Outbreak of the civil war
チェルシーは、テーブルに銃を置いた。無造作に置いたので、がたんと重たい音が鳴った。それなのに、武器の扱いはプライマリースクールで習ったわって澄まし顔だ。そのまま彼女は食事を再開する。箸を使って器用に蕎麦をすすっていた。
「食べないの? ハルヒコ。冷めた食事は覆水盆に返らずと同じね。英語でいうとIt is no use……」
「それどころじゃない」
言葉を遮ってまではっきりさせないといけないことがある。テーブルの危険物を指す。
「君はどうして銃なんて持ってる」
「必要だから、そこにあるに決まっているよ」
外で起こっている戦いは茶番だと思っていた。でも実銃を前にしたら緊迫感が増した。
「そろそろちゃんと教えてくれ。外でなにが起こっているのか」
チェルシーはスマホを取り出し、僕に見るよう促した。
まとめサイトの見出しには令和の二二六事件と書かれていた。
『自衛官数名が、首相官邸を襲撃。首相を殺害したとされる。彼らは中露伸張を良しとしない派閥で遅々として進まない憲法の改正、および、沖縄の武力制圧を要求した。
沖縄名護市基地反対デモに米軍が発砲か。民間人十数名が死傷。
沖縄県知事選で擁立候補が惨敗した与党磯部幹事長による「選挙が盗まれた」という発言から、デモには中国のロビーストの関与が疑われていた。基地問題と領土問題の板挟みとなった県民の怒りは根深い。
さらにウクライナ危機に端を発したエネルギー需要の逼迫による燃料価格の高騰に喘いだ市民(電力逝っちゃ運動)が国会議事堂に乱入した。原発の再稼働を政府に要求。以降、市街地でゲリラ戦を展開、社会の混乱が続いている(一部抜粋)』
「よくわからない。三行以内で頼む」
「つまり、Outbreak of the civil war」
英語って便利だ。知りたいことがすぐわかる。内戦勃発、This is it。
「チェルシーはどっち側?」
「ハルヒコの味方」
彼女は野暮なこときくのね坊やって感じで、肩をすくめる。この子は見られたくないこととか、聞かれたくないことには絶対答えない奥ゆかしさがある。
食事をする気分ではなくなった。テーブルを離れる。
「どこ行くの? 危ないよ。ご飯も食べてない」
「トイレ。一人にしてくれ」
チェルシーは拳銃を手にして物騒なことを言う。
「覆水盆に返らずって、妻を捨てた男の話が由来なんだってね。ハルヒコはそんなことしないって信じてる」
食堂を飛び出し、後ろを振り返らずに走る。
ヤバい。僕の彼女はゲリラだ。政府軍ならこんなところに籠城する理由がない。イギリス人って言ってたけど、確証はない。ロシア人かも。
別にそれがなんだって感じもする。僕だってゲリラかもしれないじゃないか。実らない学生運動は日本のお家芸だ。
捕まったらどうなるんだろう。収容所へ行き、思想教育を受けて政府に感謝することになるだろう。すぐに女と寝る小説を書く村上春樹を語れなくなるかもしれない。チェルシーが好きなのは村上春樹を語る僕だ。彼女と結びつけてくれた村上春樹に感謝。村上春樹に会いたい。彼は無事だろうか。この世界は彼にとって生きづらい社会に思えた。
階段で息を殺す。誰かの足音が聞こえる。遠ざかる足音を追って上の階に向かう。女子トイレに入る人影が、かろうじて捉えられた。
女か。村上春樹じゃなくてがっかりした。図書館から持ち出した騎士団長殺し三巻にサインをもらいたかった。ついでに団塊の世代の学生運動について聞くチャンスも潰えた。
チェルシー以外のゲリラが校内にいるんだろうか。接触してみる価値はある。
辛抱強くトイレの前で待ったが出てこない。そもそも人が入ったのか自信がなくなってきた。
「い、いますかー?」
返事がない。意を決して中に入る。大胆な行動も非常事態なら許される気がした。
四つある個室を一つずつ開けていく。最後の一つに女の子が座っていた。何故かスクール水着姿で不適な笑みを浮かべている。




