第二百八小節:珍しく1人
海翔は珍しく1人で学校に向かっていた。
葵はライブで地方に行っているのだった。
専属ギタリストのはずなのに今回はハブであった。
そのせいか、海翔の機嫌は悪く、近づき難いオーラを出していた。
「海翔くん。おはよう」
「おはようございます、薫先輩」
そう返した瞬間だった。
海翔の唇を軽く奪う薫。
海翔の思考は停止する。
だが、我に還るのははやかった。
すぐに突き放し唇を拭く海翔。
「なにすんだよ!」
「先輩にタメ口はないんじゃない? 風紀委員としつ取り締まるわよ」
「登校中にキスするやつを取り締まれよ!」
「嫌よ。私を取り締まりたくないもの」
周りの人も薫のその行為に驚いていた。
「そんな暗い顔してるからいじりたくなったのよ」
海翔は顔を俯かせた。
「オレは、」
「あら。愚痴なんて聞きたくないわよ」
薫は海翔と腰を強く叩いた。
「いた!」
「男ならもっと自分の行為に胸を張りなさい」
見透かされてる。
そんな感じだった。
「ほら、はやく行かないと遅刻するわよ」
「っ! 言われなくたってわかってるよ!」
海翔は歩きながら深く溜め息をついた。
そんなこんなで、やる気は出ない。
授業なんて聞いてもいないし、休み時間なんて刹那に過ぎていった。
ずっと、彼女のことだけを想い席を見つめていた。
動かないそれに溜め息ばかり出てしまう。
「なんで1人でいっちまうんだよ」
軽く愚痴が出た。
「やっぱり……、」
そう呟いて机に突っ伏した。
「オレより上手いやつなんかゴロゴロいるしな。まぁ多少浮気したくなるよな」
違うとわかっていて呟いてしまう。
右手を開いたり握ったりする。
たまに響く痛みが段々と強くなってきていた。
「そろそろやめ時かな」
本心で言っていた。
もう、ギターを弾くことがつまらなくなっていた。
なにが楽しくて弾いていたのかわからなくなっていた。
そして、もう誰からも必要とされてない気がした。