第百九十八小節:突然
その日の放課後はやけに賑やかだった。
ただ単に部活が一斉活動しているだけなのだが。
そのなか、【ペインツ】は部室にいなかった。
麗奈がまだ、戻らないからだ。
否、戻れるはずがなかった。
葵が海翔を捕まえて、彼と話すならばまず彼女の了承を得なければならないほど、葵は束縛を強めていたのだ。
ダイゴさえも、ユウヤさえも。
2人は学校から早々と抜け、校門の前に停まっている黒い車に入っていった。
どうやら次のライブの打ち合わせに行くようだった。
その頃、教室では、1人机に突っ伏す麗奈がいた。
寝ている。海翔が起こせない。他の人はなるべく関わりを断とうとしている。
誰も起こしにいかないのだ。
気付いたら1人。
それが、どれだか寂しいものか、誰も知らないのだ。
「あの…、大丈夫ですか?」
そんな麗奈にゆっくりと近付いてくる人がいた。
「あのー…」
その子は麗奈の肩を優しく叩く。
「んー…」
うなり声を上げ、ゆっくりと頭を上げる麗奈。目は細く、まだ眠たそうであった。
「起きました?」
麗奈は聞き覚えのない声の方にゆっくりと顔を向けた。
「あ、」
2人は互いを指差し一様に言う。
「朝の…」
男の子は海翔の席に座った。
ユニフォームを着ていて、どうやらサッカー部の人らしかった。
「朝はすいませんでした」
男の子は深々と頭を下げた。
麗奈は目を擦りながら、可愛らしいその子の仕草を見て素直に笑顔を見せた。
「いいよいいよ。遅刻した私も悪いし」
男の子は頭を上げて、それでも申し訳なさそうな顔をしていた。
「てか、なんでこんなとこにいんの?」
麗奈はふと思った疑問を投げ掛けた。
「あの、それは……」
頭を掻き、目をそらす。
「大切なもの落としちゃって……」
「どんなもの?」
「え、」
男の子は答えるか否かを悩む。その様子を不思議そうに眺める麗奈。
「腕輪です。皮製の」
麗奈は頭を傾げた。
「ごめん、見てないわ」
「で……すよね」
かなり残念そうに肩を下ろすその子を見て、
「見つけたら教えてあげるから」
そう笑顔で言い放つ。
「ありがとうございます」
溜め息混じりの言葉。
辛気臭い感じに麗奈はイヤになり、男の子をどつく。
「ほら、男が暗い顔してたらモテないわよ! ほら、笑って」
「え!」
「いいから笑いなさい」
男の子は下がっていた頬を無理矢理上げる。
歪な笑顔だった。
お決まりのように、その顔を見て腹抱えて笑う麗奈。
「笑わないで下さいよ!」
「だって……ハハハ!」
「やめてくださいって!」
「しょうがないじゃん……カワイイんだもん」
麗奈は男の子の鼻をピンッと指で弾いた。
男の子におかしな感覚が襲った。
「私、麗奈。美島麗奈2年。君は?」
「オレ、オレは……弘太郎。上條弘太郎1年」
「こうたろう……、長いからコウ君でいい? 良いわね。決定!」
相変わらずの感じに、弘太郎は着いていけるはずもなく、ただただタジタジとしていた。
2人の出会いは不思議と突然すぎた。