01追放スタート
「どうしたアッシュ? そんな景気の悪い顔すんなよ? キャンプで朝まで酒盛りなんてサイコーじゃねぇか」
「貴様はいつも最初の一杯だけ飲んで逃げ出していたからな。昨日は潰れるまで酒が飲めて、いい気分だったろう? 言ってなかったが、貴様の送別会だったんだぞ?」
「ふざけるなよ。何がいい気分だよ。一ミリも良くないって。魔力阻害の麻痺毒なんて高級品、どこで仕入れてきたんだよ?」
「さぁて、どこだったかなぁ? オレも覚えてねぇわ。まっ、これがお前にとって人生最後の酒なんだから、もっと楽しく派手に飲もうぜ?」
「酒の味もわからんから簡単に毒を盛られるのだぞ。付き合いの悪さを後悔してもいまさら遅いがな」
麻痺毒にやられて地面に這いつくばった俺は、駆け出し冒険者の頃から苦楽をともにしてきた二人――ゲイリーとグラップに罵声とともに酒を浴びせかけられた。
まだ夜も明けきらない闇の中。
冒険者があまり寄り付かない、飛竜がうろつく大森林の第二キャンプエリアには、俺たちのクラン《火竜の牙》のパーティーメンバーしかいない。
「うぐっ、ゲホッ」
「きったねぇな。吐くんじゃねぇよ」
俺は激しく後悔していた。
反射的に殴りつけてきた逆上男――突き刺し槍のゲイリーをクランのリーダーにしたことを。
調子に乗ったこいつが『いつかやらかす』って、薄々感じていたはずなのにずっと見ないふりをしてきた。
そのやらかしがここまでひどいものになるなんて考えてもいなかったし、考えたくもなかったんだ。
「なぁアッシュ、気付いてたか? みんながお前に迷惑してたのを。お前が口を開くたびにみんなイラついてたことを。気付いてねぇよなぁ? 気付いていたらこんなことになってねぇもんなぁ!」
下品に笑っているのはゲイリーだけではなかった。
クランのメンバーの5人全員が俺を囲んで醜い顔で笑っている。
「そうそう、すぐ金のこと言ってくんのマジサイアク。ポーション代を払えとか、修繕にも金が掛かるとか、無駄遣いをするな~とか。ホントにケチ臭すぎンだよ」
ゲイリーが連れてきた欲深女――壊し屋ディクシーがダルそうに愚痴を並べる。
今思えばパーティーのバランスも考えずにナンパした女をクランに入れたことが、ギスギスの始まりだったと思う。
ディクシーがクランの共有資金に手を出したときに、ゲイリーのリーダー権限でなかったことにして終わらたのも本当にどうかしていた。
二人が付き合いを続けるのは勝手だが、こいつがクランに居座り続けるのは話が違うだろって思っていたんだ。
「戦闘中にしてもそうだぞ。貴様はあっちのヘイトを取れ、あの攻撃は避けろと口やかましすぎる。回復はこまめにやれ? 言われなくてもわかっているのに、後ろでチョコマカと逃げ回るだけの貴様が、一丁前に指示だけしてくる。勘弁してくれと思っていたよ」
ため息にまで酒の臭いがする脳筋男――鉄壁のグラップも俺に迷惑していたらしい。
お前がヒーラーの子にセクハラをして逃げられたから、俺がポーションを使って回復補助をして支えていたってのに。
防具の修繕だって俺任せだったじゃないか。
お前が被弾しまくるから修繕費はディクシーよりさらに掛かってて、工房にどんだけ頭を下げて回ったと思ってるんだ。
「僕も同じ意見さ。何度も何度も同じこと言ってきてうるさいしさ、射線に入ってきて邪魔することだってあった。僕も正直イラついてたんだよね」
ヒーラーが抜けてから新しく入ったキザ男――風の射手ブノワまでもが冷ややかな視線を向けてきた。
いくら言っても遠くの敵を釣ったりヘイト稼ぎをやめないから、斜線を塞いで止めるしかなかったんだぞ。
お前のせいで戦線崩壊しそうなことが何度あったと思ってるんだ。
「お前ら…こんなことして、捕まらないと思ってるのか」
手足が痺れて起き上がることができない。
今の俺にできる抵抗なんて睨みつけることぐらいしか残っていなかった。
「……こっち見ないでよ。気持ち悪い」
嫌悪の眼差しを返してきた勘違い女――氷使いのメルティは俺のことを下着泥棒だと勘違いしている。
ヒーラーの子にセクハラしたのも俺だと思っていて、ろくに話も聞いてくれない。
そのせいで戦闘中に立ち位置を気にしているだけなのに、ニヤニヤしたいやらしい目で見たと叫んできたりもした。
信用なさすぎるだろ。
モテない俺が悪いのか?
顔だってニヤけてるわけじゃない。
お前らの立ち回りがヤベぇから引き攣ってたんだよ!
「なんでこんなことに…」
どうしてこうなったのか。
グラップの言う通り夜の付き合いに参加しなかったのが原因なのか?
金策に駆け回っていたんだぞ。
それとも俺に火力がないせいなのか?
俺だって金を掛けたらもっと火力を出せるって知ってたろ…。
「俺は…クランを救うために、やれること全力でやってたんだ」
火力に偏ってしまったパーティーの穴を埋めるために、自作した効果の高いポーションをみんなに配っていたし、前線が崩れないようにヘイト管理だってしていた。
罠や備品の管理だって俺がやっていたし、武具の修繕をしてくれる工房には探索中に集めた上質な炭を渡して費用を浮かせていたりもしたんだ。
空間収納のユニークスキルでずっとみんなを支えてきた。
圧縮袋の魔導具が安く手に入るようになったからって、俺まで切り捨てることはないだろう。
A級に昇格した今、もっと人を集めて偏った火力職を分けてチームを二つ作ることだってできたはずなんだ。
「まだ、話し合う余地があっただろ」
「何が話し合いだ。火力も出せねぇお前が仕切ろうとすんじゃねぇよ。レアな魔力紋だと期待してみりゃ覚えたのは生産系の《調合》スキルひとつっきりじゃねぇか。調合が早くなる? 魔導具がなくてもポーションを作れる? それが何だ。戦闘に使えないで何になるんだよ!」
「それとも今から魔力紋の書き換えでもするか? レアだからと言って今の魔力紋に固執したのはアッシュ、貴様のほうだろう。いかにレアであろうとも戦闘に役に立たないのであれば意味がないのだ」
「冒険の役に立つって散々言ってたご自慢のアイテムボックスだって今じゃあ魔導具で代わりができちまう。そんな役立たずが偉そうに指図すんなよ。雑用しかできねぇ荷物持ちに発言権なんてあるわけねぇだろうが!」
確かに俺が魔力紋を通して覚えたのは生産系の《調合》スキルのみさ。
《調合》がサポートしてくれるのは物を混ぜたり、温めたり、ゴミをまとめたり、非戦闘時に使うものばかりだ。
完全にキャンプ要員だ。
前線につれていく必要はない。
それでも居座ったのは俺のわがままだが、ヒーラーが育ってくれていたらもっと違ったはずなんだ。
俺だって調合アイテムを使って火力を出すのに参加できたはずなんだ。
「もう少し、準備に金を使えたら…もっと火力も出せたんだ」
言い訳だった。
真正面からの言い合いを避けて、雑用に甘んじていたのは俺だ。
俺が少し我慢すればいつか好転すると思い込んでいたんだ。
「二言目には金、金、金。もううんざりなんだよ。お前みたいなケチ臭いやつがいるとクランの雰囲気もどんどん悪くなるんだよ。オレたちの足を引っ張んじゃねぇよ」
「害になるものは排除する。貴様が抜けるのは必然だったのだ」
「排除ってお前ら…。ここまでする必要…あったのか?」
俺は完全に身ぐるみを剥がされていた。
クランハウスを別の街に移転するためにアイテムの整理もしておこうという提案に乗って俺はアイテムボックスの中身を空にしてしまっていた。
冒険者の命綱である転送石までギルドから引き出してしまっていた。
「転送石を砕くとか、やりすぎだろ…」
致命傷を負ったときに自動で街へ転送してくれる神話級の魔導具が冒険者ギルドの本部にあり、転送石はその魔導具に自分の魔力を覚えさせる、いわばギルドの登録証のようなものだった。
超絶お高いもので普段はギルドに保管してもらっている。
本拠地を変えてさらなる冒険の道を進む、なんていう甘い夢みたいな話に俺はすっかり騙されてしまっていたんだ。
「追放なんかじゃ済まさねぇよ。クランを辞めた後に、あることないこと喋られたら困るからな」
「これからはA級の看板を掲げて大々的に募集をかけてパーティーメンバーを増やしていけるのだ。ヒーラーだろうがレア職だろうが、全て相手の方から寄ってくる。だから、悪い噂の元は消しておかなればな…。貴様は《火竜の牙》発展の礎になるのだ」
悪い噂の元凶はお前たち自身だろ…。
どこで歯車が狂ったのか。
昔はこんなやつらじゃなかったはずだ。
「ヒーラーが入れば、もっと割の良い依頼も受けれっちまうね。派手に稼げれば、あたしの装備も充実するし、クランのホームだってデカくできちゃうンじゃない?」
「いいコト言うぜディクシー。派手に稼いで派手に使う。冒険者はそうでなくちゃな!」
やっぱりあの欲深女がクランに入ってからおかしくなったんだ。
共有資金に手を出したとき、俺を押し倒して体でごまかそうとした挙げ句、レイプされそうになったとか騒ぎやがったし、発情期の猫みたいに毎晩喘いでるからグラップまで羨ましがって女に執着するようになった。
こいつを追い出すか、俺が逃げ出すか、どっちかしかなかったんだ。
もっと早くこいつらとは別れるべきだった。
ちくしょう…後悔しても、遅いな。
「これがお前に与える最後の雑用だぜ、アッシュ。クランの未来のためにすべての罪とすべての借金を背負って死んでくれ。借りた金は全部、お前個人の名義だ。俺たちに返済する義務は一切ねぇ。俺たちもお前に金を貸していたってことにして、被害者たちの仲間入りもできちまう。最高の計画だろ?」
「貴様が逃亡したことにして、死体も消してしまえばすべて丸く収まるというわけだ」
四肢を掴まれ引きずられていく。
麻痺毒のせいで魔力をうまく練ることができない。
アイテムボックスさえ使えればこいつらの装備を全部剥ぎ取ってやるのに…。
「あたしをレイプしようとしたのもこれで忘れてやるよ」
「……変態に、制裁を」
ふざけんな。
そんな事実はねぇ!
「僕はそんなに恨みはないけど、せっかくA級クランの幹部になれるんだから、この掛けには乗らないとね。恨まないでおくれよ」
昔みたいに外で飲もうなんていい出したのは、飛竜の巣穴に付き落として俺の死体を消すためだったんだな。
よくもこんなひどいことを思いつくよ。
「オレたちA級冒険者様の踏み台になれたことをあの世で両親に自慢してくるといいさ」
「化けて出ないでくれよアッシュ。恨むなら自分の才能の無さを恨んでくれ」
ゲイリーもグラップも最後までいびつに口元を歪ませて笑っていた。
なんて醜いんだ。
昔はあんな顔で笑うことはなかった。
「俺たちはもっと真っ直ぐに夢を見ていたはずだろ?」
俺が従騎士を辞めさせられて故郷から飛び出して行くあてもなかったときに、ゲイリーとグラップに出会って一緒にパーティーを組もうと誘われてどれだけ嬉しかったことか。
「これで、終わりなのかよ…」
突き落とされた俺の中に生まれた感情は、怒りではなく寂しさだったみたいだ。