ミリア=キャロライナ
近衛はアイリーンに教えられた通り、兵士にトライアウトを受ける旨を伝えた。
「あの、実は今日トライアウトを受けるんですが、急いで家を出たせいで、許可証を忘れてしまったんです」
「トライアウト?あぁ、ベスパネット・ワイズスの入団テストか?」
「えぇ、そうです。今年こそは何がなんでもトライアウトに合格して入団したいんです!
兵士さん、お願いです!今日だけはどうか、見逃してくれませんか?」
「ん~、トライアウトか…見逃してやりたいんだが、何せ規則だからなぁ」
すると、もう一人の兵士が早く入れと促してきた。
「あぁ、もういいから早く入れ!今日は特別だ、早くしろ」
「あ、ありがとうございますっ!」
近衛は深々と頭を下げると、門を潜り中へ入った。
「頑張れよっ!」
兵士は手を振って見送った。
それだけこの国にとって、野球とはかなり人気のあるスポーツらしい。
「おい、アイツ…バットもグラブも持ってないのに、トライアウト受けられるのかよ」
「あ…確かに。ユニフォームだけ着て手ブラじゃないかよ」
「ありゃ、ダメそうだな」
デッドボールを受けた状態でこの世界に召喚されたせいで、バットもグラブも持ってなかった。
トライアウトは、この先のラインハルト神殿という場所で行われるらしい。
町中は石畳の地面にアンティーク調の建物が並び建ち、道路脇には屋台で行商をしている者もいる。
行き交う人々は、個性豊かな服装やヘアスタイルをしており、この町の風景に溶け込んでいる。
中には獣人と呼ばれ、猫耳のカチューシャを付けているかのような耳を持つ者や、エルフと呼ばれる耳が横に伸びている者も普通に人間と同じように生活を送っている。
(驚いた…マンガに出てくるような人物がホントにいるなんて)
異世界転生モノは数あるが、まさか実際にエルフ達を目の当たりにするとは思ってもみなかった。
そうこうしているうちに、RPGによく出てくる円柱に囲まれた大きな建造物が見えた。
「こんな場所でトライアウトをやるのかよ」
この建物の中にグラウンドがあるとは思えない。
「チョット、チョット!トライアウト受けるなら、ここで受け付けしてよね!」
後ろから女性の声がした。
「ん?…ゲッ、なんつ~格好だ?」
後ろを振り向くと、露出の高い皮のビキニアーマーに黒のマントを着ている女が立っている。
「何、何か変?」
何がおかしいんだ?とでも言いたげな顔でこちらを見る。
女神ヘアーと呼ばれる、ヨシンモリの様な巻き髪が背中までの長さでシルバーアッシュに染まり、やや吊り目でパッチリとした瞳にシュッとした輪郭の美しい顔立ち。
透き通った白い肌。スタイルも抜群で、出るところは出て、引っ込んでるところは引っ込んでる、ボンキュッボンのナイスバディで脚が長い。
K-POPグループのメンバーみたいに整った容姿だが、カンペキ過ぎて不自然に感じる。
(この世界でも加工してる女は多いのかな?)
所謂、定期的なメンテナンスが必要とされている外見だ。
「ねぇ、アナタもトライアウト受けるんでしょ?だったら、ここにサインして」
そこには何やら象形文字みたいな文字が記載してある。
「アレ、この文字読めるぞ」
アイリーンが翻訳スキルを与えてくれたのだろう。
紙面には【ベスパネット・ワイズストライアウト参加者】と書いており、参加者の名前が署名されている。
(日本語で書いても、コッチの文字に変換するんだろうな)
そう思いながら署名した。
「それじゃ、署名が終わったら中へ入ってテスト受けてもらいます。
…っていうか、手ブラだけど、バットやグラブはどうしたの?」
このままじゃトライアウトは受けられない。
「いや…その、忘れてきたっていうか…」
デッドボール食らってこの世界に転生したと言っても信じてもらえないだろう。
すると、アイリーンの声が聞こえた。
(手をかざして、バット&グラブオープンって唱えるのよ)
(エッ?どういう事?)
(いいから、早く唱えてみてっ!)
手をかざし、唱えてみた。
「バット&グラブオープン…」
すると次の瞬間、バットとグラブが目の前に出てきた。
「うゎッ、ホントに出てきた…」
ついさっきまで手にしていた黒のミドルバランスタイプのバットに赤茶色のグラブ。
オマケに、赤のリストバンドも付いてある。
「何だ、ストレージ持ちなの?」
ストレージとは、異空間に格納する能力の事らしい。
この能力があれば手ブラで出掛け、必要な時だけ格納庫から物を取り出せる。
「ま、まぁ…そんなとこかな」
適当にごまかすしかない。
「あ、紹介が遅れたわね。私はミリア=キャロライナ。
ベスパネット・ワイズスの広報兼トレーナーで、このトライアウトの責任者でもあるの、ヨロシク」
(こんな露出狂みたいな女が球団関係者だと?)
とんでもない世界に来たもんだと後悔した。