の古参メンバー。
突き刺し槍のゲイリー、壊し屋ディクシー、そして鉄壁のグラップだ。
新人にハメを外させて緊張感を取り除かせるための歓迎会だと思ったけど、完全にこいつらが飲みたいだけの会だってことがわかった。
なんで全員に酒を配り終わる前に飲み始めてるのよ。
こっちは乾杯するビアマグすら来てないわよ。
「どうした、お前も飲んでいいんだぞ。パーティーの盾役を担うならこれくらいの酒は軽く飲み干せるようにならないといかんぞ」
「オレ様の奢りなんだからありがたく飲めよな。お前はいい女だから他の奴らの倍は飲んでいいぜ。いや、盾役のご祝儀もあるからもう一杯、そして回復役のご祝儀でさらにもう一杯。他のやつの三倍は飲んでいいからな!」
それを言うなら四倍でしょ。
まったく、どういう理屈なのかさっぱりわからないわ。
それとも三杯多くって言いたかったの?
まさか…ねぇ?
「アンタ、メインパーティーに入れるからって調子に乗るんじゃないわよ? あたしのものに手を出したら許さないからね?」
「何のことを言いたいのかよくわからないけど、私は人のものを欲しがるほど卑しくないから安心していいわ。それでも心配なら名前を書いておけばいいんじゃない?」
この女もどうかしてる。
リーダーにべったりでいちいち牽制をいれてくる。
欲求不満なら肉でも食ってなさいよ。
肉をメインに塩分や糖分の強そうなものだけ集めて取り分けて押し付けてやった。
「そうだぜディクシー。お前の欲しいものは全部オレが手に入れてやるからな。ヒーラーだってお前が一番欲しがってたじゃねぇか。仲良くしてくれよ」
「あたしは女が来るって聞いてなかったし…」
酒を酌み交わしながら二人の世界に入っていく。
新人歓迎会で何やってんのよ。
新人が置いてきぼりよ。
「そういうのは個室でやってよね…。あんたたちも何か言ってやったらどうなの?」
心配して《火竜の牙》に新しく入った同期の他三人を見たが、嬉しそうに肉を食べて酒を飲んでゲラゲラと笑っていた。
「嘘でしょ…」
馴染めてない私のほうがおかしいの?
「聖騎士の…キミなんて名前だったかな? まぁとにかく頑張ってくれたまえよ。前にいた盾役の男は僕の射線に入ってきてすごい邪魔だったからね。キミは気持ちよく撃たせてくれるよね?」
キザったらしい弓使いの男がぐちぐちと前のメンバーについて語っている。
悪い酔い方だ。
酔っ払いの愚痴なんて聞きたくないし、酒が入ってるやつと仕事の話もしたくない。
「私のことは盾子で十分よ、弓男さん。私も色んな人と組んでA級まで来たの。誰とでも安定して合わせられるから、私が邪魔になることなんてないわよ」
「盾子に弓男か…。フフッ、それはわかりやすくていいね」
ダメだわこいつ。
皮肉が通じてない。
名前を覚えたくもないって直接言ってやったほうがよかったわね。
「それじゃ俺は盾男か? フゥム、それも悪くないな。鉄壁の盾男グラップ。なかなかいいじゃないか」
盾男はご自慢の筋肉を見せつけながら酒を水のように飲み下している。
酒にも自分にも酔っているんだろう。
酒臭い息を吐きながら新人たちにももっと飲めと囃し立てていた。
「勘弁してよ…」
気分が悪くなってきた。
本契約を交わす前でよかったわ。
生理的に無理だもの。
仮契約の期間が終わったらこんなやつらとはお別れよ。
速攻で契約解除だわ。
「まったく…ユニークスキル持ちがいるって聞いたから入ったのに」
「……あの変態は逃げたわ」
ローブを着た女がボソボソとつぶやく。
端の方の席に座って鬱々とした雰囲気をまとっていたから、触れないようにしていたのに向こうから話しかけられてしまった。
《火竜の牙》から抜けた人の噂を昨日聞いたばかりだ。
空間収納のユニークスキル持ちにクランの金を持ち逃げされたって話。
さらにパーティーメンバーに無理やり手を出したとか、下着泥棒をしたとか、借金を踏み倒したとか、酒場やギルドの備品を壊したなんていう話まであった。
よくそんな相手と長年やって来れたわね。
「オレらは騙されたんだよ。いつもヘラヘラ笑ってごまかしていやがったんだ。クランの金を持ち逃げしやがって、ホントふざけんなよなぁ。あんなやつ、どっかで野垂れ死んでりゃあいいんだ」
「あんな酒癖の悪いセクハラどケチ男はいなくなって正解さ。手を出されたのだって、この子だけじゃないしね。あたしにも…言わなきゃバレない、酒も男も色んな味を知りたいだろって迫ってきやがってさ!」
「何よそれ、最低ね」
世の中にはおかしなやつがいるもんだわ。
アイテムボックス持ちなんてそうそういないはずなんだけどな。
私の探してた人とは違うみたい。
「死んだやつの話はもうやめだ。気持ちよく酒を飲もうではないか!」
「いいえ、私はもう休むわ。明日は早めの時間に起きて、ポーションの準備とかしておきたいし…」
「つれないことを言わずにもっと飲んでいこうではないか。ポーションならクランの倉庫にも残っているから心配するな」
そういうことじゃないのよ…。
あんたたちとは飲んでられないから、もう休みたいだけよ。
「装備の点検とかもあるから…。みんなもほどほどにね。明日にはもう新パーティーでの初探索をするんでしょ」
「二日酔いだってポーションで治せばいーんだよ。なぁ、お前ら、このまま朝まで飲めるよなぁ?」
「おぅよ!」
飲み干したビアマグをテーブルに叩きつけて、盗賊みたいな下品な笑い方をして盛り上がっていた。
私はそのまま部屋へ帰ったけど、彼らは本当に朝まで飲み続けていた。
「あんな安酒を飲み続けたら絶対に翌日まで酔いが残るわよ。バカじゃないの」
あまりにもうるさいから枕の綿を少し取り出して耳に詰めて眠った。
翌日。
思ったとおり全員が二日酔いでダウンしていた。
いびきをかいて寝ている鈍器女、便器に抱きつきながら呻いている筋肉質の盾男、壁を蹴飛ばしたまま足がはまっているリーダーの槍男。
新人たちも似たような惨状だ。
とにかくひどい有様だった。
「やべぇ…。体がだりぃな。さすがに飲みすぎたかぁ?」
私がポーションの買い出しなどを終えて帰ってきた昼頃になって、ようやくクランメンバーが起き始めた。
「いつもはこんな酔わないのだがな。かっこ悪いところを見せてしまったな」
「新人がいたからハリキリすぎたねぇ」
あれだけ飲んだら誰だって潰れるわよ。
この様子じゃ今日の探索は中止ね。
「なぁ、オイ。毒消しはどこだ。もう昼だろ。探索に出て派手に稼がねぇとな」
「今日は中止にしたほうがいいわよ。そんなんじゃまともに剣も振れないでしょ」
倉庫に向かった槍男はフラフラとよろめいてあちこちに体をぶつけていた。
「まぁ、待ってろって。毒消し一発で回復すっからよ」
そんな便利な毒消しがあったら、酔って殴り合う人間がもっと減ってるわよ。
地下の倉庫から派手に転んだ音が聞こえてくる。
「痛ってぇな。誰だよこんなとこに皮だの牙だの置いたやつは! なぁ、オイ、ポーションどこに置いたんだよ? 見当たらねぇぞ」
「ポーションなら全部キッチンに置いてあるぞ。いちいち下まで降りてられんからな」
「んだよ、そういうことは早く言えよな」
槍男は鼻血を出しながら戻ってきた。
一体、どんな転び方したのよ…。
「こっちがポーションで、こっちが毒消しだ。みんなも飲んでおくといいぞ」
筋肉盾男が青臭い毒消しポーションを配っている。
「私はいらないわよ」
私は二日酔いじゃないし、たとえ二日酔いでもあんな粘ついたポーションは飲みたくないわ。
「それじゃ初探索に向けてカンパーイ!」
「ウェーイ!」
まるで酒みたいに乾杯して全員が毒消しを飲み込んだ。
そして、全員が吐き出した。
「ぶぇっ! なんだこれ、苦っ、酸っぱっ、臭ぇえ!」
「なんなのこれ。本当に毒消し?!」
「…ダメ無理…戻しちゃうっ」
ローブ女がトイレに駆け込み昨日の晩に飲み食いしたもののほとんどを吐き出した。
他のメンバーもつられて戻しそうになっている。
「なんなのよもう…」
毒消しポーションの保管状態が悪くて腐ってしまっていたようだ。
「保冷効果のある樽でもないのにキッチンに置いてたの? 火のそばに? ただの樽なら涼しくて温度が一定している地下室に保管しておくものでしょ。意味がわからないわ…」
他のポーションも確かめてみると、どれも苦味が増していているようだ。
「ひどいわね」
これが本当にA級クランの姿なの?
「大丈夫だって。ポーションもハチミツ入れときゃ飲める範囲だろ。ほら、鼻血だって止まってるし回復するには問題ねぇよ」
他のアイテムや装備も確認をしたほうがいいと提案したが聞き入れられなかった。
血糊が付いたままの武器や防具。
メンテナンスしてるかどうかも怪しい仕掛け罠。
そして、苦味が強くなった古いポーション。
どうやってA級まで上がってきたのよ…。
「あいつみたいなケチケチしたこと言うんじゃねぇよ。派手に稼いで派手に生きるのがA級冒険者だろうが」
「せっかくヒーラーが入ったんだし、割の良い仕事を受けて、ポーションを全部買い直しちゃおうよ」
「ディクシーの言うとおりだ。オレたちの火力にヒーラーの安定感が加われば、こなせない依頼なんてねぇだろ! 飛竜だって倒せちまうかも知れないな」
飛んでる相手を一方的に攻撃できるわけないじゃない。
こいつらどれだけ楽観的なのよ。
「パーティーを組んで初めての依頼なんだし、連携がどれくらい取れるかを知るために、肩慣らしレベルの依頼から始めるのが当然の選択でしょ」
「ったく、そんなガミガミ言うなよ。頭に響くからよぉ」
槍男はまだ酒の影響が残っているようで頭を痛そうにしている。
こんなことで依頼をこなせると思っているんだろうか。
「そんな臆病で盾役が務まるものか。聖騎士という肩書は飾りではないだろう」
盾男は妙に張り合ってきて面倒くさい。
これから一緒にやっていこうって相手にする態度ではなかった。
「準備なしに挑める割りのいい依頼なんてないのよ。体調が崩れてるなら無理をしない。対策装備がないなら危険な場所にいかない。常識でしょ。私は飛竜と戦うのも火山に行くのも毒沼に行くのもパスよ」
これから稼いで耐熱装備を揃えるつもりだったのに、こいつらといたんじゃ一生貯まりそうにないわ。
「あーはいはい、わかったよ。安全で堅実で地味で稼ぎの少ない仕事をしろって言うんだろ? 何百回も聞いたよ、そのセリフは。クソが。忌々しいもの思い出させやがって」
何百回も言わせてるほうが異常よ。
言ってることも間違ってないし、金を持って逃げ出したというのも本当のことか疑わしくなってきたわ。
「なぁにが被害を少なくしろだ。リスクも取らずにリターンが得られるかっての」
槍男の愚痴は止まらず窓口に付くまで続いた。
「A級クランの《火竜の牙》だ。割りのいいやつあったら出してくれ。誰かさんがビビってるからなるべく近場でな」
「日帰りで行けるエリアでソロでも余裕な討伐依頼はある?」
「ではこちらの討伐依頼はいかがでしょうか。ビッグボア三頭の目撃情報があります。討ち漏らさないよう、よろしくお願いします。また、群れを作っているようなのでレッドボアの間引きもお願いします。ボア肉は多く納品してくれたらボーナスを付けて買い取りしますからお得ですよ」
同時に話かけたが、窓口さんは上手いこと察してくれた。
討伐すればしただけ肉の買取をしてもらえる依頼だ。
肩慣らしをするにはいい指標になるだろう。
「ご自慢の火力を見せてもらおうじゃない」
どうせそれも口先だけのことなんだろうなという予感がしていた。
お読みいただきありがとうございます。
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