04冤罪で指名手配って本気?
街までもうすぐだ。
そんなときギシギシと車輪を軋ませる馬車の音が聞こえてきた。
「助かった。人がいる! 何か食べ物を! いいやもう食べ物がなくても少し寝かせてくれるだけでいい!」
しかし、近づいてみるとそれは足の早い乗り合い馬車ではなくロバが引いている鈍足の荷車だった。
街中で使うならわかるが、こんな魔獣の行き交う場所で荷車を使うなんて…。
「アイテムポーチを使わずに荷車に野菜を? なんて時代遅れな…」
荷車の中身はどうやら野菜のようだ。
食べ物に反応して思わず涎が垂れてしまった。
引き寄せられるように近寄ってしまい荷車に乗っている人と目が合ってしまった。
警戒している様子がわかる。
なるべくフレンドリーに挨拶して警戒を解いてもらいたいところだ。
「いやぁ、どうも。荷車なんて珍しいですね」
荷車の御者はかなり軽装で現役の冒険者には見えない。
背中はしゃんとしているが白髪交じりで目尻のシワも深かった。
引退してから道楽で行商を始めた、という感じだろうか。
荷車を引いているロバもゆるやかな速度で走っている。
「お前さん、乗りなさるか?」
一人で探索エリアをうろついている俺はどうみても不審者なのに、ご老人はにこやかな笑みで御者台を示してこちらの心配をしてくた。
ありがたい申し出だった。
その言葉に甘えさせてもらうことにした。
「乗せてもらうついでに…できたら携帯食料か何かもらえませんかね…? お礼と言っては何ですけど、ポーションのハチミツ割りを差し上げますんで…」
「いやいや、荷車に乗せるくらいで礼なんていらんが…むむっ、これは美味いな。もう一杯いいかの? いやぁ、ポーションを酒みたいに飲むなんてお前さん面白いものを作りなさるなぁ」
「他に飲む物がなくて仕方なくですよ。身ぐるみ剥がされちゃったもんだから…」
飲み水や食料はもちろんのこと、お金すら持っていない。
荷台の野菜を見て涎を垂らすようなひどい状況だ。
俺はご老人と一緒にポーションのハチミツ割りを飲みながら、今日の出来事をかいつまんで話した。
古くからの友人に裏切られ、金も装備も転送石も奪われて、大森林の奥地に捨てられたのだ、と。
ご老人は大変驚いた様子で、手元のポーチから携帯食料だけでなく銀貨を取り出して分け与えてくれたうえに、帰る家がないならうちに来なさいとまで言ってくれた。
「大変な目に遭ったんじゃなぁ。転送石を騙し取られるとは…。それも突発的ではなく、計画してやったんじゃろう? 恐ろしいのう」
「まんまと騙されて転送石を引き出したのは自分の判断ですし…。新しい街に移ってクランのメンバーを増やすってウソの話に乗って、転送石や貴重品の輸送もギルドに任せず自分たちでやれば安く上がるからって話に飛びついてしまったんです」
「高い勉強代じゃったな。だが生きておれば、いくらでもやり直せる」
ご老人も食料品店をやっていて数々の苦難を乗り越えてきたそうだ。
お金を騙し取られたり、天候で作物をやられたり、領主が変わって税を収めるのがきつくなったり、本当にいろんなことを乗り越えてきたらしい。
俺だったらこんな風に、にこやかに話せる気がしない。
「いちいち恨んでいても仕方がないからのう。騙したやつを追いかけたところで金を取り返せるわけでもない。じゃから、そんな不義理なやつはさっさと忘れて、新しい事業に取り掛かるのが一番なんじゃよ」
そんな山あり谷ありの経営の話を聞いているうちに、俺たちを乗せた荷車は交易都市――俺たち《火竜の牙》もホームタウンにしている街に到着した。
「すっかり話に付き合わせてしまったのう。ついでじゃから宿まで送っていってやろう」
「そこまで甘えるわけにはいきませんよ。おやっさんにも予定があるでしょう。それに知り合いが呼んでいる感じがするんで、ここらで降りようと思います」
商業地区へ入ったあたりから妙な視線を感じていた。
馴染みの工房のおっちゃんが俺に気付いてずっと手招きをしていたのだ。
なんだか様子がおかしい。
いつもならバカでかい声で呼びつけるのに…。
ここまで乗せてくれたご老人には後日改めてお礼に伺うと約束して荷車を降りた。
先程から身振り手振りが鬱陶しくて仕方ないので工房に寄って行く。
「どうしたんだよ、おっちゃん。めちゃくちゃ不審者みたいだぞ」
工房のおっちゃんは深刻そうな顔で俺の首根っこを掴んで路地裏の食堂に駆け込んだ。
「お前、自分のことなのにまだ何も知らないのか? 借金踏み倒してクランの金も持ち逃げしたって治安部に訴えが出て指名手配になってるんだぞ!?」
「指名手配ってマジかよ…」
おっちゃんの話によれば《火竜の牙》の全員が治安部を訪れて、俺に対する数々の罪状を並べて捕まえてくれと依頼したそうだ。
それも外にいた野次馬たちに聞こえるようなでかい声でアピールしながら…。
「あいつらバカか。何一つ証拠もなしに被害届を出すなんて、怪しいのは自分たちのほうだって言ってるようなもんじゃないか。俺を消せたと思って油断しすぎだろ」
俺はアイテム全部クランハウスに置いていったんだぞ…?
せめて偽装をしろよ…。
「アッシュちゃんが女の子に乱暴をしたって話まで出てきてさ、あたしゃそんな事する子じゃないって言ったのに治安部の奴らったらちっとも聞きゃあしないんだよ。あの白々しさは金を積まれて動いてますって顔に書いてあるようなもんだよ」
食堂のおばちゃんも俺のことを心配してくれている。
「お前のことを知ってるやつはみんな間違いだってわかってる。それでも治安部は捕まえに来るだろう」
「お前がそんな無茶なことするやつじゃないって俺たちはわかってるって。地道にコツコツみんなのために頑張ってくれる。そういうやつだって見ててわかってるんだ」
誰が呼んだのかいつの間にか俺の懇意にしていた商店の人たちが集まっていて、食堂は窮地に立たされた俺を励ます会みたいになっていた。
工房のおっちゃん、食堂のおばちゃん、薬師のじいさん、ギルドの窓口さん、肉屋の大将に宿屋の女将さんまでたくさん集まってくれた。
わかってるよと肩を叩かれるたびに泣きそうになる。
出された料理の味が全部いつもより塩辛く感じられた。
「酒場の屋根を吹き飛ばしたあのときの事件も全部お前さんのやらかしで、クラン全員に口止めしていたんだって、平然とウソを報告していたよ。ゾっとするね」
「借金の踏み倒し、女性への暴行、家屋の破壊。これだけ揃えば一方的な書類をでっち上げて鉱山送りにするのも簡単さ。これだけの罪状で鉱山に入ったら一生出てこられないかもしれん」
「無実の証拠がなければ《火竜の牙》の言い分が通っちまうんだ。治安部も白を黒にするわけじゃない。だが、街を守るためならグレーを黒として扱うことくらいする」
みんなが俺のことを心配してくれているのはわかるが、あいつらから逃げたくない。
どうにかしてやり返したい気持ちがムラムラと湧き上がる。
「俺の方から冒険者ギルドに行って逆に訴え返すのはどうだろう? 俺の転送石を砕いて大森林の飛竜の巣に突き落としたっていうのは重大な規約違反だと思うんだ」
「それは難しいかと思われます」
冒険者ギルドの窓口の職員に俺の考えは甘いと制される。
「転送石の登録を自分で解除したアッシュさんの訴えを我々は扱うことができません。未登録者の事件は治安部に譲るしかなくて…。そうなると資金の持ち逃げと暴行事件、そして家屋の破壊の件は、治安部の思うままに処理される可能性が高いのです」
「ははは、どこまで計算してやったんだあいつら…」
「冒険者ギルドでは《火竜の牙》の身辺調査を進めていますが、アッシュさんに掛けられた疑いをいますぐに晴らすというのは難しいでしょうね」
乾いた笑いが出た。
あいつらの明確な罪を追求できず、無実の証明が難しい俺の罪だけが追求される。
思った以上に深刻な状況だった。
「アッシュさんはしばらくの間は身を潜めておいたほうがいいと思います。治安部への訴えには関われないので心苦しいのですが…」
「そんな…頭上げてくださいよ。俺たちがA級クランになれたのはあなたが最適な依頼を回してくれていたからじゃないですか。あなたがいなかったら俺たちはもっと早くにダメになっていた。借金まみれで首も回らなくなってましたよ」
お酒も入ってみんなしんみりとして涙もろくなっていた。
《火竜の牙》の連中にやり返すとかそんな雰囲気ではなかった。
どう隠れるか、どう逃げ出すか。
そういう話の流れになっていった。
「なぁアッシュ。お前さん、お隣のチグシ領の外れの出身だったろう? そっちへ戻ってみたらどうだ? うちの屋根裏で匿ってやりたいが、守りきれる自信がねぇからよぉ」
「あそこは今は帝国の統治下にあって栄えてきてるって話じゃないか。あたしも帝国の商人にコネが効くのが一人いるから、下働きとして雇ってもらえるように掛け合ってあげるわよ」
故郷にはろくな思い出がないんだよな…。
成人前の下働き時代は街の守衛部隊に所属してたが、荷物持ちとしてこき使われて騎士としての訓練さえ受けさせてもらえなかったんだよな。
聖騎士になって両親を喜ばせたかったけど、夢は叶わなかった。
スタンピードで街は壊滅。
下っ端だった俺は教会の地下に子どもたちと一緒に避難させられて生き延びはしたけど…。
仕事も住む家も両親もなくした俺は、あの街にいたくなくてあてもなく放浪して、王国に難民として流れ着いたんだ。
そして、冒険者になった。
「チグシの中央市では今、冒険者ギルドの建て替えをしてるようで人が集まってきています。等級の引き継ぎはできませんが新規登録者として混ざることは難しくないでしょう」
「ありがとうみんな。俺、全財産失ったような気になってたけど、大事なものは失ってないって気づけたよ」
身ぐるみを剥がされて信用も傷つけられて指名手配までされたけど、放浪してた時よりずっとマシな状況だ。
俺を気にかけてくれる人がこんなにもいる。
「湿っぽいのはこれにくらいにしましょう。明日のことは明日の俺に頑張ってもらうってことで」
「おう、そうだ。空元気も元気のうちだぜ!」
「何も一生会えなくなるわけじゃないもの。アッシュちゃんの疑いが晴れたらすぐに手紙書くわよ」
その夜は、みんなとお別れの酒を酌み交わした。
昨日の酒とはまったく味が違って、久しぶりに気持ちよく酔えた気がする。