03走りながらでも調合
俺はできあがったポーションを飲んで体力の回復をはかった。
何かが体中にみなぎっていくのを感じる
大きく伸びをすると指先まで血と一緒に魔力が行き渡っているのを実感する。
「あとはお腹を満たせたら、逃げ出す準備は完璧なんだけどな」
虫から取れるタンパク質やハチミツから取れる糖分などがあれば、ポーションに混ぜて飲んで多少は空腹をごまかせるかもしれない。
できることなら肉や魚を取って食べたいところだけど…。
「そうだな…。歩き回るためにも次は装備だな」
ポーションの成果に満足しつつ、次は心もとない装備の調合に取り掛かることにした。
装備の素材も調合で作れそうな予感が魔力紋から伝わってくる。
スキルによってもたらされる予感は、閃きや天啓とも呼ばれていてよほどのことがないと外れない。
やれる!と思ったらそれはそのスキルで本当にやれることなのだ。
「樹木から樹皮を剥がして集めてきて、《調合》スキルで熱を加えながら重ねて合板を生成っと…。ツタを叩いて潰して取り出した強い繊維をねじり合わせて紐を作って…」
さすがに鎧の形を作ったりパーツ同士を縫い合わせることは調合スキルのカバー範囲から外れるみたいなので、自力で曲げたり叩いたりして成型していった。
まぁまぁ上手く作れた気がする。
「何度も鎧の修繕を手伝った経験があるからか? 拾った材料だけでこの仕上がり。0ゼニーだとは思えぬ出来だ」
なんちゃって樹皮の鎧の完成だ。
バンバンと胸を叩いてみて、衝撃吸収力を確かめる。
初めて作ったにしてはなかなか良い強度だった。
「武器のほうはイマイチ…うまく作れる予感がしてくれないんだよなぁ」
素材が足りないのかスキルが対応していないのかわからないが、魔力紋は天啓を与えてくれなかった。
仕方なく自分の勘だけで武器を作ってみたが、ひどく不格好なものができあがった。
獣の骨に尖った鉱石を括り付けただけの野蛮な斧だ。
「ないよりはマシって程度だな」
魔獣とは戦うには強度不足だが、草木を折って森を進むにはこれで十分だろう。
「あとはこの火薬をどうしたものか…」
《調合》スキルの赴くままに骨や鉱石、樹液や木片、死骸や飛竜のフンまで、あれこれと混ぜ合わせていたら、ドロりとしたゲル状の火薬ができあがってしまった。
ちょっとだけ取り出して火を付けてみるとシュボッ!!と熱気が弾けて一瞬で木の根を焼き焦がしてしまった。
「店売りの火薬樽より威力あるんじゃないか…?」
水分の多い根を焦がすなんてなかなかの火力だった。
焼け跡がまだ熱を帯びているようでモクモクと煙が上がっている。
「救助用の狼煙になりそうだなって思ったけど、この煙は…ちょっとマズいかな?」
煙に気がつくのが善意を持った人間だけとは限らない。
嫌な予感がした。
「こういうときの予感って…当たるよね」
上空に影が走る。
――ゴァアアアアッッ!!
激しい咆哮と共に風が巻き起こる。
巣の主が異変に気づき帰ってきたのだ。
「ヤバい、ヤバい、ヤバいッ!」
俺は駆け出した。
もちろん飛竜に向かっていくなんてことはしない。
逃げの一手だ。
「飛竜に遭遇したらジグザグに! 飛竜に遭遇したらジグザグに!」
ギルドで教わった基礎に忠実にしたがって、木々の間を抜けてとにかく入り組んでるほうへ駆けていく。
動けないまま飛竜に見つかったら確実に死ぬ状況だが、走れるなら話は変わってくる。
飛竜は遠くまで物を見通すと言われるが、視界そのものは広くない。
ギルドでは飛竜に出会ったら森の中をジグザグに走れと教わるくらいだった。
「ゴァアッ!!」
飛竜の吐き出したブレスが放たれる。
燃えさかる息が木々を焼き焦がす。
「一瞬で黒焦げかよ…」
魔力紋で身体能力も強化できるから多少の熱には負けたりしないが、さすがに飛竜のブレスまでは耐えられない。
「転送石がなかったころの冒険者ってどうやってこんなやつらと戦ってたんだ? 昔の人もこうして必死に逃げ回るしかなかったろうな…」
いやいや、ボケっと考えてる場合じゃない。
走れ俺。
「ギァアアッ!」
飛竜が滑空してきて木々に体当たりをかます。
俺はその風圧だけで吹き飛ばされそうだ。
木や岩の破片が頭をかすめたようで血が垂れてくる。
「痛ってぇ。倒木で死ぬとか、冗談じゃないぞ」
ポーションを頭から被って痛みや疲労を飛ばし全力で駆け抜ける。
とにかく見失ってくれることを祈って走り続けた。
「なんで振り切れないんだ!」
どれだけ走っても飛竜が追いかけてくる。
普通ならこれだけ入り組んだところを走れば見失ってくれるはずなのに…。
飛竜がしきりに鼻をヒクつかせている。
「そんなに俺が…おいしそうか?」
そこでようやく気がついた。
鼻がダメになっていてすっかり忘れていたが、肥溜めに突っ込んで飛竜のフンまみれになっていたんだった。
「クソッタレ! う○こだけにな!!」
俺は自分にキレながらニオイ消しの調合を始めた。
幸いなことに必要な素材はアイテムボックスの中にある。
少しばかり灰が足りなかったが、飛竜のブレスでそこら中が灰だらけになっていたので回収には困らなかった。
「やっぱり俺って…結構、器用なんじゃない?」
走りながらニオイ消しの調合を終えて全身に振りまく。
すぐに鼻の感度も戻ってきて草木の匂いが感じられるようになった。
「まったく。ちょっと巣を荒らしたくらいでこんなに怒らなくてもいいでしょうよ」
今度こそ飛竜の視界から逃げ切れるだろう。
森の中をジグザグに駆け抜けていく。
「ハハハ! 逃げには自信があるんだよ!」
飛竜は木々の隙間を狙ってブレスを吐いたり闇雲に突進したりしている。
こちらを見つけられないようだ。
しばらく静かにしていると、飛竜も飽きたようで上空へと飛び去っていった。
「助かったか…? さすがに転送石なしの追いかけっこは頭おかしくなるかと思ったぜ。100万ゼニー積まれても二度とやらないからな」
俺はなんとか無事に飛竜から逃れることができた。
他の魔獣も飛竜の咆哮を恐れて身を隠していて気配がしない。
今なら大森林を抜けて、街へと続く川のある渓谷の辺りまで安心して歩けるだろう。
「調合に使えそうなものを採取しつつ行きますかね。なんか余裕で生還できる気がしてきちゃったよ」
川を越えれば街道も見えてくるが、障害物の少ない場所に無防備に出て飛竜がまた襲ってこないとも限らないので、俺は森の中で夜を明かすことも覚悟していた。
とにかく何か食べておかないと体力が保たないので手当たりしだいに採取しておく。
取れるのは草と虫ばかりだ。
主食にはしたくない。
だが、虫の中にも特別なやつはいる。
「おぉ、蜂がいる! ハチミツが取れるぞ! 甘いものは正義だ!」
花に止まった蜂に繊維くずを結びつけて目立つようにして後を追いかける。
蜂の巣までご案内だ。
「ポーションのハチミツ割りって結構おいしいんだよね。これでまた走れる」
欲をいえば魚を釣って食べたい。
手頃な獣が飛び出してきてくれれば最高だ。
だが、飛竜が上空を巡回している間は獣も出てこないだろうな…。
「ゴァアアアアアッッ!」
飛竜の咆哮にビクッと体が震える。
だが、音は遠い。
きっと他の冒険者パーティーが飛竜に見つかってしまったんだろう。
「すまない。見知らぬ冒険者パーティー」
押し付けるような形になってしまったが、大森林エリアに入ってくる冒険者ならギルドの探索の基礎講座を受けていて飛竜からの逃げ方も教わっているだろうし、うっかり致命傷を受けたところで転送石の力があるから、俺と違って死なずに済むだろう。
俺は頭の中で彼らの無事の帰還を祈った。
「尊い犠牲を無駄にしないように、今のうちに川を渡るしかないな」
飛竜の意識が他へ向いているうちに俺は川を渡ってしまうことにした。
渡ると言ってもほとんど流されるままにするのだが、樹皮の鎧があれば溺れることもないし岩にぶつかったとしても大きな怪我はしないだろう。
「まぁ、ぶつかったところでポーションがあればなんとかなるしな…」
小さな滝をいくつか超えて川が合流し太い流れになる地点まで行けば、交易都市コーグリヨンへと続く街道も見えてくるはずだ。
俺たちがホームにしている街。
「いや、ホームにしていた…だな。俺の部屋なんて残っちゃいないだろうし…」
俺は水の流れに身を任せて少し体を休めることにした。
「今日は色々とありすぎたな」
ポーションだけでは癒せない疲労が蓄積しているのを感じている。
脱力して水に流されているとだんだんとまぶたに力が入らなくなってくる。
「あぁ、眠い。だけど…寝たら死ぬよな」
体が冷えてきて眠気に襲われた。
水からあがらないとこのまま眠ってしまいそうだった。
火をおこして体を温めたいところだが、また飛竜に嗅ぎつけられては困る。
気だるくなった体でなんとか泳ぎきって川原へ上がる。
歩くどころか立ち上がることすら億劫だ。
せめて濡れた体を乾かさないと…。
「なんでこんなことになったんだ。昨日まではAクラスの冒険者として戦ってきたのに今は飛竜から逃げ回って川でずぶ濡れになってこのザマだ」
ついつい愚痴が出てしまう。
ああすればよかった、こうすればよかった。
後悔したことが頭をよぎっていく。
足取りも重くなる。
だが、過ぎてしまったことを嘆いていても始まらない。
「死ぬよりはマシだよな…」
俺はずぶ濡れの体を調合スキルの応用で乾かしていく。
樹皮の鎧から水気を吸い出して、衣服にも熱と風を通して乾燥させる。
靴の乾燥だってスキルで一発だ。
火をおこす必要もない。
パーティーメンバーが沼にハマったときも、このスキルで装備を乾かしてやったことがある。
あのときはみんな仲良く笑っていたのにな。
「こんなに役に立つスキルなのに、あいつら馬鹿にしやがって。戦闘スキルがないからって油断してとどめを刺さなかったのが間違いだったな。絶対にギルドに突き出してやるからな」
俺は極度の空腹でイライラが増していた。
疲労と空腹と睡魔が同時に襲ってきている。
人はポーションだけでは生きていけない。
「肉だ。今はとにかく肉が食べたい。そして、暖かいベッドでぐっすりと眠りたい。金ならあとでちゃんと払うから、高級宿に俺を泊めてくれ…」
街に帰り着くまでが探索だ。
気を抜いて街道で気絶なんて格好がつかなすぎる。
俺は肉が食べたいと呪いのように呟きながらひたすら歩き続けた。
お読みいただきありがとうございます。
平日8時頃更新していきます。
ゆるいお話ですが10万字ちょっとお付き合いください。
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