02生存そして脱出
俺はどれくらい気絶していたんだろうか。
昔の記憶が頭をよぎった気もする。
懐かしい夢を見たようなぼんやりと温かい記憶。
「いや…温かいを通り越して暑いな」
この温かさは気持ちの問題じゃない。
物理的なものだった。
じっとりと汗ばむくらいの熱さ…。
「うぇえ…」
息苦しいほど熱さと鼻が曲がりそうなひどい悪臭で俺は目を覚ました。
「まさか、これって飛竜たちの…肥溜めなのか?」
俺は腐った葉っぱや飛竜のフンの中に腰まで浸かって眠っていた。
麻痺した体で崖を転がり落ちてきたが、木の枝やつる草に引っかかって落下速度が軽減したみたいだ。
全身に蔦が絡まっている。
でかい岩にぶつかったりはしなかったようでかなり運がよかったのだろう。
「う○こだけにな………ハハッ」
よくもまぁこんなひどい目に遭っているというのに、くだらない冗談を言う元気が残ってるもんだと自分で笑ってしまう。
だが、そのおかげで余計な力が抜けてメンタルもリセットできたような気がする。
「くっそ、さすがに打ち身がひどいな。魔力もまだ練れないし…。今は朝か昼かもわからねぇ…。どれくらい眠ったんだ?」
天を見上げるが大樹の影で空が見えない。
そんなに長い間気絶してたわけじゃないと思うが、空を見上げてもどれくらいの時間が経ったかわかりそうになかった。
木漏れ日が差し込んできているから、昼ぐらいだとはわかるのだが…。
「飛竜が来たら、人生終了だ…。こんなところで死んでられるか。まだまだやりたいことがあるんだ」
落下死することは避けられたが、このままここにいては危険だ。
いつ飛竜が戻ってきてもおかしくない。
巣の主が戻ってくれば俺は踏み潰されるか、噛み砕かれるか、あるいはブレスで焼き焦がされて殺されてしまうだろう。
「なんとか、動けるか…。いいや、なんとしても動かないと…」
何か行動を起こさないと…人生が終わる。
肥溜めからなんとか出ようともがくと全身が鈍く痛んだ。
「ふはは…なんとか動くぞ。あいつら、俺に止めを刺しそこねたな」
魔力はまだうまく練れないが体は動きそうだ。
身ぐるみを剥がされて武器になるようなものは何もない。
冒険者の必需品の転送石もない。
それでもなんとかしなければ…。
俺は肥溜めから這い出ようと芋虫のようにもがいた。
「転送石の登録を解除したのが、一番痛いな」
致命傷を受けたときに治癒魔法と転送魔法が自動で発動するという、冒険者ギルド秘蔵の魔導具だ。
冒険者ギルドに加入するときに必ずこの転送石の登録をさせられる。
一度発動すると魔導具を修復するために莫大な魔力が必要になり、多額の保険料を支払わされることになるが命が奪われるよりは安いリスクだ。
「体一つで飛竜の棲む大森林から抜け出すのか…」
俺が使えるスキルといえば、空間収納と《調合》スキルしかない。
しかし、肝心のボックスの中身は空っぽ。
クランハウスを移転すると騙されてボックスの中身をすべて整理してしまっていた。
「必要なものは調合していくしかないな…」
体がまだ本調子じゃない。
毒消しを作るのが最優先だな。
初級のポーションを作るにしても魔力が散って失敗する可能性がある。
素材を多く集めて何度もチャレンジするしかない。
「…痛くても苦しくてもやるしかない。動け俺」
やると決めて自分を鼓舞していく。
体中の痛みとまだ残る麻痺に耐えながら肥溜めから這い出して、そこら中に生えている野草を片っ端から拾い集めた。
分別なんてあとでいい。
とにかく拾って拾って両手いっぱいになるまで野草を拾い続ける。
草にとまっていた虫も貴重な調合素材だ。
這いずり回って草を集める俺のほうが芋虫みたいで情けない姿だが…。
「毒消しさえ、できれば…」
魔力がうまく練れないのでスキルの発動も怪しくなってくる。
いつもなら素材選別もせず、レシピや分量もわからず、魔導具などの器具がなくても、俺の《調合》スキルならポーションが作れていた。
魔力効率も悪く中途半端と笑われた魔力紋だが調合に関することならたいてい上手くいく。
魔力がうまく練れない今だって、簡単な毒消しくらいなら作れるはず…。
「役立たずだと、俺のことを切り捨てたあいつらに…見せつけてやる! 飛竜の巣穴に落とされても、無事に乗り切れるだけの力が俺にはあるってな!」
そう強がっていないと折れてしまいそうだった。
「スキル発動。《調合》、毒消しポーションのレシピをサーチ…」
魔力紋に力を注ぐと頭の中に必要な素材と割合が浮かんできたので、素材を選び出し魔力紋に再び魔力を注ぐ。
「スキル発動。《調合》、毒消しポーション作製」
魔力が散ってしまって調合が開始されない。
「スキル発動。《調合》、毒消しポーション作製!!」
何度調合スキルのために魔力を集中してもうまく練り上げることができない。
「こうなったらもうしょうがない。素材はわかってるんだ。噛み砕いてしまえ!」
俺の調合スキルの強みは魔力さえ多く注げば器具がなくてもなんとかなるところだ。
逆に言うならば、器具があれば消費する魔力を抑えられるということ。
素材を砕くのも混ぜるのも口の中で物理的にやってしまえば魔力がろくに練れなくてもいけるはずだ。
俺は毒消しの素材を直接口の中に放り込む。
「んぐぐ…口の中が、苦いし臭い。だけど我慢だ、我慢しろ俺。それでは改めて…スキル発動。《調合》、毒消しポーション!!」
口の中がスキルの発動でほのかに光った。
成功だ。
だが、調合の一部の過程を口の中で行った毒消しは酸味と苦味の強いひどい味だった。
「うぇえ。魔力が足りなくて不純物がだいぶ残ってたな…」
口の中で直接調合した毒消しは激マズだったが、効果はしっかりあった。
体内の毒が浄化されて、魔力の乱れがなくなっていくのを感じる。
手を握りしめたり、体を大きく屈伸させて運動機能の麻痺がないことも確かめた。
「よし、いけるぞ」
体の不調はこれで解決だ。
痛みはまだあるがすぐに次のポーションを作ればいい。
魔力さえ安定すれば調合スキルも失敗せずに使えるだろうしな。
「アイテムボックスも暴発する様子は…ないな。よしよし」
アイテムボックスも開け閉めしてみて、特に問題がないので拾った野草は全部突っ込んでおいた。
「ボックスの暴発は怖いからな」
昔、アイテムボックスの中身を派手に飛び散らせたことがあった。
冒険者を始めるよりもずっと前の、子供の頃の話だが、あれは本当に最低だった。
近所の悪ガキが親の寝酒をくすねてきて、ウマいからお前も飲んでみろよと言われて試してみたんだけど、臭いのキツさにやられてしまって…。
口直しにアイテムボックスから水を取り出そうとしたら、魔力が乱れてアイテムボックスに入っていたものがボンッと一気に飛び出したんだ。
「水が飛び出しただけならよかったんだけどな」
キラキラ光る謎の石だとか、振り回すのにちょうどいい木の枝だとか、お昼に食べようと思っていたブドウだとか、家庭菜園に使おうと思っていたふかふかの山の土だとか、川の水だとか、まぁとにかく色んなものが混ざって溢れ出して、ドロドロのぐっちゃぐちゃになったのがトラウマになっている。
「さすがにあんな失敗は二度とごめんだ」
スキルも使っていくうちに慣れていって出し入れを一瞬でできるようになったし、容量も大きくなっている。
魔獣から剥ぎ取った素材も戦闘中にダメになった武器防具なども、全て一人で運べるほどになっていた。
「絶対に抜け出してやるからな…。クランハウスに置いてきた荷物も…全部取り戻すからな!」
クランのやつらを思い出したことで、見返してやるぞというやる気が出てくる。
やってやる、と自分を鼓舞して再び野草を拾い集めて全てをアイテムボックスにぶち込んでいった。
「ポーションの素材はすぐに集まりそうだな。ゴミでも構わない、拾ってしまえ」
そこら中に落ちてる石も鱗や骨や飛竜のフンだって回収していく。
歩くのに邪魔なもの、目についたもの、拾えるものはなんでも収納していった。
水分の多いつる草からは調合スキルの応用で水だけを絞り出し、飲み水を確保したりもした。
「容器がなくてもボックスにしまっておけるんだぞ? やっぱり俺のスキルってすごいだろ? 俺の強みをあいつらはわかってなかっただろ?」
魔導具のアイテムポーチではこうはいかない。
あれは中に入れられるものが増えるだけの袋だ。
俺のアイテムボックスは魔力で作った空間収納だから、形の不安定なものもきれいにまとめてしまっておけるのだ。
「荷物持ちの俺を追放して火力職を入れたり、回復職を入れたほうが敵を早く倒せるのは間違いないんだろうけどさ…。何も殺しにかかることはないよな。セカンドパーティーを作る提案だってしてたのに無視しやがって…」
夢中になって回収作業を進めていたら、倒木や何かの死骸でぐちゃぐちゃだった飛竜の巣を、木の根がむき出しになるほどの更地にしてしまっていた。
「やりすぎたかな? まぁ、いいか…」
アイテムボックスの中にはポーションを作るのに必要な素材が十分溜まっていた。
次はポーションを作れるだけ作ってしまおうと思った。
集中して魔力紋に力を集める。
「スキル発動。《調合》、できる限りのポーションのレシピサーチ! そしてそのままできる限りのポーション作製!」
こんな曖昧な命令式でも俺の魔力紋は発動してくれる。
製作物のレシピが頭に浮かび、ボックスの中で素材が選別される。
素材はボックスの中で砕かれて、混ぜられて、温められて、不純物を取り除かれ、乾燥されて…。
その全てが魔力の膜の中で行われて純度の高いポーションが出来上がる。
「ふむふむ、毒消しに、ヒールポーションに…マナポーションか。こいつはいいな」
予想以上の成果だった。
定番のヒールポーションに加えて店売りではめったに見かけないマナポーションを作ることができた。
店で売ったら結構な額になるやつだ。
「マナの豊富な野草が混じっていたんだろうな」
瓶に換算して数十本分のポーションたち。
これだけあれば怪我も疲れも気にせずに全力で森を駆け抜けていけそうだった。