第二百一小節:出来損ないの曲
麗奈と弘太郎が一緒に帰った日の翌日は、土曜日であった。
麗奈は相変わらず外が暗い時間にバイトをし、帰ってきて寝ていた。
学校もないので布団にこもっていた。
グッスリ寝ている。
静寂の部屋の中で携帯のバイブルが響いた。
布団から手が出てきて、ほっぽってある携帯を取り布団の中に消えていく。
麗奈は眠い目を擦りながら携帯を開き、来たメールを見た。
「コウ……君?」
麗奈はメールの内容を見ていった。
今日部活が早く終わる。
そう言う文面が短く書かれていた。
「ふーん。遊びたいの」
麗奈は返信ボタンを押してメールを返した。
―じゃぁ、遊ぼう―
布団を飛ばし、飛び起きる。
そして、パジャマを脱ぎ捨てた。
一番お気に入りの洋服たちに身を包み、髪を綺麗に整えた。
蝶のネックレスをつけ、体全体が写る鏡で今日の自分がカワイイことを確認する。
「よし、オッケ」
呟いて部屋を出た瞬間、この一連の行動を前に行った気がした。
「気のせいだよね」
部屋を出て、家事をこなし、そして部活が終わる時間に家を出る。
そして、待ち合わせの場所、調布駅の北側に向かった。
そこにはもうすでに制服姿の弘太郎がいて、麗奈を発見して手を振ってた。
麗奈は弘太郎に駆け寄り、
「ごめん、まった?」
「オレも今来たところです」
その返答に麗奈は笑顔になった。
そして、いきなりこう切り出す。
「お腹空いた。なにか食べに行く?」
弘太郎は考えるが、どうもいい場所が思い付かないようだった。
「よし、じゃぁマックに行こう」
麗奈は弘太郎の手を取り、マックのある場所まで歩いていった。
まるで、カップルのように。
2人はマックに入り、少し混んでいるレジカウンターに並び、何を食べようか悩んでいた。
「お待たせいたしました。ご注文承ります」
「私、フィレオフィッシュのセット、コーラで」
「じゃぁオレ、ビックマックのセット、で、オレンジジュース」
「かしこまりました」
レジをやっていた女のスタッフが奥にジュースを作りにいったと同時に、麗奈はクスリと笑った。
「どうしたんすか?」
「え? そりゃぁね」
クスクスと笑う麗奈に片眉を上げるしかない弘太郎であった。
「お待たせいたしました。こちらフィレオフィッシュのセットとビックマックのセットでございます」
出されたトレーを弘太郎は持ち、いつの間にやら2人分のお金が出されていた。
「丁度お預かりいたします。ありがとうございました」
弘太郎は先に歩き始め、いいタイミングで空いたテーブルの席に座る。
「お金ありがとう」
弘太郎の後を追って座った麗奈は驚いたようにそう言った。
「いや、大丈夫っすよ」
と言って自分の分を取ると、トレーごと麗奈の前に置いた。
「ありがとう」
「いただきましょう」
「……うん」
2人は包み紙を上手くはがし、ハンバーガーを食べていく。
「てか、なんでオレンジジュースなの?」
ここで麗奈はなんとなく聞いてみた。
「え? 炭酸ダメだから」
麗奈は目をパチクリさせた。
そして、火山が爆発したように笑い始めた。
「マジで!? カワイイ」
「か、可愛くないっすよ」
そう言っても、むしろ逆効果だった。
なんやかんやでハンバーガーを食べ終わり、ポテトと飲み物を話のつまみとしてゆっくりと食べていた。
「で、私さぁ記憶喪失らしいの」
「それ、ホントですか?」
「ウソだったらある意味面白いわね。ホントよ。最近まで隣の席の奴の名前さえ覚えてなかったんだから。まぁ、ムカつく奴だから忘れてた方が良かったんだけどね」
「そっすか」
「なによそれ。なんか文句でもあんの?」
「い、いえ。文句はありませんけど、先輩、絶対にあの先輩好きだったじゃないですか。名前は忘れましたけど」
そう言われて誰のことかわからなかった。
むしろ、その人は弘太郎のことだったんじゃないかと思っていた。
矛盾が生じた。
「なぁにバカ言ってんのよ。私みたいなのを好きになる奴なんて、相当物好きよ」
「じゃぁ、オレは物好きですかね?」
「……へ?」
「な、なんでもないです」
なんだか気まずい雰囲気が流れ始めた。
麗奈は顔を赤らめ、火照り始めた体を、コーラを飲むことで冷やそうとしていた。
弘太郎はポテトを食べながら、気まずそうに横を向いていた。
「ねぇ、今更だけど、コウ君って彼女いないの?」
「え。い、いないっすよ」
「そ」
麗奈はコーラを飲むとズズズという音が鳴った。
「なくなっちゃった」
「もう出ますか」
「そうね」
弘太郎は急いでオレンジジュースを飲み干し、マックを出る。
「今日はもう帰りましょ」
「そうですね」
2人はそのまま駅に向かい、同じ方向の電車に乗って帰る。
麗奈の方が先に降りる。
「じゃぁね、コウ君」
「さようなら麗奈先輩」
電車の扉は無情にも閉まり、発車していく。
麗奈は弘太郎の姿が見えなくなるまでそこにいて、見えなくなると改札に向かって歩き出す。
そこで、なんとなく、口ずさんだ。
「君がいなくなったホーム、改札に向かって歩くけど、君の隣がよかった、今はなにか物足りないよ」
出来損ないの曲であった。
ただ、ホームに綺麗に響いた。