第二百五小節:ねぇ、
―ねぇ、付き合わない?―
その言葉は弘太郎を困らせた。
放課後、麗奈が教室でギターを弾いていた。
いつものように弘太郎はその教室に入り、ただ麗奈を眺めていた。
麗奈は難しいパッセージを軽々と弾き、これで最後だと言わんばかりに、Ddurの和音を伸ばした。
弘太郎が拍手し、麗奈は弘太郎を見る。
その表情は少し泣いてる感じであった。
「どうしたんですか?」
弘太郎は心配を言葉に出した。
麗奈はギターから手を離し、肩にかけていたベルトをギターを抱え上げながら外す。
そして、立ち上がりギターを座っていたイスに置く。
弘太郎に1、2歩近づき言う。
「ねぇ、付き合わない?」
小さく口を動かした。
弘太郎はその言葉をすぐに理解できなかった。
弘太郎の困った顔を見て麗奈は弘太郎に近づき、そして抱きつく。
弘太郎の心臓の鼓動が麗奈に伝わった。
「ねぇ、私じゃだめ?」
耳元で呟く。
「だ、ダメじゃないです」
「ありがとう」
麗奈は弘太郎を抱いていた手を弛め、顔の前に顔を移した。
弘太郎の心拍数が頂点に達するのが容易にわかった。
麗奈は目をつむる。
ゆっくりと、ゆっくりと顔を近づけていく。
弘太郎も目をつむった。
ガラガラガラ
扉が開く音に2人はすぐに反応し、そちらを見た。
「れ、麗奈」
海翔だった。
「なに、海翔君? 忘れ物?」
麗奈は普通に立ち、片手で弘太郎のアゴをさする。
「そうだよ」
海翔は目線を下げ、自分の机に向かった。
その中から楽譜の束を取り出す。
ふと、イスに乗っかっているギターに目が行った。
赤い蝶のペイント。
「もぅ、あの時のお前じゃないんだもんな」
顔を麗奈に向けた。
「おい麗奈」
「……なによ」
2人は見つめあっているように視線を交わらせていた。
無言。
海翔は軽く頬を上げ、目をつむった。
「じゃあな」
海翔はその部屋から出ていった。
振り替えることをせずに、
ただ、彼女の幸せを願い、
苦しい胸を押さえながら、
歯を悔い縛った。
「これでいいんだよ。これで」




