Old school
しばらく春雨が麺をすする音だけが響いた。僕も何か頼めばよかった。ラーメンにトッピングができるなんて知らなかったのだ。新しく追加できるなんて、言われないとわからない。
「トッピングは管理者権限だ」
春雨が、優越感をにじませて言った。妙な悔しさがこみ上げてくる。
「なんかずるい」
「冗談だよ。君は信じやすいたちなんだね。かわいい」
美津谷春雨。この学校を要塞化し、ゲリラを召集した張本人だ。見た目は小学生のようにあどけないのに、悪魔的な所業に手を染めている。
「立てこもっているのは、憲法を変えるためか」
「そう。忌々しい憲法九条を破棄させる。チェルシーはあれをOld scoolと呼んでるけど、Old fashionだとわたしは思うんだよ。伝統を重んじる英国人らしい考えなのかな。それはそれで魅力的な考えだけれどね」
九条は、永続的な戦争の放棄を定めた憲法の条文だ。憲法は法律の上位の概念で、国を縛るためのもの。そのため、為政者でさえ、おいそれとは変えられない。妄言だ、こんなの。
「ハルヒコのことも、わたしは気に入ってるんだよ。女に鞭をくれてやるなんて、まさしく保守の精神そのものじゃないか」
春雨の白い肌は、興奮で真っ赤になっていた。大盛りのラーメンがだいぶ減って、面と向かいあう形になる。
「嫌みか」
「褒めてるのさ。わたしたち、仲良くなれると思うんだ」
以前の僕は、この立てこもりに関与したのだろうか。きっとそうに違いない。でも今の僕は春雨の考えを拒否している。
「悪いけど、君たちに協力できない。近いうちに出ていくよ」
きっぱり伝えると、春雨は両手でどんぶりを持ちスープを飲み干した。
「村上春樹を携えて、ね」
春雨は僕がテーブルに置いていた本を見下ろした。身震いするほど冷めた目で、断じる。
「わたしは村上春樹が嫌いだ。セックスはしても子供を作らないからね。昔を引きずるから日本人はだめになった。新しくなった君は実感するだろう。一粒の麦が世界を変える」
彼女はどんぶりを片づけないままセグウェイに乗り、恐ろしい速さで食堂を去る。
「気が変わったら、わたしに本を返してよ。待ってるから」
騎士団長殺しは春雨のものではない。憲法もあいつのものじゃない。今の僕は……、誰のものなんだろう。




