第二百二小節:レッテル
二百二
が驚愕した顔に見えるのは私だけでしょうか?
(二百二)
ほら?
「ねぇ、葵ちゃん。いつまであんなこと続けるつもり?」
「薫先輩ですか。なんのことですか?」
「自分が1番わかってるクセに。いつからそんなに生意気になったのかしら?」
「私はウソしかつけない女です。生意気ではありません」
「そう」
「そうです」
「じゃぁ、今、そこに書いた内容も嘘なのかしら?」
日曜にも関わらず、葵は学校にいた。
教室で1人、自分の席に座っていた。
そこで、ペンを握り紙になにかしらを書いていた。
そこに、推薦受験の近い薫が通りかかり声をかけたのだ。
「ウソなの? ならもう取り返しがつかないところまで来てるんじゃない?」
葵の目の前の紙には、ただ一行だけ、
『海翔大好き』
と書いてあった。
「ウソじゃない。これは……ウソじゃ……」
「嘘じゃないなら、貴女はなにがしたいの? 貴女のしてることは無意味だってわかってんじゃない?」
「無意味じゃありませんよ。現に、麗奈ちゃんは海翔を諦め始めてるし、海翔も私の側に居てくれるし」
「それは貴女の望んだ幸せ?」
「私は海翔と一緒にいれればいい」
「気持ちは離れてるのに?」
「離れてなんかない。あなたにはわからないのよ。海翔の本当の無関心を」
薫はもたれ掛かっていたドアから離れ、教室に背を向けた。
「知らないわよ。ただ、貴女が可哀想よ」
そう言い残し、消えていった。
葵は紙に書いてある文字を塗りつぶし始めた。
黒く、黒く。
それと共に、涙が溢れ、紙を濡らす。
「無意味じゃない。無意味じゃない」
その時、携帯が鳴り響く。
マナーモードを切っていたため、自分の曲が流れていた。
ペンを離し、カバンの中の携帯を取り出した。
小さな画面には『高尾海翔』と出ていた。
海翔から電話がかかってきたのだ。
葵は携帯を開き、真ん中の丸いボタンを押し、耳に当てた。
「おい、どこにいるんだよ。これから収録だろ」
「海翔……」
「ん? どうした?」
「海翔……、海翔!!」
「お、おい?」
「ゴメンね……ゴメンね……」
葵の泣き声だけが携帯を通じて行き来していた。
「なに言ってんだよ。バカ。学校か? 今行くから待ってろよ」
そこで切られる。
数分間、1人でうつむいていた。
長い長い時間、1人で。
海翔が息を切らして教室に入ってきた。
葵を見つけるや否や、すぐに後ろから抱きついた。
「疲れたぞ、まったく」
「……海翔、もう歌いたくない」
その発言に驚愕する、
「もう、いやなの」
「大丈夫だよ。オレが一緒にいるから」
「いや、私は葵なの。胡桃じゃないの。胡桃みたいに可愛くないし、胡桃みたいに明るくないし、胡桃みたいに強くない」
「違うよ。胡桃は葵で葵は胡桃だ。いつもの胡桃が葵じゃないなら、葵にすればいい。本当の胡桃を、葵を見せてやりゃぁいいんだよ」
「葵が、もういやだっていってんの。今日行きたくない」
海翔は葵から離れた。
そして、葵の手を握り無理矢理立たせ、外に向かう。
「いや!」
「ワガママ言ってんじゃねぇよ! なに自分に負けてんだよ! お前がどれだけ皆を精神的に元気付けてると思ってんだよ! なにがイヤなんだよ! ただ、プレッシャーに潰されそうになってんだろ! 胡桃というレッテルに、歌姫っていうレッテルに!」
海翔は歩みを止め、葵を見る。
「オレが後ろにいてやるから安心しろよ」
「海翔は、海翔は麗奈ちゃんの側にいたいくせに」
ボソッと言われたその言葉に海翔は返事さえ出来なかった。
「わかった。行こう」
葵は海翔の手を振り払い、足早に歩いていく。
海翔はその姿を目で追うことしか出来なかった。